もう一つの理由
千葉県流山市で極度に衰弱したローパーたちを発見、病院に搬送されたものの命に別条はなし。
記事によると、午前七時ごろ、千葉県流山市の河川敷で六匹ものローパーが倒れているという近所の人からの通報があった。六匹のローパーは、速やかに近隣の病院に運ばれ治療を受けたが、全員命に別条はなかった。だが、六匹とも意識が朦朧としており、何があったのか供述が曖昧で、警察は事件、事故両方の疑いで捜査を進めているという。
その記事を読んだ俺は……
「隣の市で起きたことなら仕方ないな」
どうやら俺の感知できることではなさそうなので、見なかったことにしようと決めた。
まあ、待ってくれ。皆が言いたいことはわかる。
六匹のローパーの正体がアンディたちで、極度に衰弱している原因は、おそらくミリアムに精気を吸い取られたから。より厳密に言うならばミリアムは昨日、アンディたちに触手プレイを強要してなんやかんやあって、今日ツヤツヤになって出勤したのだろうということだろう。
だが、それをミリアムに問いただしたところでどうなる?
精気を奪うのは、サキュバスとしての本能みたいなもので、それを止めろというのは、人間に食事をするなというのと同じだ。
であるならば、今回、ミリアムの被害に遭ったのが人間でなかった。さらに言えば、市内ではなく、他の市で発見されたことを……厄介ごとに巻き込まれずに済んだことを素直に喜び、ミリアムにはほどほどにしておけと釘を刺しておいて済ますのがベストの選択肢というわけだ。
俺は証拠隠滅をするため、ミリアムが書いた報告書を二枚に切り裂く。
「書き直しだ。こんな報告書。提出できるわけないだろう」
「ええっ、そんなのないですよ。一生懸命書いたのに……」
「あんな数秒で書ける報告書に対して一生懸命なんて言葉を使うな。ほら、手伝ってやるから午前の間に報告書だけでも仕上げるぞ」
「は~い、もう、先輩ったら優しいんですから……大好きです」
「はいはい」
とりあえず嘘は書けないので、アンディたちの関係は可及的速やかに解決した。それ以上の関わりなかったという旨を書き記し、上司に報告書を提出して午前の仕事は終わった。
午後に入っても市役所を訪れるモンスターはいなかったので、たまには相談室の整理整頓でもやっておくかと思って移動した俺は、応接セット上に置かれた大量の薄い本に気付いたので、同じように掃除をしているミリアムの背中に話しかける。
「おい、ミリアム。こんなところにエロ同人を出しておくな。整理整頓するにしても、こういうのは、こういうのは優先的に片付けておけよな」
「ああ、それなんですが。それ、もう必要ないんです」
「えっ?」
ミリアムの言葉に、俺は心臓がドキリと跳ね上がるのを自覚する。
「……必要ないって、お前まさか、税金で買った物を処分するつもりなのか?」
「まさか、そんな勿体ないことはしないですよ。これは触手プレイの素晴らしさを伝える為、同じサキュバスの友達に送ろうと思って置いているんです」
「そうか、ま、まあ……捨てないのなら問題は……ないな」
必死に平静を装いながらも、俺の心の中は「またか」と「やっぱりそうなのか」という思いでいっぱいだった。
話は変わるが、異種族間相談所には俺の前に二人の前任者がいた。
共に男性で、それなりに優秀な人だったのだが、二人ともある日を境に、急に異動命令を受けていなくなってしまったのだ。
異動理由について色んな人に話を聞いてみたのだが、誰もがその正確な理由を知らず、そのうちの一人に直接何があったのかを聞いてみたのだが、言葉を濁すだけで決して本当のことを話してはくれなかった。
結局、前任者が異動になった理由はわからなかったが、ミリアムと出会って一緒に仕事をするようになって、おおよその理由を推察することはできた。
それは、ミリアムと関係を結んで彼女に飽きられたのではないだろうかということだ。
これはサキュバスの特性なのかどうかはわからないが、彼女たちは目当ての異性と添い遂げるまでは全力を尽くすのだが、目的を果たした後は、それまで熱心に追いかけていたものに対して途端に興味を失ってしまうのだ。
以前にも、人間の女生徒の交際について相談に来たケンタウロスに対し、ミリアムは最初こそ興味津々にあれこれと世話を焼いていたのだが、今日のアンディたちのように精気を奪われた状態で発見されると、途端に冷めたような態度になり「体は馬なのに、下半身は馬並じゃないのね」などと意味深な言葉を最後に一切話題に上げなくなったのだ。
その言葉で俺は、自分の推察に確信を持った。
これこそが、最初に話した俺がミリアムに手を出さないもう一つの理由だ。
だから俺はここに配属された時、決してミリアムとは関係を結ばないと固く心に誓ったのだった。
「もう、何言ってるんですか。心配しなくても先輩は特別だから大丈夫ですよ」
「……ナチュラルに人の思考に割り込んできて、何を言っているんだ」
俺は三白眼になってミリアムを睨むが、彼女はその視線を受けて「はぁん」と矯正を上げながら自分自身を抱くようにくねくねと身をよじる。
もしかしたら、またしても考えが口から出ていたのか? などと思いながらも、俺はミリアムに真意を訪ねる。
「それで、俺の何が特別で大丈夫なんだ?」
「ですから、先輩は特別だから異動するなんてあり得ませんってことです。本当です。ですから、安心して私とセックスしてくれませんか?」
ミリアムは真っ直ぐ俺の目を見据えたまま、甘えるように俺の腕を取って誘惑してくる。
ちなみに、女性は嘘を吐くとき相手の目を見て、本当だと念を押す生き物らしい。上の方のメンタルクリニックの先生が言っていたから間違いない。
こうやって今、俺に向けられている笑顔も、恋人のように甘える仕草も、全て俺と関係を結んだら泡のように消えてしまう。そう考えると、俺はミリアムから信頼されているようで、実はとんでもない薄氷の上に立っているのではと思う。
ならばせめて、先行き不透明だがやりたいことがやれている今を全力で楽しむのも一興だろう。
「ん? 先輩、私の顔なんかじっくり見てどうしました。もしかして、私の豊満なボディを見て欲情しちゃいました?」
両手で髪書き上げ、わがままボディを見せつけるように腰をくねらせるミリアムを見て、俺は思わず吹き出す。
「フッ……バーカ、そんなわけないだろう。ほら、とりあえずその同人誌は宅配するなら一刻も早く梱包しちまえ。他の職員に見られたら、色々とめんどくさいことになるからな」
「わかりましたよ。そんなに言うなら先輩も手伝って下さいよ」
「嫌だよ。それはお前が勝手に買ってきた物だからな。最後まで責任もってめんどうをみろよ」
「はぅ!? お前なんて雑な扱いしてくださるなんて……ハッ、もしかしてこれって、私のこと性奴隷として見てたり……キャー!!」
「はぁ……本当に勘弁してくれ」
本日も通常営業のミリアムに俺は深い溜息を吐くと、相談室の片づけをするために袖をまくってキャビネットへと向かった。
ここまでの話を見て、それでもまだミリアムと関係を持ちたいという変わり者がいたとしたら、一つだけアドバイスを送ろう。
その後、確実に入院する羽目に遭うから、保険証だけは携帯することを強くお勧めしたい。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
今回、初めてのコメディジャンル、しかも一人称小説という挑戦でしたがいかがだったでしょうか?
いつも通りに書くと三人称視点で書いてしまうことが多く、何度も書き直しながら進めましたが、まだまだ未熟な部分が多く、この点は今後の大きな課題だなと思いました。
ただ、自分で考えて書いていると、果たしてこれは本当に面白いのか?という疑問が尽きず、読んでくださった方が笑う箇所が一か所でもあったのかどうかは不安なところでありますが、少しでもクスリとしてもらえたのならこの作品は、ある意味で成功だったと思っています。
一応、この作品のタイトルにcase1としていますが、今のところ続きを書く予定はございません。
その理由は、今思いついているのが余りにも下品過ぎるのと、普通に良い話的な内容で、あまり面白くないかなと思っているからです。
もし、それでも読みたいという声がありましたらリクエストには応えたいと思いますが、予定は未定なので、話半分で聞いていただければと思っております。
また、こんなモンスターでこんなシチュエーションプレイなんていかがですか?みたいな要望がありましたら適当に書いていただければ、今後の参考にしたいと思います。
とりあえず、2018年の目標としましては、新作の発表ができればと思っています。
出版不況の中、実績のない新人作家がコンスタントに作品を出すのは厳しいと思いますが、面白い企画案を出せば、必ずやヒットするだろうと信じています。
ですからここは大きく、いつかアニメ化するような作品を作って皆様にお届け出来るように精進していきますので、機会がありましたらお付き合いください。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
2018年1月 柏木サトシ




