チャプター18
〜王城・円卓の間〜
その日、国王は主要な貴族たちをその場に集めていた。もちろん、国政を与る者だけでなく、騎士団の上層部も顔を覗かせていた。彼らもまた貴族なので、資格充分だった。
皆、一様に疲れたような顔をしている。
「全く、政務多忙な折にこのような呼び出しを行われるとは、陛下の道楽にも困ったものだ」
「本当に。まだ、街の復興も不十分な折ですからな」
「とはいえ、円卓会議とあっては出席しないわけにはいきますまい」
「だな。先日の御前会議では、また突拍子もない話が出ておったが、果たして今度はどのような議題が飛び出すやら……」
「ふう……」
基本的には国民からも貴族からも評判は悪くないのだが、時折こう言った思い付きではないのかというような勢いで招集を行ったりイベントを行ったり、時には街に繰り出したりと、その奔放さには振り回されるばかりだった。もちろん、それが支持につながっている面もあり、一概には否定できないのだが。
元来、この円卓の間は余程の重大事でなければ使用しないという暗黙のしきたりがあり、ここを使うということは、すなわち国政か国防の一大事が話し合われる、ということのはずだった。しかし、それも当代に限って言えば、そのようなことはなくなっていた。
もちろん重大事を決める会議にも用いられているが、もう少し軽い内容の会議でも使用されており、ここしばらくは、その格式が若干揺らいでいる。
だから、集められた貴族たちも、どこか空気は緩く、しかし国王の思いつきに振り回されているという自覚もあるので、疲れたような表情をしているのだ。
しかし、
「陛下のおな〜り〜!」
出入り口で番をする兵士の一声で、一瞬にして表情を取り繕う。とりあえず、面差しだけでも真剣な風でいれば、この場にいたことの意義は立つ。
国王は、六人の親衛隊に守られながら現れた。見慣れたいつもの姿だ。
「うむ、よく集まってくれた。さて、皆の者、集まってもらったのは他でもない。実は、先般の御前会議で話し合った件だが、エルリッヒにこの街の防衛を依頼したのだが、断られてしまったのだ」
「!」
「なんですって!」
会議はなんともざっくばらんな報告から始まった。その第一声に、居並ぶ貴族たちは驚きの表情を隠せない。もちろん、「なんてくだらない話なんだ」というショックである。
「それは……魔物襲来の折にあの者らが濡れ衣で捕まえた娘のことですな?」
「うむ」
「陛下、よもやそのようなことで我らを招集するとは。御前会議の場でも、我等一同陛下のお望み故何も申しませんでしたが、街娘一人に何ができるというのです」
「救国のドラゴン、ですか」
「そのようなおとぎ話、まさか本気で信じておるのですか?」
帰ってくる言葉はどことなく冷たく素っ気ない。みんな、実際のところは信じていないのだ。それはそうだろう。ここにいる誰もそのドラゴンを見たことがなく、民衆の目撃談しか情報源がない。まして街娘がそれに変身したなど、ゲートムントたちのように素直に信じる方が珍しいのだ。
「うむ、余は信じておる。あの者の力を目の当たりにした者なら、誰もが信じるだろう」
国王の言葉は力強い。だが、力説すれば力説するほど周りの目は冷めて行く。何しろ、目の前の国王が荒唐無稽なおとぎ話を信じているのだから、不安になってしまう。
それでも心が離れないでいるのは、日頃の奔放さが物を言っている。普段から生真面目なだけでの国王であれば、その衝撃も大きいが、そのようなことにはならずに済んでいた。
と言っても、その言説に対して支持が得られているわけではないのだが。皆、前回の御前会議では説得を諦めたというのが本音のところであった。
「別に、街娘を呼びつけてお会いになるのは政務の合間に自由になさればよろしい。ですが、国防の最前線に誘うとか、騎士団を指揮するとか、あまりに突拍子もない話で……」
「うむうむ。陛下、そりゃあそのような話、普通は誰も受けませぬよ。前回はそのまま流しましたが、今回は一言言わせてもらいますぞ」
「ですな。魔物と戦う最前線に街娘がいたのでは、騎士団が全力では戦えませぬ。それに、貴族の子息が中心で構成された騎士団が街娘のいうことなんぞ聞くと思いますか?」
「そなたら、余に何か不満でもあるのか? そのような辛辣な。いや、まぁ、同じようなことはエルリッヒにも言われたのだがな……」
気まずそうに告白する。出で立ちは威厳のある国王そのものだが、こうしていると、非常に情けない。家臣たちに責められている姿は、革命中の裁判のようだった。
「街娘に指摘されているようでは、全くダメではありませんか。全く、思いつきで動かれるのもたまには良いですが、魔物襲撃の後ですから、もう少し慎重になっていただきませんと」
「平民は騎士団では末端の兵士にしかなれぬのが慣例。ごく一部、実力や忠誠心のある者だけが例外的に騎士に列せられますが、そもそも実力は我らには未知数、忠誠心に至っては、移民だというではありませんか。そのような者に国の中枢の防衛は任せられますまい」
「前回そこまでの話はありませんでしたが、流れ者ではますます任せられませんな。危険が迫ったら、真っ先に逃げ出すのではないですかな?」
「い、いや、それは大丈夫だ。我らの指揮命令系統には属さぬが、全力でこの街を守ると約束してくれたのだ。おそらく、我らでは守りきれぬ街の者を守ったり、騎士団では歯が立たぬさらなる脅威に立ち向かったりしてくれるの違いない!」
円卓の上座で力説する国王には、しっかりと国を守ってくれるビジョンが見えていた。そう、この時点でそれが見えているのはほとんど国王だけだったと言ってもいい。
「陛下。それでは我らは本来騎士団が守るべき娘に守られるということになってしまいますぞ? それは、騎士団の沽券に関わりまする。我らは、一兵一騎に至るまで、ただの一人も漏らさず守る、というモットーでやっておりますからな。か弱き平民はもちろん、貴族の中にも子女に限らず武器を持たぬ者はおります。例えば、大臣などがそうではありませぬか。親衛隊のような精鋭ばかりではありませぬが、心意気は皆同じです。ですから、それがむしろ守られてしまうというのはいささか……」
そう述べたのは、騎士団でも上層にいる伯爵だった。魔物の襲来を受けたことで、騎士団ではさらなる鍛錬や支給されている武具の見直し、果ては団員一人一人の気構えの見直しまで、多くの改革が進められていた。
そんな中での国王の思いつきは、現場はともかく上層部の面々には当然快くは受け入れられていなかった。だから、直々に誘いに失敗したという報告を受け、心の底から安堵していた。
「それと、仮にも騎士団に対し指揮権を持つということは、我らと肩を並べるということになります。現在、騎士団の最も上層いるのは陛下ご自身ですが、その次の権限をお与えになるという話でしたら、それは然るべき爵位もなければなりません。まさか、爵位までお与えになるおつもりでしたか?」
「い、いや、そこまでは考えておらんかった」
それはつまり、どこまで思考が届いていなかっただけなのである。それは妙案だとばかりに手を打ちそうになった。寸でのところで思いとどまったのは、周囲の視線が冷たかったからである。
「そのご様子では、望まれればいくらでも爵位を与えてしまいそうですな」
「何を申すか! 余に向かって失敬であるぞ?」
「陛下、陛下らしくない物言いでは、説得力に欠けます」
皆、ここぞとばかりに冷たい目線と批判的なコメントを寄せていた。が、一人の男が手を挙げた。
「議論の最中申し訳ないが、発言、よろしいですかな?」
「おお、そなたは……」
その顔に、国王の表情がパッと明るくなった。
〜つづく〜




