88.ヒメ 黒聖女に頼まれる
『パーソンズ』
行くべき場所の説明でその名前を聞いた時、アリアンヌは頭が真っ白になった。なので、それ以降の話はろくに聞いてはいなかった。まさか、ユイまでちゃんと聞いてなかったとは思わなかったけど。
“あの娘には会えない。会いたくない。”
アリアンヌが安全な白の街道ではなく、人通りのほとんどない黒の街道経由でエルリオーラ王国に入ったのはなるべく人に会いたくなかったからだ。そのせいで、現在位置を見失うことになったのだけど。
“ここがパーソンズ領。あの娘の、かつて自分を友人と呼んでくれた、領主の娘が住む場所・・・”
「その・・・パーティーに何の用なの?」
ファリナが笑いの仮面をかぶり尋ねる。
「魔法を教わりに来たんだ。3日くらい前にガルムザフトで、こいつらもまた人の事を言えないほど頭のおかしい2人連れのハンターに出会ってさ。」
2人?よくある構成。気にすることはない。
「オークの取り合いになって、ちょっともめそうになったんだけど、そいつがまた、わけわかんない魔法を使うのよ。分解魔法?っていうの?そんなの使うなっていうの。」
分解魔法?よくある魔法。気にすることはない。
「いや、もう何となくわかっちゃったから。」
「黙りなさい、ファリナ。人の事を頭がおかしいなんて言うやつらは知りません!」
わたしプンプン。
「あ、ごめん。気に障ったか?あたし、口悪いからつい。あんたたちの悪口を言ったつもりじゃなかったんだが。」
「そうです。ユイはすこし気をつけなさい。」
「いえ、気にしてないから。それで、そのパーティーがどうしたの?」
ファリナが話の続きを促す。
「まぁ、よくよく考えたら、こっちはオークなんて持ち運べるわけもないから、お嬢が向こうに譲ることにしたんだ。そしたら、そいつら収納魔法使えるんだよ。羨ましそうにしてたら、教えてくれるって言うんだ。見かけによらずいいやつらだったぞ。白い修道服みたいなのを着てる変なやつだったけど。」
「ほら。」
「うるさいです、ファリナ。白い服着てる奴なんてごまんといます。」
「で、教わったんだけど、そいつの魔法陣じゃ、あたし魔法を発動できなくてさ。それで、そいつ曰く、エルリオーラ王国のパーソンズ領に行けば、あたしでも使える魔法陣を教えることができるかもしれない奴がいるって教えてくれたんだ。頭のいかれたやつだけど、魔法は凄いからって。」
だから、そこの新人の4人。わたしたちから視線を外しなさい。鬱陶しい。
(パーソンズ領に町いくつあったっけ?)
(たしか4つ。)
(女だけの3人パーティーで魔法がすごくて、頭がおかしいやつらって。)
小声で話し合った後、再度4人がこちらを見る。
どこ見てそう思うのよ。少なくとも頭がおかしい、って時点で違うでしょう。
「あんたたちは7人パーティーだもんな。まぁ、人の好みだからとやかく言う筋合いはないんだけど、多くない?」
「いや、わたしたちは・・・その・・・」
ルイザがこちらをチラチラ見ながら、なんて答えようか悩んでいるようだ。
「つまり2人は、そのパーティーに収納魔法を教わりに来たんだ。」
「そういうことになりますね。まぁ、絶対に、ということでもないので、ダメならダメでしょうがないんですけどね。」
「えー、お嬢、なんとかしようよ。収納があれば旅も少しは楽になるって。」
ユイがジタバタしてる。なんかかわいい。
「変な事考えなかったか?首を落とすぞ。」
頭を左右に振る。かわいいと思ったなんて知られたら、この場で大乱闘になりそう。
「そういえば、ユイが聖女って・・・」
「あぁ、こう見えて、お嬢は騎士志望だ。なら、その従者であるあたしもそれにふさわしい立場である必要がある。だから、聖教会に入って、旅の道すがら困っている人を助けながら旅している。そしたら、段々ガルムザフトじゃ黒聖女と呼ばれるようになってきたんだ。なんでも、白聖女ってのがすでにいるらしくて、それのお仲間か何かと思われてるのかな。まぁ、照れくさいけど、お嬢の名声の足しになるのなら、何と呼ばれても構わない。」
「白聖女知らなかったの?ガルムザフトじゃ有名らしいけど。2人はガルムザフトの人間じゃないの?」
2人がしまった、という顔をする。あ、聞かなきゃよかったかな。
「ええ。わたしとユイは、他の国の人間です。ガルムザフトでハンター登録したのは、たまたまです。」
言いづらそうだから、これ以上はツッコまない。
「1つだけいい?なんで、聖女なのにメイド服?」
わたしの質問に、こちら側の全員が興味津々。
「聖女と呼ばれているが、あたしがなりたいのはお嬢のメイドなんだ。この姿だけは譲れない。」
確固たる意志を秘めて、拳を握るユイ。
「だからこの世界の聖女は色物すぎる。」
ミヤ、ため息つかないで。勝手に呼ばれてるだけなんだよ。世間が悪いんだ。
アリアンヌとユイ自身の話をしてるうちに、人を探してる話は立ち消えたようなので、何事もなかったかのように、肉を焼き始める。
食べ始めてみると、性格が雑っぽかったユイはお淑やかに、お嬢様のアリアンヌの方が、多少がっつき気味に食べてる。
見た目は確かにお嬢様なのに、あの歳でハンター、しかもパーティーメンバーは変な女1人。わけありなんだろうな。聞くつもりはないけど。他人の人生に関わる余裕はないよ。
社交辞令で食事に誘ったけど、わたしたちさっきウサギ食べたばかりなんだよね。もうお腹がいっぱい。
「もう食べないのですか?」
アリアンヌが、わたしたちの箸の進み具合を気にする。
「アリアンヌと仲良くなりたかったから、食事に誘ったけど、実はわたしたちさっきお昼ご飯食べたばかりなんだ。」
「え、それは申し訳ありません。気をつかわせてしまって・・・」
「ううん、だからアリアンヌはわたしたちの分もいっぱい食べて。残してももったいないから。」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。」
しっかりした娘だね。出会ったばかりのフレイラを思い出して、なんだか涙が出そう。
「こちらこそ。オトーヌを助けてくれてありがとう。」
「それはユイの手柄です。」
「エヘヘー。」
褒められて2人とも嬉しそう。
一通り食事が終わり、お茶の準備にポット、カップなどを出す・・・そう、出してしまった・・・
「あんた、名前なんだっけ?どうでもいいと思ってさっきちゃんと聞いてなかったんだよな。あんた、収納魔法使えるんだ。」
ユイがその様子を見て気がついたように言う。
「え?使えた?」
「いや、今カップとか出したよな。収納魔法じゃないの?」
「ち、違うんじゃないかな・・・ほら、手品-、みたいな・・・」
「ヒメさん、いくらなんでも言い訳が苦しいです。」
オトーヌ、諸悪の根源は黙ってなさい。
「ヒメ?ヒメ・・・あれ?ヒメ?」
ユイが額に指をあててブツブツ言い出す。
「そうだ!ヒメだ!ヒメっていうあたまのおかしい奴のところに行けって言われたんだ!」
「おかしくないからね!」
「あ・・・」
「ユイ・・・」
自分たちが何と言っていたかを思い出す。
「ごめん・・・」
ユイが頭を下げる。
「いや、自分たちだってわかってたなら、最初から言ってくれれば・・・」
「頭のおかしい奴を探してると言われて、それは自分たちだと言えと?」
「え?あ・・・いや・・・なんかごめん。」
再度頭を下げるユイ。
「申し訳ありません、ヒメさん。そういうつもりではなかったのですが。」
アリアンヌも申し訳なさそうに頭を下げる。この娘も、元貴族みたいだけど、頭下げられるんだね。はるか遠い昔のフレイラが思い出されて涙が止まらない。
「あれから1ヶ月ちょっとしか経ってないけどね。」
激動の1ヶ月だったなぁ。
「リリーサ、今度会ったら半殺す!」
「あ、やっぱりリリーサさんをご存知でしたか。」
「知らない。」
「いや、今知ってるみたいなこと言ってましたよね。」
「友人のことを頭がおかしいなんて紹介する大バカ野郎に知り合いはいません!」
「あー、それは・・・」
困って目を空に泳がせるアリアンヌ。
「リリーサを神に召すのなら、好きにすればいい。頼む。収納魔法教えてくれ。」
いや、神に召すって何?ヤっちゃえってこと?
「リリーサから話は聞いて、覚悟はできている。お嬢のは認められないが、あたしのスカートなら捲っていい。好きにしろ。」
「リリーサ!全殺す!」
「もう構ってられない。」
「好きにやれ。」
もうファリナもミヤも、わたしが暴れるのを止めようともしない。
「そんなにお怒りになるなんて・・・やはり、リリーサさんの言われた通り、幼女のスカートでなければダメなんですね。わかりました。今スカートに履き替えてまいります。」
「うう、おいたわしや、お嬢。」
アリアンヌ、いい加減にしないとあんたに飛び火するからね。
「ヒメさんって噂にたがわず変態さんなんですね。」
「わたしたちスカートじゃなくてよかったね。」
そこの4人、何コソコソ言ってるかな?
ミヤはファリナを背中に庇うようにして、いつの間にか輪から離れて遠くで見てる。
と、その時。
「ウガァァ!」
焼き肉の匂いに誘われたのだろう、オーガが2匹、森から飛び出してくる。
「お、オーガよ!」
「そんな!」
「に、逃げるわよ!」
4人が大騒ぎ。アリアンヌも恐怖に顔を引きつらせる。ユイはそんなアリアンヌを後ろに庇う。
「<豪火>。」
ドゥッ!とオーガの足元から火柱が立ち、オーガが炎に消えた。
炎の消えた後には、灰だけが残る。
呆然とする5人。唯一、わたしに対し厳しい目を向けるユイ。素知らぬ顔のファリナとミヤ。
「よし、少しは気が晴れた。」
「え?何?何があったの?」
呆然と辺りを見回すルイザら4人。
「強いんだ。」
わたしを睨むユイ。
「せっかくのオーガが・・・」
がっかりしてるアリアンヌ。いや、アリアンヌは持っていけないんだから灰になったって困らないでしょうが。
「怒りのレベルが<豪火>でよかったわ。」
いや、殲滅級いきたかったんだけど、ユイの力がわからない。あまり手の内は見せたくないのよね。万が一に備えて。
「念のために言っておくけど、いくら魔法を教えてくれるとはいえ、お嬢に危害を加えるようなことは許さないからな。」
ユイがアリアンヌの前に庇うように立ってこちらを睨んでる。
「あんたたちとやりあう気はないし、さらに言っておくけど、あんたに魔法を教えるって言った覚えはないからね。」
「「え?」」
アリアンヌとユイがビックリ。
「待てよ。頑張ってここまで来て、ようやく会えたんだぞ。敬意を表して教えてくれるのが普通だろう。」
「あなたたちの努力は知りません。大体あなたたちの話が本当かどうかもわからない。こっちにすれば、悪いけどただの胡散臭い連中にすぎないの。いきなり現れて魔法教えろと頭ごなし。礼儀って知ってる?」
言葉に詰まる2人。
「態度が悪いのは謝る。だけど、お嬢を悪く言うな。首を落とすぞ。」
「燃やしちゃうけどね。」
睨みあうわたしとユイ。
「うぅ、わたしたちどうなるんでしょう・・・」
「まさか、獣じゃなくてこんなことで命を落とすことになるなんて・・・」
新人4人が抱き合ってすすり泣く。
「あんたのパーティーじゃないなら、あいつらなんだ?」
ユイが鬱陶しそうに4人を見る。
「新人の娘。いきなり狩りに出たら1歩目であの娘たちが狩られそうだから、少し教えてたの。」
「いい人なんですね、ヒメさん。新人さんの面倒をみてあげるなんて。」
アリアンヌが嬉しそうにわたしを見る。
「い、いや・・・」
うぅ、褒められたことがないから対応に困る。
「まずい、ヒメ様最大の弱点、褒め殺しだ。」
「あぁ、普段怒られてばかりだからね。」
「クソー、お嬢に褒められたくらいでいい気になるなよ・・・羨ましいなぁ・・・」
何とでも言いなさい。
アリアンヌ、いい娘だなぁ。どうしよう、アリアンヌのためなら魔法教えてもいいかな。




