96.ヒメ 人魔と出会う
「痛い!痛いです!なぜこんな仕打ちを受けるのか理解できません!」
「誰が誰と結婚するって?」
「痴れ者が。」
「裏切り者。裏切り者。」
ファリナ、ミヤ、リルフィーナがリリーサを囲んで、肘鉄をくらわせている。まぁ、軽くだからそんなに痛くないはずなんだけど、それが3分も続くとさすがに効いてくるようだ。
「そろそろやめてあげないと、ヒメちゃんに嫌われますよ。」
ピタッと止まるファリナとミヤ。人の名前を出すのは汚いです、マリアさん。
「浮気者!浮気者!」
ひたすらやめる気配のないリルフィーナ。困った風のリリーサ。こちらはもう放っておこう。
「明日までに手紙を書いておく。明日の朝もう一度来てくれ。内容を確認してもらい、問題ないなら向こうあてに出す。騒がしくなってしまって話が続けられん。」
「あら、あなた。わたしのせいですか?」
マリアさんが驚いた顔を見せる。
「ありていに言えばそうだ。」
「女の子をこんなに集めて何の内緒の話をしてたのですか?わたしに言えない事なんですか?いやらしい事なんですね?」
「お父様、最低です。」
ロイドさん泣きそう。
「お前たちに関わったのが私の最大の不幸にして間違いだった。」
こっちをギロッと見る。
「まぁ、ヒメちゃんに会わなかったら、わたし死んでいたかもしれないのに、あなたったら酷い・・・」
「い、いや、その・・・」
小さくなるロイドさん。
「そのくらいにしてあげて。確かに面倒かけてるからね。無理言ってもそれなりに聞いてくれるし。ロイドさんが領主じゃなかったら、わたしこんなふうにしていられなかったよ。今頃、一族郎党全焼死してるよね、普通の領主だったら。」
「変な言葉創るのやめなさい。なに?全焼死って。」
ファリナがうるさい。
「え?説明いる?」
「いらない。もうしゃべるな。」
ロイドさんが頭を抱えてる。
「じゃ、とりあえず帰ろうか。もう暗くなるしね。」
「送ろうか?今ならわたしたちが使った馬車を出せると思うけど。」
「大丈夫です。これでもハンターですからね。」
マリアさんが優しい。まぁ、リリーサがいるから大丈夫と言いたいけど、ロイドさんがリリーサの魔法のことをどこまで話しているのかわからないから、迂闊なことは言わない。
「明日来られるんですね。じゃ、お待ちしてます。」
そう言いながらもフレイラがファリナの腰にしがみついて離れない。
「お仕事だからね、お仕事。」
「では、わたしもハンターの資格取りますね。そうすれば、ずっと一緒ですね。後、半年お待ちください。」
「いや、待て、フレイラ。そんなことは許さんぞ。借りにもお前は貴族家の次女なのだから、家に相応しい貴族の男子と結婚しなければならん。ハンターなんてやらせるわけにはいかないからな。」
「じゃ、わたしがやります。もう少しで本調子。魔獣をやっつけてやるわ。」
マリアさんが、構えてワン、ツーパンチ。ハエが止まりそうだけどね。
「マリア、お前まで・・・」
「頭ごなしはだめよ。フレイラももう子どもじゃありません。理屈で説得なさい。」
いや、まだお子様だから、首輪をはめてしっかり見張っててよ。
「そういうプレイがご趣味なんですか?」
リルフィーナ、誤解を招く発言はやめなさい。
「似あいすぎてるな。」
ロイドさんのセリフになぜみんな頷く。
「帰りましょう。ヒメさん、ご自宅まで送りますよ。」
「うん、ありがとう。じゃ、ロイドさん、明日の朝にまた。これ以上ここにいると、色々燃やしちゃいそうだから。」
「すまないが、そうしてくれ。後、燃やすな。」
わたしだって、燃やさないで済むのならそうしたいよ。みんな世間が悪いんだ。
「悪いのはヒメ様の頭。」
ほらね。
パーソンズ邸を出て、少し歩いたところで、人通りのない路地に入ってリリーサに空間移動魔法を使ってもらう。
マイムの町近くの森に出る。
「休んでいく?お茶くらいなら出すけど。」
一応社交辞令。リリーサなら泊まっていくくらい言いそうだな。明日の朝もロイドさんのとこ行かなきゃならないし。
「今日のところは帰ります。」
「「え?」」
わたしとファリナ驚愕。ミヤでさえ声を出さなかったけど、唖然としてる。
「なんですか?」
「い、いや・・・何ていうかその・・・」
泊まっていくとか言わないんだね、なんて聞いて、じゃ泊まっていきますなんて、藪蛇は避けたいから言い方に困る。
「あぁ、今日は帰りますよ。お店が、というより、ミロロミが心配なんで。」
「あの娘たちに心配はいらないでしょう。」
取り巻きのおかしな奴らが店を守ってくれるだろうし。
「すっかり、ミロロミのお店になってしまって、店主のわたしの居場所がありません。一大事です。あそこはわたしのお店だと世間に知らしめるためにも、たまに顔を出さなければなりません。」
あぁ、それは一大事。
「そういえば、今は毎日お店を開けてるようだけど、売るものあるの?」
ファリナが首をかしげて尋ねる。今までは、月に数日、目玉商品だけを売っていたんだものね。毎日は大変かな。
「商業ギルドで仕入れできる物やわたしとリルフィーナが近場の森で狩ってきたものを売っています。薬草や果物、野菜。流通してる薬。後、ウサギや狼の肉などですね。なんか、すっかり八百屋さんの様相を呈しています。店番があの2人なので、毒草は置けません。非合法なものも不許可です。まぁ、あの2人に任せておけば、大した金額の商品はないので大体その日の売り切りたいものは売れています。ただ、まともなお客が4で性癖のおかしそうなお客が6の現状をどうするかが最大の問題ですね。」
毒草とか非合法とか聞こえたような気もするけど、うん、気のせい、気のせい。
「あんなでもお金を落としてくれるお客様です。おかしなことをしでかさない限りは大事にしませんと。」
リルフィーナがリリーサを慰める。
「というか、あの人たちは、昼のほとんどお店にいるようですけど、いつ働いているんでしょうか。」
「ご存じなかったのですか?2つグループがあって、それぞれのグループが、週の半分ずつ来店日を決めて来てるようですよ。で、来ない日に働いていると。」
「頭大丈夫ですか?」
まったくだよ。え?何?ミロロミに会うためにそんなバカなことしてるの?
「まぁ、死人と犯罪者がでなければどうでもいいですけど。あぁ、わたしのお店・・・」
リリーサがなんかガックリ。
「という訳で、お店が心配なんで、今日は帰ります。」
「あ、うん、がんばってね。」
他に声のかけようがなかった。
リリーサとリルフィーナが空間移動の門に消えていくのを。およそ呆然と見送るわたしたち。
「大変だね。」
「需要があるようだからいいんじゃないの。」
どこか他人事のファリナ。
「だって、どうしてやることもできないもの。」
それもそうか。リリーサが嫌だったら、やめるなり形を変えるなりすればいい話で、わたしたちがどうこうできることではない。
「帰ろうか。それともまだ時間あるから、その辺で晩ご飯、何か狩っていく?」
買っていく、ではない。なにせ、目の前は森だ。獣なら何かしらいるだろう。
「そうね。ミヤ解体お願いできる?」
「まかせろ。」
森の中へ入っていく。
「探したよ。」
森の中央付近でいきなり声をかけられる。え?探知に引っかからなかった?
見るとミヤも驚いている。
木の上の方、地上から3、4メートルくらいの高さの枝に男が座っていた。
「あんた・・・この間の人魔・・・」
そう、この間わたしたちから逃げた人魔がそこにいた。
「この辺探せば見つかるかと思っていたけど、なかなか会えなくて、おじさん悲しかったぞ。天人族のねえちゃんはどっかに行ってしまったようだな。まぁいい。」
木の枝から飛び降りる。わたしたちから5メートルくらい離れた地面に降り立つ。
「なんか用?」
「この間、左手燃やされただろう。お礼しなきゃと思ってな。」
ミヤもファリナも臨戦態勢。ただ、こちらから仕掛けるのはちょっとためらわれる。悔しいけど、向こうの実力がいまいち掴めない。どうしよう、<豪炎>か<豪爆>で一気に燃やしてしまうのが確実かな。ただ、ここマイムの町に近いんだよね。
「お礼って何?何かくれるの?」
ちょっと挑発してみる。キレて飛びかかってくるような単純な奴ならやりやすいんだけど。
「あぁ、そうか。そうだな、これなんかどうだ?」
指をパチンと鳴らす。
木の影から2匹のパープルウルフが出てくる。
「!」
人魔の足元に左右に分かれて1匹ずつ座るパープルウルフ。
手を後ろに廻す人魔。差し出された両手のそれぞれにナイフが握られている。
戦わなきゃダメか・・・そう思った瞬間。
人魔はナイフをパープルウルフの首筋に突き立てた。
驚いた眼で主人を見つめるパープルウルフだが、すぐに絶命してその場に倒れる。
「な、何のまねよ・・・?」
驚きで攻撃することができない。
「お礼だと言ったろう。人族の間じゃウルフは高く売れるんだろ?持っていけ。」
・・・・・・
呆然。言葉が出ない。というか、目の前の出来事が理解できなくて、頭が働かない。
「え・・・と・・・何?腕燃やされて、お礼にパープルウルフくれるって・・・」
ハッと頭にある考えが浮かぶ。
「え?あ、あんた・・・痛いのが嬉しい癖の人?待って!むりムリ無理!わたし、そういうの無理!え、と、そうだ!ファリナ!どう?」
「は?だ、ダメよ!わたしだって無理だもん!」
「ミヤは?」
開いた口がふさがらずに人魔を呆然と見ていた・・・あのミヤですら・・・
「ご、ごめん!ちょーっと無理っぽい。そうだ。知り合いにリリーサってのがいてね、あいつなら相手してくれるかも!」
もうこの際この場にいないリリーサに押し付ける。あの娘だってあの場にいたんだから、わたしたちだけが面倒を押し付けられるのは不公平だ!
「まぁ、そう怯えるな。そんな癖はない。ただ、ちょっと話がしたいだけだ。戦うつもりもない。近くに・・・来るのはあれか。そのままでいい。その辺に座ってくれ。そう、話がしたいだけなんだ。そのお礼だな、これは。」
そう言うと、その場の草むらに腰を下ろす人魔。
どうしよう。いざとなったら燃やせばいいと思うけど、相手の意図がわからなすぎて手が打てない。
「本当だ。信用・・・はできないだろうが、今だけは信じてくれ。」
うーん・・・ダメだ、頭使いすぎた。
「もういいや。座ろう。」
近くの大きな木の根に腰かける。
「ヒメ!?」
「こうしてにらめっこしててもしょうがないじゃない。」
「それもそうだ。」
ミヤもそばにあった岩に座る。
「もう、知らないからね。」
頬を膨らませて。ファリナも草むらに座る。
「すまんな。」
「わたしたちしかいないけどいいの?この間はもう2人いたけど。」
「今日のところお前たちだけでいい。」
わたしたちを睨むように見る人魔。でもなんだろう。殺気は感じない。ほんとに戦う気はないようだ。
「先に名乗っておこう。俺はログルス。見ての通り魔人族だ。」
「わたしはヒメ。」
「ファリナよ。」
「ミヤ。」
余計な個人情報は与えない。とは言え、名乗られたら名乗るしかないよね。
でも、こいつ、何の話がしたいんだ?




