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第三話 (二)

(二)


 長い会議テーブルを挟み、両家が向かい合う。

 緊張した顔つきでアルフレッドたちを見ているのがギルバートだ。隣のカサンドラは顎を上げて虚勢をはっているらしい。その横のリリアーヌは物珍しそうに落ち着きなくキョロキョロと頭を動かしている。

 端にいるアイリスは、アルフレッドをまっすぐに見ていた。じっと見つめてくるアイリスに、アルフレッドはニヤけそうになる口元を隠すように片手で覆った。


 少しして、アステリア国王が入室する。

 すぐさま立ち上がったのは、アルフレッドとユリウス、そしてアイリスだった。

 深く、優雅なカーテシーに見惚れつつ、アルフレッドも陛下に向かって一礼する。

 一拍遅れてギルバートが、カサンドラとリリアーヌもそれを見て慌てて立ち上がり、頭を下げた。


「……面を上げよ」


 低く、よく通る威厳のある声。全員が着席すると、国王が書記官へ視線を送る。


「ヴァレンシュタイン家より、アイゼンガルド家へ婚姻を申し入れたとのこと、相違ないでしょうか」


 書記官が書類を確かめながらギルバートへ問いかける。


「はっ、あ、ええ。その通りです」

「現在、リンドヴァルドは免税の申請が出されたところですが、今後の見通しは立ったということでよろしいですね」

「そ、それは……アイゼンガルド家が助けてくださる約束でして。娘のリリアーヌが嫁げば家族となるわけで……」

「お父さま! 私は嫌だと言ったわ」


 リリアーヌが悲壮な声で嚙みついた。ちらりと上目遣いでアルフレッドを見るが、すぐさま逸らされる。よほどアルフレッドが怖いらしい。


「発言をお許しいただけますか」


 ユリウスが静かに手を挙げる。書記官はどうぞ、と目顔(めがお)で促す。


「当家が承諾したのは、嫡女のアイリス様との婚姻です」

「はあ?!」

「なんですって?」


 ギルバートとカサンドラの声が重なった。

 ユリウスは歯牙にもかけず、眼鏡を押さえて言葉を続ける。


「“辺境伯夫人として相応しいご息女を”という条項はご確認いただけましたか」

「ふ、相応しいと言ったら愛らしいリリアーヌだろう。こっちは愛想もなく陰気で何を考えているか分からんようなやつ、で……」


 言葉尻が消えていくのは、アルフレッドの凄まじい覇気と睨みが効果を発揮したからだ。


「アイリス様との婚姻とした理由ですが、我々が調査した結果を提出いたします。陛下へこれを」


 書記官へ書状を手渡し、書記官がそれを陛下へと差し出す。読み進めていく陛下の顔が、どんどんと険しくなっていく。

 何ごとかと青くなるギルバートと、不穏な空気だけは分かるカサンドラが息を詰めている。


「アイゼンガルドは広大な領地を抱え、冬も長い。女主人には実務能力が必須です。そちらのお嬢様は」

「そ、そんなものより、こちらには誓約書があるんだ。そっちがヴァレンシュタインを助けると」


 ギルバートはリリアーヌへ向かうユリウスの言葉を遮った。当然ながらユリウスは揺るがず、間髪入れずに受け答える。


「もちろん拝見しました。ですが卿のおっしゃる永続的援助とはどこにも」


 アイリスの胸が静かに冷えていく。

 やはり、そうだったのだ。父は恥知らずな、たかりまがいの要望を送ったのだ。


「それは……、その」

「一度だけとは書いてあるので、それであれば喫緊の問題として領地運営の援助もしくは借金の肩代わりの要請が妥当ではないですか」

「だ、だから娘を嫁がせる代わりに、その……、支援をということではないか」

「あの誓約書は、どんな無茶も受け入れるという意味ではありませんよ」

「なっ、リリアーヌを嫁にしたい男はいくらでもいるんだぞ」

「当家との婚姻を望まれたのは伯爵だったと思いますが」


 ユリウスの淡々とした口撃に、ギルバートはまったく歯が立たない。


「そもそもそちらのお嬢さんはわが主との婚姻を嫌がっておいでではありませんか。魔獣だらけの土地はごめんだと」

「そ、それは……若い娘の軽率な……」

「そうです! それに私、夫になる人は優しくて何でも買ってくれて私を一番愛してくれる人じゃなきゃ嫌!」


 陛下の御前であるにも関わらず、リリアーヌは当主の言葉を遮り、なおかつ悲劇のヒロインのように顔を覆って叫んだ。その姿にこの場の誰もが閉口した。

 アイリスに至っては顔色を失っている。


「あ、あなた。この子(アイリス)を嫁にやって援助してもらえるならいいんじゃないかしら。辺境伯家と縁続きになればリリにはもっといい縁談が来るかもしれないわ」

「し、しかしそうなれば家のことはどうする」

「そんなの、私が適当にやるわよ。お金が入るなら人を雇ってもいいし」


 小声で話しているつもりらしいが、無礼な会話は丸聞こえになっている。


「貴様ら……」


 アルフレッドの地を這うような声が響く。見かねて陛下が渋い顔で片手を上げた。


「アイリス嬢よ。おまえはどう考えている」


 国王陛下直々に指名され、アイリスは息を飲む。そして胸元に手を当ててまっすぐに陛下を見、そしてアルフレッドを見た。


「私は、アイゼンガルド家の意向に従います」

「……うむ」


 陛下が短く答え、ユリウスへ先を促す。


「さて伯爵。この五年、アイリス様が領地の運営を担ってきたことは調べがついています。しかしながら、未成年に領地を運営させることは違法です。当主の代理を立てるには国への申請と許可が必要ですが、申請もされていませんよね」


 書記官に視線をやると、首を横に振っている。

 ユリウスはちらりとアイリスの様子をうかがうが、感情は見て取れない。アルフレッドと目配せをし、話を続ける。


「これはごく最近のものですが、カジノで借金をされました。こちらは」

「ち、違う! それは領地のためを思って増やそうとっ」

「あなた、嘘でしょう?!」


 カサンドラの絶叫が響く。ギルバートはもはや愛する妻子を見る余裕すら失った。


「当家の弁護団によると、これは伯爵個人の借金という判断なので肩代わりはいたしかねます」

「そ、それは約束が違うだろう! 誓約書を反故にする気か!」


 脂汗を浮かべながら、ギルバートは口角を引きつらせてアイゼンガルドを詰る。


「あの誓約書を万能な免罪符とでもお思いですか」


 ユリウスはこれ見よがしにため息をつきながら指先で眼鏡を押し上げる。


「……しかしながら我々も悪魔ではない。先々代の名誉のためにも申し上げますが、誓約書通り伯爵家の危急は回避すべく、伯爵の債権は当家が買い取りました」

「な……っ!?」

「あなたが返済すべき相手が高利貸しではなく、アイゼンガルドの当主に変わったというだけです。返済までにこれほど猶予があるなど、疑問を持たれなかったのですか」


  ユリウスがにこやかに告げる。だが眼鏡の奥の瞳はまったく笑っていない。


「領地管理権をアイゼンガルドに渡すのであれば、今後の利息はなしにしてもいいと閣下は仰せです」

「そんな……!」

「悪い取引ではないと思いますがね」


 領地の乗っ取りともいえるが、領民にとってはそのほうが幸せなのかもしれない。

 アイリスはユリウスの言葉を聞きながらそんなことを考えていた。


「それから、たとえ親でも個人の資産に手を付けることはアステリアでは違法です」

「は……?」

「前伯爵のセリーヌ様が遺されたアイリス様への信託財産、すべて現夫人とそのお嬢さんへ使われていますよね」

「なぜそれを……っ!」

「こちらは書類の偽造および脱税の疑いもあるのでしかるべき機関へ通報済みです」


 アイリスの肩が震えている。おそらくこのことは知らなかったのだろう。

 アルフレッドは怒りが暴発しないよう膝の上で拳を握りしめ、歯を食いしばって耐えている。


「わが主が手を差し伸べられるのは相応しきお方のみ。つまり辺境伯家としてお迎えできるのは、アイリス様だけということです」


 当てが外れたギルバートは、真っ赤な顔でアイリスを睨んだ。


「こうなったのも全部おまえのせいだ!  おまえが碌に仕事ができないからこんなことに……! この疫病神め! 」

「そうよ! 行き場のないおまえを屋敷に置いてやったのに恩知らずな小娘ね! 自分だけ贅沢するつもり!? 」


 ギルバートは指を突き出し、怒りで声を裏返した。その横で、カサンドラは髪を振り乱し、血走った目でアイリスを睨みつけている。


 逆恨みに八つ当たり。謂れのない中傷に的外れな罵倒。

 いつものこととはいえ、まさか陛下の御前でこのような言葉をぶつけられるとは。

 アイリスは罵声を浴びながらも、ただ凪いだ湖のような静かな気持ちで二人を見つめていた。



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