56.娘の友人に手を出す親なんて最悪です
「誤解が晴れたわけじゃないですからね。今度疑わしいことをしたら、この世から消します。まったく、娘の友人に手を出す親なんて最悪です。」
「出してないし。なぜ、俺が責められてるんだ?」
うん、ごめん。今のはわたしが少しだけ悪かったかな。
「1つずつ片付けよう。ファリナ、こっちに来てくれるか。」
ズールスさんがファリナを呼ぶ。
ファリナ、両手で自分の体を抱き、困った風。リリーサ、ゆっくりと腕を上げて、ズールスさんを指さそうとする。
「何をするんですか?答えによっては消えてもらいます。」
「魔力を確かめるんだよ。剣に流す魔力の特性を見るんだ。」
必死に両手を前に突き出すズールスさん。
「リルフィーナのときにもやっただろう。天人族ならただ魔力を流せばいいが、人族は魔力がそんなに強くないから、剣を持つ本人の適正にあった属性魔法を1つに絞った方が剣の切れ味が上がるんだ。」
リルフィーナをチラと見るリリーサ。
「やりました?」
「やりましたね。わたしは土魔法の属性が一番強いと言われました。」
「あまり話したくなかったから、そばにいなかったので気がつきませんでした。それで、どうやって調べるんですか?」
「手から魔力を流してもらう。それを見て適正な属性を判断する。」
「え?手、握られるんですか?」
嫌な表情のファリナ。
「そのくらい我慢しろ!剣が必要なんだろう!」
「うぅー。」
仕方なさそうにズールスさんの前に行き、手を差し出す。
わたしの方をチラと見るファリナ。いや、手を握られたくらいで泣きそうな顔しないでよ。
かくいうわたしは、さっきのリリーサのセリフと、サムザス事変の時に魔神に言われた言葉が頭の中でグルグル回っていて、それどころじゃなかったんだけど。
「風が一番強いな。わかった。これで剣を打つ。一応一週間を見ておいてくれ。この剣は預かるから、その間武器が必要なら、そこに掛かっている好きな剣を貸してやる。持っていけ。」
工房の売り場側には、鍋や包丁などに混じって剣も展示してある。なんかシュール。
「え、と、ズールスさん、話があるんだけどいいかな。できれば2人きりで。」
カラーン、と金属音。振り向くと、選んだ剣を手から取りこぼし、青ざめてわたしを見つめるファリナ。
「ふ、2人きりってなんですか?やっぱり、さっき何かされましたね。でも、ヒメさん。わたしはあなたをお義母さんなんて呼びませんからね!」
リリーサ、燃やすぞ。このバカもの!
「どうしよう、あの男を斬る?それとも、ヒメを殺して私も死ぬ?」
いいからファリナも落ち着きなさい。
「聞かれたくない事か?」
「あまりね。リリーサにまた泣かれても困るし。でも、いいや・・・」
リリーサがここに来たくなかった気持ちが少しわかる。でも、確認しなきゃ。
「・・・混血の子を産んだら、母親って死ぬの?」
さっき、リリーサがそんなこと言ってた。
サムザス事変の時、魔神に言われた。『母親を殺した』って・・・
「え?まさか・・・知らなかったんですか?」
リリーサの顔色が次第に青ざめる。
「やっぱりそうなんだ・・・」
頭がクラクラする。貧血の時みたいに視界がユラユラ揺れる。でも、しっかり聞かなきゃ。
ファリナもミヤもそんなに心配そうにしなくて大丈夫だよ。わたしが生まれた事が罪なら、その事実を確かめなきゃいけないの。
「今更ごまかせないな。人族、魔人族、天人族の異種間で子どもをつくると、子どもは、両方の種族の混じった血を体の中で作るんだ。で、母親とは、母親の胎内でつながっているから、母親はその異種の血が体内に混じるとその血に体が耐えきれなくて死ぬ。大抵は妊娠して数か月。長くても生まれる前に母親は死んでしまう。自分と子ども、両方とも死んじまうんだ。誰が好き好んで生もうなんて考える。それでも、まれに、本当にまれに、赤ん坊が生まれることがある。でも、生んだ時の体力の消耗で生き残った母親はここで確実に死ぬ。だから、妊娠したとわかった時点で、中絶するのが一般的だ。いや、それ以前に、そういう事情から混血は忌み嫌われ、異人種と交わること自体が滅多にないことなんだ。魔人族は特に混血を嫌う。親殺しだからな。天人族は・・・俺が言うのもあれなんだが、いかれた連中だからな。研究と称して混血でも母親が無事に子どもを作れる研究をしていたが、自然の摂理にはかなうわけない。いつしか、忘れられた研究になり、こちらも混血は悪しきものになっていった。」
「じゃ、なんで、わたし、生まれて来たんだろう。殺しちゃえば、お母さん死なずにすんだんだよね。」
まずい、目の前が真っ暗だ。倒れそう・・・
「そんなの、わたしだって同じです。」
リリーサも辛そうに視線を逸らす。
「母親がな、俺の妻で、リリーサの母親はイリーザっていうんだ。人族だった。この国の小さな町の食堂でウエイトレスをしていた。よく笑う、その笑顔がかわいい娘だったよ。いつしか、俺とそういう仲になり結婚した。子どもはあきらめよう、そう決めていた。けど、赤ん坊ができてしまい、中絶しようって言った俺に、あいつが言うんだよ。生みたいって。死ぬんだぞと言っても、この子が生まれるまでは死なないって。生まれたら死ぬんだぞと言っても、この子が生まれるなら死んでもいいって・・・笑いながら言うんだよ・・・止めたかった・・・でも、その笑顔を見て、ダメだなんて言えないよなぁ・・・」
リリーサがその話を聞いて、呆然としている。知らなかったんだね。
「お前の母親もそうだったんだろう。混血の子が生まれるのは、母親のお前たちに命を与えたいっていう希望が託されてるんだ。母親としての意地なのかもしれないな。なにせ、覚悟がなきゃ混血の子なんて生まれるはずがない。だから、恥じることはない。母親殺しなんかじゃないんだ。母親のすべての希望なんだよ、お前たちは。」
「おかあ・・・さ・・・ん・・・」
泣くリリーサをリルフィーナが抱きしめる。
わたしもファリナとミヤが抱きしめてくれる。
「ごめんなさい、ヒメさん。知らなかっただなんて思わなかったから、いやな思いさせちゃった。」
リリーサがわたしに頭を下げる。
「ううん、薄々はそうじゃないかって思ってたんだ。前にね、戦った魔神に言われたんだ。『お前は母親を殺した呪われた血の子ども』だって。」
「混血だからって、その言われ様はないです。この世から消すべきです。」
「うん。ちゃんと燃やしたから。」
「魔神相手とは思えん話しっぷりだな。」
ズールスさんが呆れたように言う。
「それで、その話とお前の剣を見せられないのとは関係があるのか?」
わたしはチラとリリーサを見る。
「この間戦った、下っ端ぽい人魔も剣の銘を知ってたんだ。だから、なるべく他の人には見せたくないし知られたくない。知った人にどんな危険があるかわからない。」
「わたしは平気ですよ。どんな魔神だって消してやります。」
リリーサが笑いながらガッツポーズをとる。
「それ以上に、信用してない訳じゃないけど、なにかの拍子に魔人族にわたしが魔人族の剣を持ってるって知られるのが怖いの。それがきっかけで、魔人族に狙われないかって心配。」
「なるほど。リルフィーナなら吹聴して回りそうですものね。」
「しません。お姉様酷いです。」
「なら、わたしとリルフィーナは表にいます。この男と同じ空気を吸うのもそろそろ限界ですしね。」
「いいの?」
「わたしが知ることでヒメさんに迷惑がかかるかもしれないなら、わたしは聞きません。あ、でも、興味はありますからいつか見せてくださいね。」
「うん、わかったよ。」
わたしは笑って約束する。
「じゃ、わたしたちも出ましょうか。」
ファリナがミヤの背中を押す。
「ミヤたちは関係者。話を聞く。」
「リリーサたちだけを表で待たせるわけにはいかないでしょ。わたしたちは、後からヒメに話を聞きましょう。」
「・・・わかった。」
渋々ファリナに従うミヤ。
「あ、でも、ズールスさんにだって知られるわけにはいかないよ。」
「俺はお前たちと違ってハンターじゃない。こんな片田舎の鍛冶屋が魔人族になんか出会うか。会ったとしても話もしないで追い出してやる。リリーサに怒鳴られない限りはな。」
ここは信用するしかないか。
「じゃ、わたしたちは表にいるけど、ヒメ、襲われそうになったら構わないから燃やすのよ。」
「生殺与奪権はヒメさんに預けます。そいつがおかしなまねをしたら構わないからシメちゃってください。」
「俺の信用ゼロだな。」
「あると思ってるんですか?」
蔑んだ目で見るリリーサ。
「貸しは大きいですからね。さっさと返さないと利子が増える一方です。」
「がんばるよ。」
ズールスさんの前向きなセリフに、グッと言葉に詰まるリリーサ。
「い、行きますよ、リルフィーナ。」
ツンとして部屋を出ていく。いいツンデレだ。
「消しますよ!」
あ、聞こえたか。
表に出る4人。
「ちなみにわたしは初めてヒメさんと会った時に、剣は見てますけどね。ヒメさん剣を抜いちゃったし。変わった剣だと思ってましたけど、あれが魔人族の剣ですか。」
リリーサの言葉に唖然とするファリナ。
「それ、ヒメに言わないと・・・」
「いいんじゃないですか。わたしが知らないと思ってる方がヒメさんも安心でしょう。わたしも誰にも言いませんし、リルフィーナが口を割りそうだったら責任をもって消し去ります。」
「言いませんよ。お姉様のお友達です。わたしにとってもお友達です。危険を招くようなことはしません。」
「ところで、剣見せてどうするの?ズールスさんじゃどうにもできないんでしょ。」
「剣にピューリー鉱を装飾して魔力の流れを効率的にするくらいならできる。気休めだがな。それにそれで、見た目を変えることもできる。ばれる心配が少しは減る。」
そんなこともできるんだ。でも・・・
「本当はね、リリーサのいないところで話がしたかったんだ。」
「なんだ、愛の告白なら、もう5年経ったら来てくれ。」
「どうしてリリーサを10年も放っておいたの?なんで、今更会いに来るわけ?」
驚いたようにわたしを見て、ズールスさんは視線を逸らす。
「親子のことだ。放っておいてくれ・・・とは言えないか。同じ境遇のお前には・・・」
視線を足元に落としたまま、わたしを見ようとしない。
「あいつの・・・イリーザの希望をかなえてやったはずなのに、やっぱり、俺はリリーサと毎日顔を合わせるのが辛くなってきていたんだ・・・情けないだろ。みっともないよな。リリーサのことは、娘だ。そりゃ愛してる。なのに、心のどこかでリリーサを認められない俺がいたんだ。だから、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ離れてみた。そうしたら、やっぱり、俺にはリリーサが必要なんだとわかった。娘だからな。離れられないとわかった。だから戻ってきたんだが・・・」
「いや、10年だよ。ちょっとどころじゃないでしょ。」
「・・・そう・・・なのか?4,500年は生きる天人族にとって、数年はあっという間なんだが。」
こいつ、ミヤと一緒か。時間の感覚がわたしたちとずれてるんだ。うわー、燃やさないまでも殴りたい。世間の常識というものをちゃんと学んでほしい。ハッとなって周りを見回す。よし、まわりに、わたしにお前が言うなってツッコむやつはいない。
「わたしたちはそんなに長生きしないから、10年は長いんだよ。」
「リリーサは混血とは言え2,300年は生きるだろう。お前さんもだ。」
え?わたしもなの?
魔神族は長寿だって聞いてたけど、混血のわたしもだとは思わなかった・・・
「この件は内緒で。誰にも言わないで。言ったら燃やす。」
「リリーサはたぶん知ってるぞ。」
「他には言わないで。特にわたしの仲間には。」
ファリナに余計なことは知ってほしくない。
いつまでも、一緒にいるんだ。わたしたちは・・・




