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魔女のお話  作者: seara
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魔女の家

女の子は魔女でした。だって、母さんが魔女なのです。


深い森の中の小さな小さな小屋で母さんと暮らしているのです。


母さんは腕のいい魔女です。


なので女の子の作る薬には全く満足してくれません。


『なんてダメな子なんだろう。』


毎日のように母さんはいいます。それでも女の子に薬を作らせます。母さんは腕のいい魔女なので作る薬だって、その辺の村人なんかの為の薬は作りません。どうでもいい人の薬なんて、女の子が作ったもので十分でした。


女の子には名前はありません。


たった二人で暮らしている小さな家です。


母さんが


『この愚図!』とか『馬鹿な子』とか言えば女の子のことなのです。


母さんは日が沈んでから起きだします。身支度をして魔女の集会に毎夜のように出かけて、一番鶏が鳴く前に家に戻って眠るのです。


『今日はヘキセンバルトの集会に行ってみよう。昔馴染のアイゼンハルトから黒カラス通信が来ていたもの。羽振りがいいところを見せてやらなきゃ』


母さんは最近手に入れた黒鳥の羽で飾ったとんがり帽子をかぶり、クロヒョウ毛皮のローブを纏っていました。つやつやした毛並みで、右肩にはクロヒョウの頭がついています。母さんの肩に嚙みついているように見えます。


女の子は黒胡桃の柄の箒を母さんに渡しました。母さんの気に入ったつやが出るまで、黒漆を何度も女の子が塗ったのです。


『魔女たるもの、黒でなきゃ!』


とういうのが母さんの考えです。


母さんは女の子の金色の瞳をじっと覗き込みました。母さんの瞳は黒く光を放っています。


女の子の金色の瞳に移った自分の姿に満足すると、母さんは今夜、女の子が作る薬を指示しました。


『馬鹿な客が買う、せき止め薬を作るんだよ。新月の日に採ったオトギリソウをたっぷり入れるんだよ。馬鹿は苦い方が聞くと思うんだから。効果を出しすぎちゃいけない。何度も買わせないと儲けにならないからね。あたしは役立たずのあんたに食わせなきゃいけないんだから。鍋をこがしたりして余計な手間をくわせるんじゃないよ。』


母さんが箒にまたがり、黒い影のように夜空へ溶けていくと、森は急に静かになりました。


女の子はしばらく窓からその空を見上げ、火の落ちかけた炉に薪をくべました。




せき止め薬を作るのです。


せき止め薬は何度も作っていて、効果の高い作り方も知っていました。でも、母さんは女の子を食わせなくてはならないのです。すぐに治るような薬を売る訳にはいきません。




女の子は棚の一番下からオトギリソウの束を取り出しました。新月の日に採ってすぐに、夜露にあてて陰干ししたものです。乾いた葉がぱりぱりと音を立てます。


手の中でもんで、細かくして大鍋に入れます。最初に乾煎りすると、より苦くなるのです。


昨日の一番鶏が鳴く前に井戸から汲み置きした水を大鍋にたっぷり入れて湯が沸いたら順番通りに他の薬草を入れていきます。


慣れた手順です。でも、と女の子は思います。きちんと母さんの言いつけを守って作業しないと、効きすぎる薬になってしまいます。そうしたら、母さんは大損をすることになります。


腕のいい魔女なのに、母さんの手伝いをする女の子が間抜けなので、時々母さんは女の子の失敗のせいでもっと買ってくれるはずの客を失うことになります。




もっと早く火から下した方が効果が高くなることを女の子は知っていましたが、そんなことをする訳にはいきません。いかにも魔女の大鍋にふさわしい、ブクブクした泡がそこ鍋底から湧き出し、臭い香りが小さな小屋をいっぱいにするまで女の子は大鍋を火から降ろさないで待ちました。待ちすぎでもいけません。大鍋が焦げたら、母さんは鍋を綺麗に磨くように女の子に指示しないといけなくなります。腕のいい魔女の母さんにそんな手間をかけさせることはできません。




大鍋を夜の冷気で冷やして、中身をゆっくりと濾すと、あまり効果がない、苦いせき止め薬が完成です。




大鍋を黒ヤシの実の束子でゴシゴシ洗い、黒胡桃の油を中に塗り込んで、女の子の今日の作業は終わりになります。こんな簡単な仕事でも女の子は満足にできず、明日は母さんがいくつも女の子を注意しないといけません。本当は母さんは女の子を村に行かせて、村の人に騙されることなく上手に薬を高く売ることまでさせたいのでした。


『お前がもう少しだけ役に立てばねえ。でも目も金色だし。立派な魔女なら黒い眼を持っているのにね。お前がいるせいでとんだ骨折りさ』


母さんはよく言います。




月はまだ高い位置にあります。一番鶏が鳴くまでまだ時間がありました。水を大分使ってしまったことに女の子は気が付きました。


水瓶をいっぱいにしておかないと、母さんが戻ったら飲む新鮮な水がありません。女の子は水瓶を抱えて外の井戸に向かいました。腕のいい魔女の母さんは小屋の外に結界をはっています。危ない獣や馬鹿な村人なんかには小屋の位置はわからないようにしてあります。母さんは腕がいいだけでなくて、とても用心深いのです。


馬鹿な女の子が危険な目に合わないように気を付けてくれています。


井戸は小屋から少し離れた場所にあります。


夜露に濡れた草を踏むたび、しっとりとした音がしました。




女の子は桶を井戸に下ろし、冷たい水の感触にほっとしました。


母さんが帰ってきたとき、冷たい水がないと馬鹿な女の子を叱らないといけなくなります。母さんに手間をかけさせずに水汲みができたことは女の子にとって嬉しいことでした。




桶を引き上げ、水瓶に注ぎ込んでいると、ふと背中に冷たい風が触れました。




風ではありません。


結界の内側で風が吹くことは滅多にないのです。




女の子はゆっくりと振り返りました。




森の奥、結界の境目のあたりに、何かが立っていました。




人影のようで、人影ではありません。


黒い煙のように揺らめき、形を定めず、けれど確かにそこにあるのです。




女の子は息を呑みました。もやもやした黒い影は女の子を不安にさせました。水瓶をしっかり抱えると女の子は小屋に駆け込みました。


ここは母さんの結界の中です。女の子にとって一番安全な場所なのです。


水瓶をきちんと置くと女の子は小屋の隅の寝床に向かいました。優しい母さんが女の子のためにくれたのです。朝日が最初にさす場所なので、女の子は寝過ごすことなく、家を整えるため、母さんの食事を作るために起きることが出来るのでした。女の子は寝藁の上で丸くなり、母さんの古いローブをかけて眠るのです。擦り切れているとはいえ、まだ使えるのに、役にも立たない女の子に母さんがくれたのでした。


黒い煙は外の何か怪しいものです。母さんの結界の中に入ることはできません。女の子は安心して一番鶏が鳴くまで眠りに落ちたのです

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