69.わたしの睡眠時間を返せ
「わたしの睡眠時間を返せ。」
リリーサのお店の2階の居間に敷いてある布団にもぐりこむ。
「大丈夫です。昼近くまで寝てられますから、あと6時間以上寝れますよ。」
え?これから寝てもそんなに寝てられるの?ダメ人間になりそう。
「すでにダメ。」
「今更よね。」
ミヤとファリナが冷たい。
「作業開始が昼からという時点で、ハンターとしていかがなものかと言いたい。普通、朝早くからでしょう。」
「郷にいっては郷に従え、という言葉をご存じですか?すなわち、炒った黒ゴマはその土地その土地での料理方法があるので、使い方は任せなさいという意味です。ここでは、わたしたちのやり方に従ってもらいます。」
ファリナの意見に対するリリーサの反論なんだけど、一瞬間違っていない様に聞こえるのは何なんだろう。
「頭が痛くなるから寝るよ。さすがにもう泥棒に入ろうとするおバカはいないでしょうから、昼まで寝るわよ。」
だいぶ慣れてきたけど、聞いていて頭おかしくなりそうなので、眠ることにする。
「え?自覚無いの?」
ファリナ、何が言いたい。
とりあえずいいや。布団を頭からかぶって寝ちゃう。睡眠不足は美容の大敵だ。
他のみんなも布団に入る。リリーサだけは何やらゴソゴソ。
覗いてみると、お茶を淹れだした。ほんとお茶好きよね。幸せそうに飲んでる。その様子を見ながら、わたしは眠りに落ちていった。
「ミュギュウ・・・」
ほっぺたが痛い。目を開けると、リリーサがわたしのほっぺたを引っ張っていた。
「にゃにかにゃ?きょれは・・・」
「昨夜の仕返しです。朝です・・・昼です、かな。起きてください。」
燃やしてもいいよね、これ。
「それとも、キスがよかったですか?」
「やったら斬るけどね。」
「切り裂く。」
周りを見ると、リリーサの後ろに剣を握りしめたファリナと、鉤爪を出しているミヤがいた。反対側には、恨めしそうにわたしを見るリルフィーナ。
「ヒメさんを起こすのも命がけです。」
「大丈夫、うちじゃ起こされるのも命がけだから。」
今日はミヤのボディアタックじゃなかっただけましかな。
「みんな、もう起きてたんだ。」
「夜中のリリーサの起こし方から、起きないと同じことされそうだなぁと、みんな考えてました。油断してたのはヒメだけよ。」
同じって、あぁ、ほっぺた引っ張られるってことね。
「朝ご飯にしましょう。隠れて表を見た感じ、今日のお客様は10名前後だと推測されます。がんばらないと。」
「10人?少ないね。」
「オークションです。肉1人前だけでも金貨何枚になるかわかりません。資本力のあるところでないと参加すらできないでしょう。」
「そこらの並みの商人じゃ無理ってことか。考えるだけで恐ろしいわね。魔獣とはいえ狼の肉が金貨何十枚にもなるなんて。」
何十枚ですめばいいけど。
「ちなみに、昨日の灰色狼と薬になる草の売り上げだけでも、金貨146枚になりました。」
「146枚?!灰色狼の代金よね。相場より高くしたにしても儲けすぎじゃない?」
一般の人の平均年収の3,4年分だよね。それが1日で。っていうか、最初の話じゃ金貨3,40枚くらいとか言ってなかったっけ?どれだけ暴利貪ったらそんなになるのよ。
「調べた相場が昨日の時点で、わたしが旅に出る前よりかなり上がっていました。当然、さらに上乗せドンっです。ヒメさんのところの領主様は安く売ってもらえてラッキーでした。でもまだまだです。もっと搾り取ってやります。みんな、わたしの野望の礎となるのです。」
リリーサが楽しそうだ。そのうち、悪徳商人と呼ばれて、誰かに刺されそうだな。
「望む所です。返り討ちです。」
「まぁ、いいけどね。」
「これだけ儲けたって話をしたら、普通は、分け前が欲しいという話になるはずなんですけど、ヒメさんたちって、お金に無頓着ですよね。」
「無頓着なんかじゃないよ。でも、今回は、獲物をキチンと分け合ったんだもの。リリーサの分の獲物の売り上げは、リリーサのものであって、わたしたちが口を挟む権利なんか1ミリも持ってないだけだよ。」
「それは、ヒメさんたちがお金に余裕があるってことだと思うんですけど。」
リルフィーナがよけいな事を言ってくる。
「それは逆に、リリーサやリルフィーナに口を挟んでもらうことじゃないよね。お互い様ってこと。」
「わたしとしては助かるからいいんですけど。なんか、わたしが守銭奴っぽく見えるのがいやです。」
いや、十分守銭奴にしか見えないから。
朝ご飯を食べ、開店の準備を始める。
「昼ご飯よね。」
ファリナ、細かい。大丈夫、すぐにもう一食食べれば、今のは必然的に朝ご飯になる。
「まだ食べる気?」
「一日3食は人間としての義務です。」
「3食でいいのね。」
「ごめんなさい。もっといっぱい食べてます。」
よけいな言質は取られたくない。これからのために。
「けっこう食べますのに、あまり太って見えないのは、やはりお胸が貧相だからでしょうか。」
リリーサ、ケンカ売ってる?売ってるよね。燃やしていいよね。
「あぁ、落ち着いてください。お姉様は、このところ早起きしすぎて、起き抜けはしばらくボケボケなんです。今のも他意はないただの本音です。」
「本音なんだよね。」
「間違えました。はっきり言ってしまいました。もう少しオブラートに包もうと思ってましたのに。」
そう言ってるリルフィーナが寝ぼけてるんじゃないでしょうね。
「お茶淹れますね。」
リリーサが台所に向かう。
「やっと終わる。今日さえがんばれば明日からは自由の身。工事開始か剣が出来上がるのが4,5日後。最低3日はなにもしない。するもんか。」
「1日くらい仕事するわよ。働かざる者食うべからずよ。」
休む気満々のわたしの決意にファリナが茶々を入れる。
「え?働かざる者食う寝る遊ぶじゃないんですか?」
リルフィーナ、あのね。
「どういう意味になるの?それ。」
「働かない人は、食っちゃ寝して遊んでばかりという意味だとお姉様から聞きました。」
「さすが、ヒメの同位互換。言われてみたら、ヒメが考えそうなことと同じこと考えてるってのがすごいよね。」
ファリナ、いくらわたしだって・・・言いそうだな。その言い回し。
そして、運命のオークションが始まった。
なんということもなく、さすがパープルウルフの肉や毛皮を手に入れようっていうお金持ち揃い。淡々と入札が続いていた。
結局、肉が1人前金貨250枚、毛皮が1枚金貨1.500枚で決着がついた。
肉が24パックあったから、金貨6.000枚。毛皮が2枚で、金貨3.000枚。合計金貨9.000枚の売り上げ。一般人の平均年収の220年分以上という、すでに何を言っているのかよくわからない。
買えなかった人たちからは、『次回の入荷を待ってます。』とか言われてたけど、魔獣のウルフかぁ。次回がいつになるやら。
「そこは、ヒメさん頼りなんですよね。」
リリーサがまた訳のわからないことを言っている。無視だ。
「わたしたちじゃ、ウルフがさすがに高額になるってわかっていても、魔人族の領地に行こうなんて考えません。」
「あのね、わたしたちだって行かないよ。」
「でも、ヒメさんの絡まれ確率ってすごいじゃないですか。今の町でハンターに登録して半年でパープルウルフに2回出会うなんて。すでに異常といっても過言じゃありませんよね。」
何、その確率は?
「その確率でいえば、魔人族の領地に行かなくても、今年の残りであと1回はウルフに出会えるはずなんですよね。」
変なフラグになりそうだから、よけいな事言わないで。
「なので、もしも高位の魔獣に出会ったら、すぐわたしに連絡ください。高く買い取ります。」
「無理・・・かな。燃やしちゃうから。」
強そうな魔獣なんて、有無を言わさず瞬殺だよ。燃やしちゃうよ。お金と命どっちが大事だって話だよ。
「高く売れる魔獣ですよ。何で燃やすんですか?頭おかしいんじゃないんですか?」
待て、そこまで言われることですか?
「まぁ、そう言いつつもヒメさんなら何とかしてくれると期待して、金貨1.000枚です。」
大きな袋をわたしの目の前に置く。
「何?これ?」
「予想外に稼ぎすぎました。いいとこ金貨700から800枚くらいだと思ってたのに9.000枚です。ラッキーです。」
「いいじゃない。これで、孤児のみんなを呼べるお店に大きく近づいたんでしょ。もうひと頑張りよ。」
「今回はヒメさんに出会えてラッキーでした。使えなかった魔法も使えるようになったし、リルフィーナ以外の何でも言えるお友達ができました。」
うん、何言ってもいいとは認めてないけどね。
「パープルウルフはヒメさんと一緒じゃなかったら出会えませんでした。さらにもう一匹は無理やりみたいにもらっちゃいました。」
「代金はもらったじゃない。」
「金貨2枚です。とても間尺に合いません。本当なら半分ずつにすべきなんでしょうけど、わたしの夢のためにこれは必要です。でも、全部自分のものにするのはダメです。ヒメさんとお友達でいたいから、これを受け取ってください。」
「え? じゃ、全部あげれば友達じゃなくていいってことだよね。」
ビックリした顔でわたしを見つめるリリーサ。その目から、滝のように涙が溢れだす。
「そ、そんなに、わたしとお友達は嫌ですかぁ・・・」
「ご、ごめん! 冗談! 冗談だよ! もちろん、友達だよ、わたしたち。」
「本当ですか?」
「本当だよ!」
「仲良しですかぁ?」
「仲良しだよ!」
「このお金は受け取ってくれますか?」
「もちろんだよ。うれしいな。」
「遊びに行ってもいいですか?」
「いいよ。いつでもおいで。」
「愛人にしてくれますか?」
「いいよ。愛人だ・・・ちょっと待って。何言ってるかな?」
「言質いただきました。ファリナさんもミヤさんも、剣から手を離してください。いいと言ったのはヒメさんです。」
「い、い、言ってないよー。」
「聞いてません。」
「聞こえない。」
3人で必死にごまかす。
「見苦しいです。なにより、こちらにはリルフィーナという記憶の達人が控えています。さぁ、リルフィーナ、証言を。ヒメさんは何と言いましたか?」
クッ、万事休す。リルフィーナの記憶力を盾に取られては勝ち目がない。
「なにもいってませんよー。」
よし、いいぞ。リルフィーナ、ナイス棒読み。
「あ、この裏切り者。」
「どっちが裏切り者ですか! わたしというものがありながら、何浮気しようとしてますか?!」
「リルフィーナのことは、思い出として心の1ページに留めておきます。安心していいですよ。」
「どこが安心なんですか。こうなったら、ヒメさんを刺してわたしは生き延びます。」
わけわかんないから。こっちを巻き込むのはやめて。
「今回は失敗しましたが、また次回ということで、続くです。」
「お金を受け取らなきゃいいのよね。」
「何言ってますか。泣きますよ。今度は本気で。」
「ってことはさっきのは演技なんだね。」
「秘密です。女の涙は最終兵器です。」
ええい、鬱陶しい。燃やしてしまおうか。
「燃やしちゃいなさい。」
「燃やせ。」
ファリナとミヤが本気で怒っていた。
そしてお金は、半ば無理やりに受け取らされた。
「じゃ、今日のところは帰るね。」
あからさまな別れのセリフは、リリーサが何を言い出すかわからないから、なるべく穏便に。
いくつかの草が売れ残ったようだけど、それ以外は売り切った。
「草なんておかしな言い方を。ちゃんと薬草って言ってくださいよ。」
つまり、毒草は売り切れたんだ。いや、もう深くは聞かないけどね。パープルウルフの生薬は売れなかったので、わたしが買った。
「ここ数日間ありがとうございました。本当に楽しかったです。」
「わたしもだよ。年に何回かなら、こんなのもいいかもね。」
お客も帰り、わたしたちだけとなった店内。当初の約束を守ったわたしたちは、エルリオーラ王国に帰る。
「わたしたちは後片付けが残っています。ここで、お別れです。今日のところは。」
不穏なセリフはすべてスルーを決め込む。明日のことは、もう明日考える。今は、今のことだけで精一杯。
「じゃ。いつかまた。」
「はい。近々そのうちに。」
後ろでファリナが『はっきり言いなさい。』と小声で喚いてるけど、あんた言ってよ。
すべてをうやむやにして、わたしは<ゲート>の門を開く。
目的地は、エルリオーラ王国、パーソンズ領マイムの町。




