彼女と執事の和解
多分書籍を読んで無くても、なんとなくわかる内容となっておりますのでUPしてしまいます。
ふんわりと、ふんわりと。
あらすじ(書籍版の内容を含みます)
皇子を攫った一味が王城にて尻尾を出し、黒猫アルトは犯人の一人であるメイドに蹴り飛ばされ右肩を負傷。
中略(無事ヘンタイ一味を撃退)
アルトはアクセルに保護され、怪我のせいで発熱し意識を失ったアルトは人間姿のままで帰宅し、看病されることに……。
勿論、執事も人間アルトと顔を合わせる。
執事はアクセルによって、黒猫アルト=人間アルトであると知らされた。
「旦那様、わたくし少々お暇を頂いて、精神修行の旅へ出たいと思います、探さないでください」
そんな事を言って出て行こうとする執事を全力で引き止めたアクセル及びメイド、コックだったが。
意気消沈する執事を元気にする術を持たなかった――
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王宮でのひと悶着で負傷したあたしは、人間の姿のままアクセルの家に連れてこられて、そのまま看病されることになった。
一番酷い右肩の怪我は、アクセルが朝晩治癒魔法を掛けてじっくり治してくれている。
アクセルが仕事に行っている間は、メイドのミレイ夫人が何くれと無く世話を焼いてくれて……「治るまでは駄目ですからね。じっくり体を休めてください」そう言ってベッドから出してくれない。
最初の日こそ、熱が出て身動きできなかったけれど。三日目ともなると、何もせずにベッドの中に居るのが苦痛なのよ。
そして、気になることがあるんだけど……。
人間の姿でこの屋敷に来た時に、執事さんと「はじめまして」の挨拶を交わしたんだけど。
それ以降、一回も顔を合わせることがない。
部屋を出てトイレに行ったり、ご飯は食堂で摂るようになったりしてるから、会わないはずがないのに。
一度気になりだすと止まらない。
ベッドの上に胡坐をかき、腕を組んで考える。
メイドのミレイさんの用意してくれた寝巻きは可愛いらしんだけど、ちょっと、フリフリが多いのが難よね。
じゃなくて!
執事さんよ! 執事さんに会えてないことについてよ!
アクセルが出勤するときとか、帰ってきたときなんかに執事さんの声はするから居ないわけはないのよ。
だけど、アクセルと一緒にご飯を食べるときも……前は、執事さんが食事の用意をしてくれたりしたのに、今はミレイさんがやってくれてる。
「まぁ、あいつも忙しいからな」
疑問を口にしたあたしに、アクセルは視線を逸らせながらそう言う。
怪しい。
これはもう、会いに行くしかないでしょう!
でも、人間の姿のままじゃ、ちょっと見つかりやすいわよね……。
じゃぁ、久しぶりに小さくなりましょうか!
さっきお昼ごはんを食べたばかりだから、当分ミレイさんはこの部屋に来ないし、今のうちねっ。
「我が内に宿る魔力よ、我が体を組み替えよ、猫へ」
黒猫に変化したあたしは、廊下の様子を確認してそろーりと、開けておいたドアの隙間から廊下に出る。
きっと執事さんはいつもの部屋で書類仕事してるわよね。
足音を殺しながら、こそこそと廊下を歩き、階段を下りて目的の部屋にたどり着く。
さてと、どうしようか。
黒猫アルトが突然家に帰ってきてるっていうのも問題よねぇ。
う~ん……うぅぅん…………
部屋の前でお座りして、悩んでいると、突然部屋のドアが開いて、思い切り頭がぶつかった。
『ア痛ッ!』
「アルト!?」
頭上から慌てた執事さんの声がして、悶絶しているあたしが拾い上げられる。
安定感のある腕に抱っこをされて、ぶつけたおでこを撫でられる。
あー……目から火花が出るかと思った……!
抱き上げられて、ひとしきりおでこにできたたんこぶを撫でられてから、ぎゅーされた。
「アルト……っ」
『久しぶりー』
思いのほか元気そうな執事さんに、ほっとして返事をすれば、執事さんは慌ててあたしを床の上に降ろした。
はて? この人が自分からあたしを手放すなんて、今まであったっけ?
床の上にお座りして、首をかしげて執事さんを見上げると、なんだか切なそうな表情をした執事さんと目が合った。
「今までの数々のご無礼、申し訳ありませんでした、アルト様」
…………えぇと、あー…あぁ、そういうこと。執事さんにバレちゃったんだー……。
一瞬白目を剥いて倒れそうになったけれど、気合で意識を保つ。
そして――色々考えるのが面倒くさくなったあたしは、何事も無かったように”今までどおり”を選んだ。
執事さんの言葉を理解していないフリで、首を傾げ、気ままに執事さんの横を通って部屋に入り込み、丁度日陰になっている出窓にヒラリと飛び乗ってお昼寝することにした。
「…………」
最初こそ、あたしの様子を窺っていた執事さんだったけれど、あたしが伸びをしながら欠伸をして、もう一度丸くなるのを見ると、そっとそばに寄ってきて、躊躇いながら手を伸ばしてあたしの背中を撫でた。
久しぶりの感触に、耳の根元を撫でてくる手に頭を擦りつけると、力んでいた執事さんの手から余計な力が抜けるのを感じた。
うむ、よしよし、これなら今までどおりで行けるかも。
優しく撫でてくれる手の気持ちよさに、ウトウトと目を閉じた。
◇◆◇◆
「やっと機嫌が直ったか」
呆れたような、ホッとしたような声でアクセルが、黒猫を抱っこする執事さんに苦笑を漏らした。
「はい。もうしわけございませんでした、旦那様」
笑顔で応える執事さんは、色々と吹っ切れたらしい。
「これからも、全身全霊を掛けまして、アルト様に仕えさせていただきます」
「……確認しておくが、この家の主は、俺だぞ?」
「勿論ですとも。そして奥様はアルト様なのですから、何も問題はありません」
ん? 奥様?