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三十代社畜の俺、中二に戻って人生無双を始める 〜なお宝くじの番号は覚えていない〜  作者: らいお


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第十話「人生無双は、思ったより面倒くさい」

 ビットコインを検索して絶望した翌朝、俺はいつもより少し早く教室に着いた。


 理由は単純だ。

 昨日の夜、調べものに夢中になりすぎて宿題が終わっていなかった。


 未来知識を持って中学二年生に戻った男が、朝の教室で英語のワークを埋めている。

 人生無双という言葉から想像する絵面とは、だいぶ違う。


(でも、ここで宿題を出さないやつに、親を説得する信用なんて作れないんだよな)


 証券口座。

 投資資金。

 パソコン。

 ビットコインの保管。


 どれも、最終的には家族の信用にぶつかる。

 中学生の俺が「未来でNVIDIAが伸びるから株を買いたい」と言っても、普通の親なら病院か塾を検討する。

 まず必要なのは、こいつは急に変なことを言い出したが、結果は出している、と思わせることだ。


 つまり、宿題。

 地味だ。

 地味すぎる。


「悠真、朝から勉強とか、いよいよどうした」


 田端が鞄を机に置きながら言った。

 目は半分寝ている。


「人生について考えた結果、英語のワークにたどり着いた」

「ごめん。何言ってるか全然分かんねえ」

「俺もたまに分からない」

「怖いんだよ、最近のお前」


 田端は俺のワークをのぞき込む。


「ていうか、ちゃんとやってんじゃん」

「宿題だからな」

「その理屈で宿題をやる中学生、初めて見た」

「お前もやれ」

「俺はまだそこまで大人になれない」


 中学生らしい返答だった。

 少しうらやましい。


 俺がシャープペンを動かしていると、教室の扉が開いた。

 白石が入ってくる。


 一瞬、教室の何人かがそちらを見た。

 だが、昨日ほど露骨ではない。

 榊原の席は空いている。

 森下は後ろの席で、誰とも目を合わせないようにしていた。


 白石は少しだけ緊張した顔で、自分の席へ向かう。

 途中で、俺の横を通った。


「おはよう、佐伯くん」


 小さな声だった。

 でも、ちゃんと聞こえた。


「おはよう」


 俺が返すと、白石はほんの少しだけ表情を緩めた。

 それから自分の席へ行く。


 それだけ。

 ただの挨拶だ。


 なのに、胸の奥が変なふうにざわついた。


 うれしい。

 それは間違いない。

 未来で消えた彼女が、昨日に続いて今日も学校に来て、俺に挨拶をした。

 うれしくないわけがない。


 だが、同時に罪悪感もあった。


 俺は中身が三十二歳だ。

 白石は十四歳。

 今の彼女の信頼を、俺は大人の記憶と経験で得ている。

 助けたことに嘘はない。

 でも、その信頼を気軽に喜んでいいのかは、まだ分からない。


「なあ」


 田端が小声で言った。


「何」

「白石さんと、なんかいい感じじゃん」

「違う」

「即答こわ」

「違うものは違う」

「ふーん」


 田端はにやにやしている。

 中学生男子のこういう顔は、時代が変わっても変わらないらしい。


「最近、ほんと変わったよな」


 ふいに田端が言った。


「そうか?」

「前はもっと、なんか普通だった」

「普通って何だよ」

「宿題しないで、授業中ちょっと寝て、休み時間に俺とくだらない話してるやつ」

「ひどい評価だな」

「でも、だいたい合ってるだろ」


 合っている。

 過去の俺なら、たぶんその通りだった。


「成長期なんだよ」

「身長じゃなくて中身が?」

「そういうこと」

「中身だけ急におっさんになったみたいだもんな」


 俺はシャープペンを止めた。

 田端を見る。


「何その顔」

「いや、鋭いなと思って」

「え、当たってんの?」

「当たってない」


 危ない。

 田端和也、たまに変なところで核心に寄ってくる。


 ◇ ◇ ◇


 その日、学校は妙に静かだった。


 榊原たちは別室で話を聞かれているらしく、教室には戻ってこなかった。

 高村先生は朝のホームルームで、昨日から一部で回っているメールについて、確認のない話を広めないようにとだけ言った。

 具体的な名前は出さなかった。

 だが、十分だった。


 クラスの空気は、まだぎこちない。

 白石に話しかける人間が急に増えたわけでもない。

 俺を見る目も、どこか警戒を含んでいる。


 それでも、白石の机に紙は入らなかった。

 笑い声が向けられることもなかった。

 それだけで、今日の勝ちとしては十分だった。


 俺は授業を受けながら、未来を変えることについて考えていた。


 白石が学校に来ている。

 それは、俺の記憶と違う。

 つまり、ここから先の未来は少しずつズレる。


 俺が知っている出来事が、起きなくなるかもしれない。

 逆に、知らない出来事が起きるかもしれない。

 ビットコインはたぶん上がる。

 NVIDIAもたぶん伸びる。

 大きな歴史の流れは、俺一人が中学校で動いたくらいでは変わらないだろう。


 でも、身近な人間関係は違う。

 俺が一言を変えただけで、白石は今日ここにいる。


 それはうれしい。

 同時に、少し怖い。


 未来知識は、地図みたいなものだと思っていた。

 だが、道を一本変えた瞬間、地図の細部は古くなる。

 これからは、覚えている未来と目の前の現実を、毎日照らし合わせなければならない。


 面倒くさい。

 本当に面倒くさい。


 だが、退屈ではない。


 ◇ ◇ ◇


 家に帰ると、俺は珍しく夕飯前に机へ向かった。

 英語のワークを開き、今日の授業で分からなかった単語に印をつける。

 その横に、ビットコイン用のメモを置いた。


 勉強。

 いじめの記録。

 ビットコイン。


 中学生の机としては、情報量がかなりおかしい。


「悠真」


 部屋の入口から声がした。

 振り向くと、父さんが立っていた。


 佐伯健一(さえきけんいち)

 未来の俺にとっては、少し背中の丸くなった父親だ。

 でも今は、まだ若い。

 仕事帰りのワイシャツ姿で、ネクタイを少し緩めている。


「勉強してるのか」

「一応」

「珍しいな」

「否定できないのがつらい」


 父さんは少し笑った。

 そして、机の上をちらりと見る。

 俺は反射的にビットコインのメモをノートの下に隠した。


 怪しい。

 自分でも分かるくらい怪しい動きだった。


「何か隠したか?」

「いや」

「隠しただろ」

「中学生には色々あるんだよ」

「そうか。まあ、変なことじゃなければいい」


 変なことではある。

 ただし、未来につながる変なことだ。


 父さんは部屋に入ってこず、入口に寄りかかった。


「最近、母さんが言ってたぞ。悠真が少し変わったって」

「悪い方向?」

「いや。落ち着いたって」

「それはどうだろう」

「俺もそう思う」


 父さんの声は穏やかだった。

 それが、少しだけ胸に刺さる。


 未来の俺は、父さんとあまり深い話をしなかった。

 進路も、仕事も、投資も、人生のことも。

 大きな喧嘩をしたわけではない。

 ただ、何となく話さないまま大人になった。


 今、父さんはまだ目の前にいる。

 若くて、俺のことを見ている。


 なら、ここから信用を作れる。


「父さん」

「何だ」

「期末、ちょっと頑張る」


 父さんは目を丸くした。


「急にどうした」

「内申とか、進路とか、ちゃんと考えたほうがいいかなって」

「中二でそこまで考えるのは偉いな」

「偉いかどうかは、結果が出てからで」


 自分で言っていて、社会人の評価面談みたいだと思った。

 嫌な癖が抜けない。


 父さんは少し考えてから、うなずいた。


「分かった。続けられるなら、必要な参考書くらいは買ってやる」

「本当?」

「ただし、まずは今あるものをちゃんとやってからだ」

「了解」


 小さな一歩だ。

 でも、これでいい。


 参考書。

 その先に、成績。

 その先に、信用。

 もっと先に、パソコンや投資の話がある。


 いきなり株を買いたいと言うより、ずっと遠回りだ。

 だが、たぶんこの遠回りが一番早い。


「無理はするなよ」


 父さんはそう言って、部屋を出ていった。


 その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐いた。


 親を説得する。

 たったそれだけのことが、未来知識より難しいかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 夜。


 俺は机に向かい、英語ノートを開いた。

 最初は宿題用だったはずのノートは、もう完全に別のものになっている。

 表紙の「英語」という文字が、少しだけ申し訳なさそうに見えた。


 俺は新しいページに、ゆっくりと見出しを書いた。


 現時点の目標。


 自分で書いてから、妙に大げさだと思った。

 まるでゲームの攻略メモだ。

 いや、人生をやり直している時点で、だいぶゲームじみている。


 ただし、リセットボタンはない。


 俺はシャープペンを握り直した。


 一つ目。

 勉強で結果を出し、親と教師の信用を得る。


 中学の勉強くらい大人なら余裕、と思っていた。

 だが、数学の細かい公式は忘れているし、英語も怪しい。

 国語はまだ戦えるが、定期テストは記憶力と対策の勝負だ。

 油断すれば普通に負ける。


 二つ目。

 ビットコインを少しでも入手し、安全に保管する。


 ウォレット。

 バックアップ。

 家族共用パソコン。

 親の目。

 将来破綻する取引所。

 分からないことだらけだ。


 でも、Bitcoin Faucetは見つけた。

 受け取り方さえ分かれば、未来への種を手に入れられるかもしれない。


 三つ目。

 白石澪が学校に居続けられるようにする。


 ここで、少し手が止まった。


 これは金儲けとは違う。

 テストの点とも違う。

 俺が勝手に救いたいと思っただけのことだ。


 でも、彼女は「消えたくない」と言った。

 なら、俺はその言葉を忘れたくない。


 白石が学校にいる未来は、俺の知らない未来だ。

 彼女が笑う未来も、俺は知らない。

 知らないからこそ、見てみたい。


 そう思った瞬間、胸の奥にまた罪悪感が差した。

 中身三十二歳の俺が、十四歳の白石に対して何を思っているのか。

 今はまだ、ちゃんと名前をつけないほうがいい。


 信頼。

 責任。

 後悔を変えたい気持ち。


 そのくらいで止めておく。

 今はそれでいい。


 俺はノートの下に、もう一つだけ書き足した。


 未来は変わる。

 記憶を過信しない。


 これも重要だ。

 未来を知っていることは武器になる。

 だが、武器だと思い込んで振り回せば、自分の足を切る。


 宝くじの番号は覚えていない。

 ビットコインは面倒くさい。

 NVIDIA株は買う金も口座もない。

 学校生活は思ったより怖い。

 人を助ければ、未来はズレる。


 並べてみると、無双という言葉が泣いて逃げそうだった。


 だが、今日のノートには、昨日までになかったものもある。


 白石の挨拶。

 田端の協力。

 父さんの「参考書くらいは買ってやる」という言葉。

 Bitcoin Faucetという細い糸。


 完璧ではない。

 派手でもない。

 でも、ゼロではない。


 俺はノートを閉じた。

 机の上には、英語のワークと、シャープペンと、未来へ向かうにはあまりにも頼りないノートがある。

 それでも、俺は少しだけ笑った。


「人生無双は、思ったより面倒くさい」


 声に出すと、妙にしっくりきた。

 けれど、二回目なら少しくらいうまくやれるはずだ。

 少なくとも、前の俺よりは。


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今後ともよろしくお願いいたします!

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