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竜の翼ははためかない8 〜竜骨よりも堅いモノ〜  作者: 藤原水希
第四章 エルリッヒの波紋
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チャプター19

〜王城 円卓の間〜



「おお、そなたはルーヴェンライヒ伯爵。如何した?」

 円卓についていた貴族の一人、ルーヴェンライヒ伯爵が立ち上がった。騎士団に所属する彼は、国王の信頼が厚いだけでなく、国防の話であれば、それなりの発言力を持っていた。

「はい。ご一同、陛下のお言葉に偽りはございませんぞ。私は娘エルザを通し、彼女、エルリッヒとは旧知の仲です。過去に一度、その力を目の当たりにしたことがございますが、それは娘の細腕には信じられないものでした。街の噂になっていた、正体が竜の王女というのはさすがに荒唐無稽故、頭から信じることはできませぬが、戦闘能力と人柄だけは、信じるに値するものだと太鼓判を押しましょう」

「おお、伯よ、そなたは余の味方になってくれるのだな!」

 孤立無援になりかかっていた国王にとって、半分だけでも信じてくれる相手が現れたのは、とてもありがたかった。まして、当のエルリッヒを知っているというではないか。他の者はよく知らないから好き勝手言えるが、知っている人間であれば、こちらとしても信用に足る。この会議での味方と判断して良い、と思えた。

「味方も何も、この場に敵などおりませぬよ。他の皆様も言う通り、そもそもが荒唐無稽な話ですから、信じろという方が無理なのです。さ、議論を続けましょう。そのようなわけで、私は彼女の実力の一端を見ています。ですから、陛下が彼女を国の戦力に加えようと画策したことについては、異議はありません。それに、その誘いを断られたとはいえ、魔物襲来の折には戦ってくれるというのですから、それで良いではありませんか。これ以上、話すことはございますまい。騎士団に向かえないのであれば、彼女に爵位を与える必要もない。それに、当の本人がそれを望んでいないというのでしたら、なおのことです」

「う、うむ……」

 すっかり、国王は勢いを失っている。ルーヴェンライヒ伯爵は、論敵ではなかったが、味方と呼ぶのも何か違う感じだった。と言っても、それはあくまで国王の一方的な見方にすぎないのだが。

「というわけで皆様、ここからは魔物襲来に際しての国防についての議論の場としてはいかがでしょうか!」

 伯爵の提案には誰も異論はないらしく、その場はそれで収まった。誰も彼も、いつあるかとも知れない魔物の襲撃には不安を覚えていた。だから、それをここで議論することには、大きな意義があった。

「騎士団では次なる襲来に備え、戦力の強化や装備品の見直しを行っています。しかし、それ以外で何かアイディアのある方には、是非お知恵をお借りしたいのです。例えばーー」

 身振り手振りを交えながらの議論は、伯爵のペースで進んでいった。




〜会議終了後〜



「伯爵よ、少し良いか?」

「陛下。もちろん構いませぬが、どうされましたか?」

 会議の終了後、それぞれ退室していく中で国王はルーヴェンライヒ伯爵に声をかけた。通常、このようなことは異例である。

 しかし、伯爵もそれを断るほど不敬ではない。呼び止められればいくらでも時間を割くのが臣下の礼だ。

「うむ、少し話したいと思ってな」

「もしかして、エルリッヒ嬢のことですか?」

 会議の場で、彼女のことをちゃんと知っている者はいなかった。だからこそこじれてしまった議論だが、国王としては、一度話をしておく必要があると感じていた。

 伯爵は表情から感情をうかがわせない。だが、面倒臭がっているようには見えなかった。それならば、十分だ。

「そうだ。そちは彼女の正体については懐疑的なようだが、そのあたりについてじっくりとな。どれ、謁見の間を使うとしようか。ついて参れ」

「はっ」

 円卓の間に誰もいなくなるまで待つと、国王は伯爵を連れて謁見の間に向かった。




〜謁見の間〜



「彼女の正体について、でしたな」

 謁見の間に到着すると、向き合うようにテーブルに着いた。こうして、顔を突き合わせて話しがしたかったのだ。玉座の間では、なかなかそうもいかない。

「うむ。そちは、その正体については懐疑的でありながら、一方では人知を超えた力については信じておる」

「はい。私は学者ではありませんが、この目で見たものは信用いたしまする。彼女の力は、確かに人知を超えておりました。お言葉ですが、陛下は、彼女の正体が噂に聞くドラゴンである、という話を、本当に信じていらっしゃるのですか?」

 メイドが入れてくれた紅茶を一口すすりながら、国王の返答を伺う。荒唐無稽な話を信じていようといまいと、その忠誠心に変わりはないが、信じている素振りを見せているからには、その根拠があるはずだと考えていた。

「余も、この目でそれを見たわけではない。だが、信じるに値する話だと考えておる。この噂を強く信じておる者の一人に、ツァイネがおるのだ」

「なんと!」

 その名前を聞いて、伯爵は驚きを禁じえない。ツァイネの名は、数年前から騎士団に所属している者なら誰でも知っている。平民出身でありながら、類まれなる剣の腕を見込まれて、異例の親衛隊入りを果たした男。そして、窮屈な騎士団を退職し、一介の戦士として活動している男。

 同じ平民出身の団員にとっては憧れの星であり、貴族出身の団員にとっても、一目置く存在だった。多くの貴族たちは、剣の腕だけではそうやすやすと相手を認めたりはしないが、ツァイネには、なぜか身分や家柄を問わず、人を惹きつける魅力があった。

 だから、ツァイネが信じているという言葉は、それなりの重みや信ぴょう性を持って受け止められた。

「そうですか、あの男が信じておるのですか……」

「うむ。ツァイネは彼女の良き友人でな、信じるに値すると踏んだようだ。何度も噂のドラゴンとやらを目撃しておるようでな、何かそれなりの根拠があるのだろう」

 伯爵の語った『この目で見たものは信じる』という言葉は、多くの人間にも当てはまる価値観だ。だからこそ、そのドラゴンを何度か目撃しているツァイネには、噂と事実とを結びつける鍵を見出すことができたのだろう。

 そして、彼が信じているのであれば、それは他の人間にとっても信じるに値する根拠になる。ツァイネとは、”そう言う”人物なのだ。

「いやはや、そう言うことであれば、俄然信憑性が増して参りますな。あの男は、親衛隊にふさわしい忠誠心を持っておりました。少なくとも、陛下の御耳に入るレベルの情報で嘘をつくことはありますまい」

「うむ。余も、濡れ衣で捉えられてしまったの者を救い出すための方便だけとは、到底思えなくてな。それに、初めて会うた時から、物怖じせぬ態度をとっておった。ツァイネが共におる、というだけでは説明できぬ何かを持っておったのだよ。今にして思えば、仮にも竜の王族というではないか、納得もしよう」

 この国においてはあくまで平民、あくまで一介の食堂の主にすぎないが、本来の身分は王女であったという。その話を聞き、国王は符号が合致するような思いがあった。本当にただの街娘ならば、もっと萎縮しているだろう。

 それだけを根拠に信じろというのはいささか弱いが、こうした一つ一つの積み重ねが、『信じる』という考えに向かわせていた。

「尤も、信じる信じないに関わらず、騎士団での活躍は断られてしまったがな」

「陛下、それは当然でしょう。あの場で皆がお伝えした通りです。ですから、彼女には、どのようにこの街の防衛に手を貸してくれるのかを訊くだけで十分ではありませんか?」

 お茶請けのクッキーを一口かじりながら、伯爵は国王の反応を伺った。本気とも冗談ともつかないような話を実行してしまった人物、逐一予想外の反応が返ってくる可能性を考慮せねばならない。

「そうか、それもそうだな。では、そのようにいたそう。して、また城に召還するのと余が直々に出向くのと、どちらが良いかな」

「っ!」

 その、直接すぎる内容に、思わず口の中のクッキーを吹き出しそうになる伯爵だった。




〜つづく〜

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