第15話「東雲紅葉の登場」
# 第15話 東雲紅葉の登場
第三探索者育成学園の午後。
悠斗は、実習棟へ向かう廊下を歩いていた。
今日の授業は、スキル別の基礎訓練。採集士の悠斗にとっては、引き続き素材の識別や採取手順が中心になる予定だった。
一方、実習棟の奥からは、普段よりも大きな歓声が聞こえてくる。
「おおっ、今の見たか!?」
「火力、すごくないか!?」
「もう一回! もう一回やってくれ!」
何事だろう。
悠斗は足を止め、声のする方向へ目を向けた。
実習棟には、スキルに応じた訓練区画が設けられている。剣や盾を扱うための区画だけでなく、魔法の発動や制御を練習する場所もある。
今聞こえてきた歓声は、どうやら魔法訓練区画からのものらしい。
「……何かあったのかな」
少し気になった悠斗は、通行の邪魔にならないよう廊下の端を歩き、区画の入口へ向かった。
扉は開いていた。
中を覗くと、何人もの生徒が訓練用の安全区画を囲むように立っている。その視線の先には、赤みのある髪を揺らす少女がいた。
小柄な体格。
表情は明るく、目には強い好奇心が宿っている。
少女は両手を前に出し、訓練用の標的へ向けて集中していた。
「よーし、今度こそ!」
少女の手元に、赤い光が集まる。
次の瞬間、小さな火球が飛び出した。
火球はまっすぐ標的へ向かい、設定された安全区画の中で弾ける。大きな炎が広がることはなかったが、標的の表面には、はっきりと焦げ跡が残っていた。
「やったー!」
少女は両手を上げた。
「今の、ちゃんと狙ったところに当たった!」
「東雲、威力は十分だ。だが、発動から着弾までの軌道をもう少し安定させよう」
指導担当の教師が告げる。
「はーい! 次はもっと安定させます!」
返事だけは元気いっぱいだった。
少女――東雲紅葉は、すぐに標的の位置を確認し、次の訓練の準備を始めた。
悠斗は、しばらくその様子を見ていた。
魔法の詳しい仕組みは、まだ授業で学び始めたばかりだ。それでも、狙った場所へ火球を飛ばすことが簡単ではないのはわかる。
威力があっても、狙いがずれれば意味がない。
そして、魔法は使い方を誤れば、自分や仲間を危険にさらす可能性もある。
昨日の安全講習で学んだ内容が、自然と思い浮かんだ。
「……すごいな」
思わず呟いたところで、背後から声がした。
「東雲さんのこと?」
「うわっ!」
悠斗が振り返ると、そこには健吾が立っていた。
「そんなに驚くなよ」
「いや、急に声をかけられたから……。健吾も見に来たのか?」
「ああ。向こうからすごい音が聞こえてきたからな。何をやっているのかと思って」
健吾は悠斗の隣から訓練区画を覗いた。
「火の魔法か。俺の盾じゃ、ああいう攻撃は受け止めるのが難しそうだな」
「盾だけで全部を受け止める必要はないんじゃないか?」
「まあ、そうなんだけどさ。攻撃の種類によって、守り方も違うんだろうな」
健吾は真剣な顔で、紅葉の訓練を見つめていた。
自分の役割をどう生かすか。
それを考えることも、訓練の一部なのだろう。
やがて、紅葉が教師の指示を受けて休憩に入った。
周囲の生徒たちが声をかける。
「東雲、今の魔法、どうやって威力を上げたんだ?」
「えっとね、威力を上げるというより、魔力を集めるところを意識したんだよ。まだ安定しないけど!」
「さっきの火球、かなり大きかったよな」
「大きければいいってわけでもないんだけどね。狙った場所に当てられなかったら困るし、周りに人がいたら危ないから」
紅葉は笑いながら答えた。
明るい口調だったが、訓練の目的は理解しているようだった。
そのとき、紅葉が入口にいる悠斗たちに気づいた。
「あれ? 二人とも、見学?」
「まあ、そんなところだな」
健吾が答えた。
「俺は桐谷健吾。こっちは神代悠斗」
「神代……採集士の?」
紅葉は少し目を丸くした。
「そうだけど」
「へえー! 採集士って、素材を見つけたり、採取したりするスキルなんだよね?」
「基本的にはそうだな。詳しい能力は、これから実習を通して確認していくところだけど」
「そっか! じゃあ、魔物を倒したあとに素材を探すときも、活躍できるんだ!」
紅葉は興味深そうに身を乗り出した。
「魔物を倒したあと、素材を探す……。そういう場面もあるだろうな。でも、素材の種類や状態を確認しないといけないし、倒した魔物が安全かどうかも判断しないといけない。すぐに近づけばいいってわけじゃないよ」
「なるほど。倒したあとにも、いろいろあるんだね!」
紅葉は何度も頷いた。
悠斗は、彼女の反応に少し驚いた。
魔法の訓練に夢中になっている生徒なら、採集の話にはあまり興味を示さないかもしれないと思っていたからだ。
だが、紅葉は違った。
自分の知らない分野の話を、素直に聞こうとしている。
「私は東雲紅葉! 火術師のスキルを持ってるんだ。よろしくね!」
「よろしく、東雲さん」
「紅葉でいいよ! みんなそう呼んでるし!」
「じゃあ、紅葉。俺のことも健吾でいいぞ」
「わかった、健吾! 悠斗も、よろしく!」
「うん。よろしく」
紅葉は、初対面とは思えないほど気さくだった。
その様子に、健吾もすぐに打ち解けたようだった。
「ところで、紅葉はどうして探索者になろうと思ったんだ?」
健吾が尋ねた。
「どうしてって……魔法が好きだから!」
紅葉は即答した。
「小さい頃から、魔法の映像を見るのが大好きだったんだ。ダンジョンの中で魔法を使って仲間を助けたり、強い魔物に立ち向かったりする探索者って、すごく格好いいじゃない?」
「確かに、格好いいな」
「でしょ? だから私も、あんなふうに魔法を使えるようになりたいんだ!」
紅葉の目が輝いた。
悠斗は、そのまっすぐな言葉を聞いて、少し考えた。
彼女にとって、探索者は憧れの職業なのだろう。
自分の場合は、少し違う。
もちろん、探索者の仕事に興味がないわけではない。ダンジョンの素材には価値があり、魔物との戦闘にも技術が必要だ。
だが、悠斗が探索者を目指す理由の中心にあるのは、家族の暮らしだった。
安定した収入。
安心して暮らせる家。
陽菜が必要な治療を受けられること。
蒼太が、金の心配をせずに好きなことを学べること。
そして、いつか家族みんなで焼肉を食べに行くこと。
夢の形は、人によって違う。
「悠斗は?」
紅葉が顔を覗き込んできた。
「え?」
「悠斗は、どうして探索者になりたいの?」
「……俺は、家族を支えたいからかな」
少しだけ考えてから、悠斗は答えた。
「家族が安心して暮らせるようにしたいんだ。できれば、今より余裕のある生活にしたい」
「そっか」
紅葉は、茶化すことも笑うこともなかった。
「いい目標だね!」
「そうかな」
「うん! 自分が大事にしたいものがあるって、すごくいいことだと思う!」
紅葉は、迷いなく言い切った。
悠斗は少し照れくさくなり、頬を掻いた。
「まあ、まだ何もできてないけどな」
「だったら、これからできるようになればいいんだよ!」
あまりにも明るい返事だった。
しかし、不思議と嫌な感じはしなかった。
健吾が笑う。
「紅葉らしいな。俺も、まずはできることを増やすしかないと思ってるよ」
「そうそう! できることが増えたら、やれることも増えるもんね!」
三人の間に、自然と笑い声が生まれた。
◇
その後、悠斗たちは紅葉の訓練を少しだけ見学させてもらうことになった。
紅葉は再び訓練区画の中央に立ち、標的へ向かって手を伸ばす。
「じゃあ、今度は威力を少し抑えて、狙いを安定させる練習をするね」
教師の指示に従い、紅葉は魔力を集中させた。
先ほどより小さな火球が生まれる。
火球は標的に向かって飛んだが、狙った位置から少し外れた。
「あーっ、惜しい!」
「惜しいで終わらせない。どこがずれたのか確認しよう」
「はい!」
紅葉はすぐに標的を確認した。
次の一発は、さらに小さくなった。
しかし、今度は狙った位置に近い場所へ着弾した。
「よしっ!」
紅葉は小さく拳を握った。
「今の感覚、忘れないうちに記録しておこう」
そう言って、訓練記録に何かを書き込んでいる。
悠斗は、その様子を見て頷いた。
紅葉は勢いのある少女だが、ただ勢いだけで訓練しているわけではない。
失敗したら原因を確かめる。
成功したら、そのときの感覚を記録する。
その積み重ねを大切にしているのだ。
「すごいな。魔法って、もっと感覚だけで使うものかと思ってた」
悠斗が呟くと、健吾が首を横に振った。
「感覚だけじゃ、同じことを繰り返すのは難しいんじゃないか? 盾だって、受け止めたときの足の位置や体の向きが違うと、うまくいかないことがあるし」
「確かに。俺も採集の授業で、記録を取るように言われてる」
それぞれのスキルに違いはある。
だが、訓練を重ねること、結果を確認すること、失敗から学ぶことは共通しているらしい。
やがて、紅葉の訓練が終わった。
「見てくれてありがとう!」
紅葉が二人のところへ戻ってきた。
「どうだった?」
「すごかったよ。威力だけじゃなくて、狙いを安定させようとしているのがわかった」
悠斗が答えると、紅葉は嬉しそうに笑った。
「本当? まだまだだけどね! もっと練習して、必要なときにちゃんと使えるようになりたいんだ」
「必要なとき、か」
「うん。魔法は便利だけど、どこでも好き勝手に使っていいわけじゃないから。周りに仲間がいるかもしれないし、狙った相手以外に当たったら危ないでしょ?」
紅葉は標的を振り返った。
「だから、強い魔法を使えるようになるだけじゃなくて、使っていい状況を判断できるようになりたいんだ」
その言葉を聞いて、悠斗は昨日の安全講習を思い出した。
強さだけでは危険をなくせない。
自分の能力を理解し、周囲の状況を確認し、適切に使う。
それは、魔法でも採集でも同じなのだろう。
「俺も、採集士として何ができるのか、もっと調べないとな」
「うん! お互い頑張ろう!」
紅葉は明るく笑った。
その笑顔を見ていると、訓練の失敗も、それほど怖いものではないように思えてくる。
もちろん、実際の探索では失敗が危険につながることもある。
だからこそ、安全な環境で失敗し、原因を学ぶことに意味があるのだ。
◇
放課後。
悠斗は、帰宅前にノートを開いていた。
今日の授業と、紅葉の訓練を見て気づいたことを書き留める。
――魔法は威力だけでなく、狙いの正確さも大切。 ――訓練の結果を記録し、成功と失敗の原因を考える。 ――能力は、適切な状況で使う必要がある。 ――自分の役割だけでなく、仲間の役割も理解する。
最後の項目を書いてから、悠斗はペンを止めた。
健吾は盾を使い、仲間を守ることを学んでいる。
美鈴は剣の基礎を繰り返し、攻撃の精度を高めようとしている。
凛は知識を集め、判断の根拠を明確にしようとしている。
紅葉は魔法の威力と制御を磨き、必要なときに安全に使えるよう訓練している。
自分は、素材を見つけ、識別し、採取し、持ち帰るための知識を学んでいる。
得意なことは違う。
目指すものも、少しずつ違うのかもしれない。
それでも、それぞれの役割を理解し、互いに補い合うことができれば、一人ではできないことにも挑戦できるはずだ。
「……いつか、こういう人たちと一緒に探索できたらいいな」
悠斗は、ぽつりと呟いた。
今はまだ、同じ教室で学ぶ生徒というだけだ。
実際にダンジョンへ入ったこともない。
仲間として一緒に行動できるかどうかも、わからない。
だが、少なくとも彼らは、自分の役割を真剣に考えている。
それは、悠斗にとって好ましいことだった。
ノートを閉じ、鞄へしまう。
今日も新しいことを学べた。
明日もまた、学ぶことがある。
そして、学んだことを少しずつ積み重ねていけば、いつか自分にもできることが増えていくだろう。
まずは金だ。
そのためには、技術と知識が必要だ。
焦らず、地道に。
悠斗は帰り道へ向かった。
### 次回予告 第16話「九条レオンの観察眼」
剣士の美鈴、盾役の健吾、神官の凛、火術師の紅葉。
少しずつ、それぞれの考え方や得意分野が見えてきた。
そんな悠斗たちを、離れた場所から静かに観察している生徒がいた。
九条レオン。
目立つことを好まず、周囲の動きや小さな変化を注意深く見ている少年だ。
彼は、悠斗たちの何に気づいているのか。
そして、観察することを得意とする彼が探索者を目指す理由とは――。
ここまでお読みいただきありがとうございます!少しでも面白いと感じたら、画面下から【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価をいただけると、執筆の大きなモチベーションになります!




