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竜の翼ははためかない8 〜竜骨よりも堅いモノ〜  作者: 藤原水希
第三章 フォルクローレかく語りき
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チャプター17

〜エルリッヒの自宅・二階〜



「ずーっと進級ギリギリのDデー判定だったけどさ、最後だけ、なんとAアー判定が取れたんだよね。本当、無事に卒業できてよかったよ。落第や追試なんて、まっぴらごめんだったから」

 当時を思い返すように、遠い瞳を浮かべる。アカデミーで過ごした数年間は、フォルクローレにとってはとても貴重な時間だったが、一人黙々と錬金術学び、その割に劣等生だったので、ほとんど友達はできなかった。だから、あの頃に戻りたいとは一度も思わない。

 それに何より、今が一番楽しい! 錬金術士としての能力を商売のタネにし、稼ぎも知名度も上がってきた。まだまだ作れるアイテムは増えていく。こんなに楽しい職業があろうか。

「へぇ〜、よかったね〜。卒業したら、その後はすぐ王都に来たの?」

「ううん、他の街にもいたよ。アカデミーって、ここからだと結構離れた場所にあるからさ、卒業したらまず荷物をまとめて、在学中に稼いだお金を持って、近くの村に移ったんだよ。何しろ錬金術士がわんさかいる街で仕事を始めても、安さとこの可愛さしか売りがないでしょ? だから、近くにはあるけどちょっと移動は面倒かなって範囲で対象を絞って」

 今まで語られることのなかったフォルクローレの駆け出し時代の話はとても興味深い。一言、聞き捨てるべき言葉はあったが、アカデミーのある街とやらから少し離れたところで商売を始めるというのは、なかなかに面白い作戦だ。

「その村はどうだったの? 面白い作戦だとは思うけど、近くにあるなら、錬金術のことは知ってる人も多いだろうし、先輩錬金術士もいたんじゃない? それだと、なかなか難しい気もするけど」

「そこだよそこ。いたにはいたよ? 先輩錬金術士。だけどさ、そもそもが村ってとこは田舎なんだ。都会で何年も勉強してきたような若者は、なかなか行きたがらないんだよねぇ。材料集め、機材の購入、参考書のチェック、その他もろもろ、何をするにも不便だから」

 機材はおそらくアカデミーの設備だろうから買わねばならないのもわかるが、参考書まで買わなければならないとは。在学中に購入した本やアカデミー内の蔵書などはすべて頭に入っている上での話だと思うと、生涯勉強しなければならないという点で、まさしく料理の道と同じではないかと思った。

「卒業するからにはそれ相応の知識と技術を修めてるだろうに、まだ参考書を買って勉強が必要だなんて、なかなかに大変だねぇ」

「まーね。でも、そうでもないんだよ。アカデミーのマイスターランクをはじめとして、各地の錬金術士たちが自分たちが見つけた理論を参考書にまとめて出版するからさ、読んでるだけでワクワクするし、それを自分も再現できた時の喜びったら、なかなか味わえないもんだよ? ま、その分結構な値段がするんだけどね。一冊買うのに、定食五回は食べられるかな」

 大雑把な勘定だったが、それを聞いておののく。本が高いのは一般常識として備わっている知識だったが、もう少し安いものだと思っていた。想定の、二倍強である。

 そういえば、フォルクローレのアトリエにも、立派な書棚があり、何冊もの分厚い本が収められている。

 きっと、自分では読んでもまるで理解できないのだろうとは思うが、いつかは読ませてもらいたいと思うエルリッヒであった。

「す、すごいんだねぇ」

「すごいのはすごいけどさ、内容が専門的すぎるから、流通量が少ないんだよ。そうなると、お値段は高止まりしちゃうんだよねぇ。何しろ、錬金術士自体が世の中にそう何人もいないんだし、他の人は買わないからね。研究成果の発表と出版なんて、半分は道楽みたいなもんなんだけど、何しろお金はかかるから安くできないってんで、みんなその辺は諦めてるよ。何しろアカデミーで最初に躓くのは参考書と機材の値段だから」

 やはり、お金は切実で、大切な要素なのだ。それは、どこでも変わらない。エルリッヒからしてみれば、あの大釜だけでも大変な値段がしそうなものだ。大きさもさることながら、いつでもお湯が煮えたぎっているその釜は、なぜか中から色鮮やかな光が発せられている。まるで仕組みはわからないが、ただお湯が煮えているのではないことだけは伝わってきた。きっと、何か不思議な力かアイテムが用いられているのに違いない、と。

 しかし、それとは別に、あれほどの釜であれば何人分の煮込み料理が作れるだろうか。そんなことをつい考えてしまうのは、まさに職業病だった。

「そういえば、フォルちゃんのアトリエも、いろんな参考書や機材がるもんねぇ。あれを買い揃えるだけでも大変ってことだね」

「そう! もう、ホント苦労の結晶だからね! あ、でも、書棚の本の中には自分で描いたやつもあるから、全部が全部買ったものじゃないよ」

 少しだけだけどね、と付け加えるフォルクローレだったが、それはすごいことなのではないだろうか、と感じる。それが調合レシピなのか研究論文のようなものなのかはわからないが、一般人にできることではない。

「そういうすごいことを、こともなげに言っちゃうのがフォルちゃんのすごいとこだよね。少しでも自分で書物を起こすって、すごいことだから。アトリエに行くとめちゃくちゃ散らかってるし、寝食を惜しんで調合しちゃうし、時々爆発して煤まみれになってるのに」

「ちょっと、それは錬金術士としてのあるべき姿でしょう? 部屋の片付けが得意な子なんて、むしろ錬金術士失格だからね! それと、長時間かかる調合は、つきっきりでないとダメなものも多いんだよ。そういう、繊細なところで失敗するんだから。特に疲れてる時の失敗率たるや、恐ろしいからね。上級者でも失敗するのが錬金術の難しくて、奥深くて、楽しいところなんじゃん。あの日あの時あの場所であの張り紙を見なかったら、今頃辛い人生を送ってたと思うよ。こういうのは、全部運命なのかなぁ」

 行く末があらかじめ決まっているというのは面白くないから運命という言葉はあまり好きではなかったが、人生が良い方向に拓けると決まっているのなら、それくらいは信じてもいいのではないだろうか。そんな風に思うエルリッヒなのであった。

「辛い人生を送らないように決まってた、て思うのは楽しいと思わない? でも、今のフォルちゃんがあるのは、自分で切り拓いてきたからじゃない? そこは自信持っていいと思うな。よっと。そろそろ時間かな。色々面白い話を聞かせてくれてありがとね。錬金術アカデミーの話、前々から聞いてみたかったんだよ。最初の村での話やその後の話も、また今度聞かせてよね」

 仰向けになっていたベッドから元気に起き上がると、フォルクローレに向けて微笑みかけた。

「あ、そだ、最後に一つだけ教えて欲しかったんだけど」

「何?今の話に関係すること?」

 きょとんとした瞳でフォルクローレが微笑み返す。あえて突っ込まなかったが、確かに可愛い。微かに、心臓が跳ねる。

「うん、そのはず。錬金術アカデミーってどのくらいの人数がいたの?」

「あぁ〜。あたしがいた時の大体の記憶だと、学年ごと百人くらいだったかなぁ。年々落ちこぼれて行って、少しずつ数は減ってったけどね。で、先生が三十人くらい。全学年総合でそれくらいだから、上級生が教壇に立つこともあったよ。さすがに、あたしは立たせてもらえなかったけどね」

 つまり、それは優秀な生徒の特権だったのだろう。なんとなく、納得する。フォルクローレは成績以前に、人にものを教えるのが得意なタイプではなさそうだ。

「へ〜。面白いね〜。今でも各地にいるんでしょ?」

「そりゃーね。中には外国に行っちゃった人もいるし。で、友達ですらないんだけどね!」

 きっと、新天地を求めて海を越えたり山を越えたりしたのだろう。それはとても共感できた。

「その、友達じゃないってとこはあえて強調しなくてもいいやつだからね。さてと、そろそろ午後の仕込みを始めるけど、フォルちゃんどうする? 帰ってもいいし、まだのんびりしててもいいし、夜まで手伝ってくれてもいいし」

「何その分かりやすいお誘い。こっちは調合をお休みにしてここまで来たんだよ? 無事っていうか、嫌な呼び出しじゃなかったのが確認できたんだし、夜まで手伝うに決まってるじゃん。もちろん、邪魔にならないんだったらね」

 その返答に、思い切りの笑顔を作って応える。

「もちろん!」

 もちろん、邪魔にならない範囲で手伝いを頼むのだ。とはいえ、誘いに乗って夜までいてくれるだけでも嬉しいので、あとはもう、いうことはない。

「じゃ、行きますか。食材たちが待ってるしね」

 ベッドから立ち上がり、椅子に座ったままのフォルクローレの手を取り部屋を出る。そして、軽やかな足取りで階段を降りて行った。

 足音は、もちろん二人分。




〜つづく〜

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