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プロローグ 君が幸せであるなら
初めてその願いを口にした時、誰もが冗談だと思ったのだろう。彼の言葉を聞いていた者達は一様に口を閉ざしたまま、目の前の青年を凝視していた。
彼はただ、勇気を出して己に正直になり、その言葉を口にしただけだった。地位も、財産も、名誉も、彼には既に十分すぎるほど与えられている。これ以上何を望むのかと問われれば、普段の彼ならば「何も必要ない」と答えていただろう。これまでの彼の人生の中で、何かを強く欲した記憶などほとんどない。
いや……ただ一つだけ、強く手にしたいと望んだものはある。
それは決して、自分には手に入らないと思っていたものだ。自分の知らない場所で、自分には見えない所で、誰かのものになってしまうのだと諦めていたものだ。
それでも彼は、諦めきれなかったのだろう。だから、望んだ。望んでしまった。
その願いがどれほど身勝手なものなのか、彼自身が誰よりも理解していた。いつか失うと分かっているものを、わざわざ手に入れようとするなど、愚かなことなのかもしれない。
——それでも、手に入れたかったのだ。ひとときの幸福を。
——どうか君だけは、知らないままでいてくれ。私のことを忘れて、幸せに生きてくれ。
——君に出会えてよかった。君の夫になれて、幸せだった。




