いちのじゅうろく デカ男のピエール阿部
気が付くと固めの椅子に横たえられてひどく窮屈だった。
すぐ目の上に机の端がある。手を思いっきり突き上げて肘をかけ上体を起こすと、そこは階段教室の一番後ろの席だった。
誰かが保健体育の視聴覚教室に運んで来たらしい。
教室にはまだ担当の井口は来ておらず、生徒たちが談笑していた。
このクラスは合同で、E、F、G組が一緒になる。だからなじみのない生徒も多い。
窓際で何人かの生徒が集まって暗幕を使ってふざけているのは、E組の一団。
その中心にいるのは、バカなことばかりするので有名な北沢慈恩で、暗幕にくるまっては、周りの生徒におどけて見せたりしている。
慈恩はネタやいたずら動画の配信をしていて、そこそこ登録者数があるのを自慢するうざいやつだ。
ガラガラ。
井口が教室に入ってきた。それと同時に始業のチャイムが鳴る。
今日は映画だから早めに来たのだろうが、所詮は50分授業内でのこと、全部観られるわけもない。
さっそく枕用のタオルを出そうと思ったらカバンがなかった。
しまった。〆子たちを追いかけるのに夢中で、お昼寝用具を教室に忘れてきてしまった。
しかたないので井口が用意した映画を観ることにする。そのまま寝てしまえば枕など関係ないし。
映画が始まった。トム・クルーズが軍隊の広報員役で将校ともめている。
どこかで観たか、原作で読んだか。なんとなくストーリーに覚えがあるが、題名を見逃したので思い出せなかった。
それと、E組うるせーよ。さっきから何笑ってやがる。
窓側の暗幕が揺れたのでそっちに目をやると、暗幕を巻き込んだ中に誰かがいて、それを笑っているらしい。
よく見れば中にいるのは慈恩だった。慈恩が暗幕を体に巻き付けてふざけているのだ。
授業中にやることか。
慈恩が体をくねらすたびに、暗くした教室内に差し込んだ光に照らされて埃の壁ができる。
そのせいで映画が見えなくなるから、余計にイライラする。
なぜだか、普段うるさく注意する井口も知らぬふりを決め込んでいて注意すらしない。
寝てんのか、おい。
そしてついに、トム・クルーズがタコの怪物と戦っているのを最後に、埃の壁が教室全体を横切って、何も見えなくなってしまった。
音声もなんだか、奇妙な響きになっている。
「)%Q’SAT(KRUQ=)R’(Q」
トム・クルーズがG語を喋り始めていた。
教室を横切る埃の壁が、内から光を発しどんどん教室を移動し始める。
その光の壁の端には、慈恩がくるまった暗幕が高速で回転していて、あたかもそれが光の壁を生成しているかのように見えた。
光の壁は凶器だった。壁に触れた者はみな、G色に変色し漆黒の液体となって床の上に滴り落ちて行く。
きららが5次元と接触するとき必ずそうなる現象だ。
ということは、この壁は5次元の壁?
それがどんどん、こちらに迫ってくる。頭の芯がヒリヒリと痛みだす。
椅子を立って背後の壁にへばりついたが、階段教室の最後尾には出口はない。3階だから窓から飛び降りるわけにもいかない。
俺は既に逃げ場がないことを悟り、さっき慈恩を見下したことを悔いた。
でも、あんなつまらない動画ばかりあげていたら、いつかきっと壁にぶち当たるから。
って、その壁なのだった。その壁を慈恩は武器に襲いかかってきていたのだった。
どうする。俺は聞き耳を立てるか、耳を傾けるしかできない。
きららは、今頃スク水着てプールで〆子とパシャパシャしてる。
助けてと言ってもここからじゃきっと届かないだろう。
なんて思ってたら、目の前の生徒が溶け出して黒汁になるところだった。
絶体絶命。俺氏オワタ。近づいてくる光の壁。その光の中から沢山のGがこちらを見ていた。
ぎゅぅぅぅぅぅぅぅんんんんんんん。
何かが急激に止まる音。車のクラッチをいきなり低速ギアに落とした時のような。
鼻の先で光の壁が止まって、しばらくして消えた。命拾いしたと思ったが、窓際を見たらそこに絶望があった。
陽炎の揺らぎの中に立っていたのは、朝の電車で見た黒マントのデカ男だった。
思わず笑いが込み上げてきたのは、その黒マントが学園の暗幕で作ったかのようにおソロだったから。
「何が可笑しい」
バスの響く声が高所から降ってきた。
「怖くて笑いが止まらなくなる時ってありません?」
「しらぬ」
と言って、黒マントのデカ男は左手に握っていた暗幕の束をゆさゆさと揺らしだした。
おそらく中に慈恩が入っているはず。
ところが、中から落ちて来たのは、切り干し大根のように細くしぼんだ一本の紐だった。
岸田森は、汚らしいものでも触るように床からその紐をつまみ上げると、
「何でボーダーなどに組するか?」
と言った。
すると、その干からびた紐は、
「ヒューモアのためだ」
とヘリュウムガスを吸った時のような甲高い声で言うと、粉になって消えた。慈恩の声のようだった。そういえば配信でしょっちゅうヘリュウムガスを使っていた。
ユーモアをわざわざヒューモアと言うところが慈恩らしくもあった。ヒューモア、ヒーモア、ヒモ。ダジャレか!
礼を言うべきか迷ったが、トリマ命拾いしたので
「ありがとうございました」
と言うと、黒マントのデカ男は、
「相変わらず、私の言うことを聞かぬのだな」
と、また以前もそうであったようなことを言った。
少しイラっとしたので、
「あなたとは初対面ですが、いや2度目でした。電車の中で同じこと言いましたよね」
黒マントのデカ男が近づいて来て俺の横に立った。その上背からかなりの圧迫を感じる。
「まだ何もわかってないようだが、お前とはもう何度も会っている」
黒マントのデカ男はそこでぐっとためを作って言う。
「ショウよ。私はお前の父なのだ」
「えーーーーーーーー!」
「嘘だ」
「なんで、この場でそんな嘘つく?」
新喜劇なら座員全員が盛大にずっこけるところだ。
「いや、一度言ってみたかったのだ。私ダースベーダーぽいし」
確かにそうだが。「父と子の葛藤」だけは勘弁してほしい。
「すまん。どうも演劇癖がぬけなくてね。私はピエール|阿部。役者をしていた」
「でそのピエールさんは、ストライパーなんでしょうか?」
「そうだが」
と言って、ベロっと舌を出して見せた。
Gの様に長くて真っ赤な舌の真ん中に十字石のベロピアスが乗っていた。
「スタウロライト」
「君のお母さんに作ってもらったものだよ」
母の趣味はアクセサリー作りだ。十字石オンリーの。
きららの誕プレに指輪を作ってもらった。
まだ渡せてない。どうやって渡そうか。
「きらら、指出して。これ誕プレ」
なんて言って、きららの手を取って指輪をはめるとか。
プロポーズじゃないから、それはちょっとと思うし。
かといってそっけなく渡すのもな。
きららの誕生日は7月7日。明日に迫っていた。
「ちょっと、いいかな」
しまったピエール阿部ほったらかし。
ピエール阿部は、
「私帰るね」
と寂しそうに言うなり、
わぼ!
と消えていなくなった。
怒っただろうか。まあ、いい。またいつでも会えるような気もするし。
教室は暗がりの中で映画の上映が続いていた。
慈恩の姿はなかったが、黒汁になった生徒たちも皆、何もなかったかのように居眠りを続けていた。
映画の中のトム・クルーズはといえば、
果てしない時間の中で生死を繰り返していた。
(毎日2エピソード更新)
続きはこのあと21:10に公開します
よろしくお願いいたします(*ᴗˬᴗ)⁾⁾⁾
★/いいねしてくれた方、ありがとうございます
とても励みになってます
たけりゅぬ




