チャプター14
〜エルリッヒの自室〜
「ま、実際の所どうなるかはわからないけど、この街を守るためなら全力で戦いますよ! それだけは、誓って言えるから」
「そう言ってもらえると、心強いよ。でも、エルちゃん自身も大切にしてよね。いくら魔物を撃退しても、エルちゃんに大怪我でもされたら、こっちは夢見が悪いよ。魔物を倒した後は、みんなで笑って喜びたいじゃん?」
それが、フォルクローレの切実な思いだった。もちろん、ゲートムントとツァイネも同じことを言うだろう。いや、この通りの住人はみんな同じことを思うに違いない。
「フォルちゃん……」
もちろん、エルリッヒだってできるだけ無傷で勝利を収めたい。だが、もし自分の命と引き換えにしなければならないような局面が訪れたら、その時は迷わず自分の命を差し出すだろう。少なくとも、それだけの覚悟を持ってこの街を守るつもりだ。
願わくは、そんな重大な局面が訪れないことを。
「ありがとね! さっきも言ったでしょ? 私はとっても強いから大丈夫だって。正直言うと、元の姿に戻る必要すらないんだよ。元の姿の方が、全体攻撃ができる分は有利だけど、この姿の方が便利なことも多いから。でもね、街のみんなだって頑張ってくれるでしょ、そういう時は。それは尊重したいな。私一人の手柄ってのはちょっと……」
みんなで笑って喜び合うのであれば、なおのこと騎士団と戦闘能力のある住人が一丸となって戦って勝つ、というシチュエーションが望ましい。
それに、騎士団の戦力はよく分からないがこの街が誇るギルドの戦士たちなら、きっと今度も大活躍してくれるはずだ。自分が全力で戦うのは、こないだのヘルツォークのような、人間では到底敵わない強大な魔族が現れた時だけでいい。
もちろん、魔王が力を増せば増すほど、手下の魔族たちも強くなっていくだろうから、みんなには一層頑張ってもらわなければならないが。
「あー、せめて親衛隊のみんなも戦いに参加してkるえたらいいんだけどねー。みんな、ツァイネくらい強いんでしょ?」
「うーん、それはちょっと難しいよねー。あの人たち、王様を守るためだけにいるような人たちだから。あの青い鎧も、噂に聞くなんかすごい剣も、鍛え抜かれた実力も、あたしらのためには使っちゃくれないでしょうよ。もちろんさ、王様を守ることがどれほど重要かってのはわかるんだけどねー。王様と住人、どっちが欠けても国って成立しないと思うんだ。そんなことは、王族でもって長い事この世界にいるエルちゃんに言うのも変なんだけどさ」
確かに、これまでの三百年あまり、いろいろな土地で過ごしてきて、滅んだ国の話もいろいろ聞いているし、廃墟になったお城やうらぶれた、寒々しい廃村を通りがかった事もある。だから、フォルクローレの話はもっともで、うなずく事しきりではあるのだが、やはりそれは難しい問題だった。
「あの王様なら、自分の安全より私たちの安全を優先してくれそうだけどさ、そのために王族が絶えちゃっても困るんだよねぇ。そうなったらどうなるんだろうね。やっぱ、傍系の貴族から持ってくるのかな。それとも、有力貴族から持ってくるのかな」
「さぁねぇ。そういうごたごたで国が揺れるのは勘弁してほしいよね。とすると、強いと評判の親衛隊には全力で王様を守ってもらわないとだねぇ」
順を追って考えると、難しい問題であることが伝わってくる。しかし、あの戦力は捨てがたい。なんとか駆り出せないものかと思うが、それはこんな街の片隅で考えることではないだろう。お城で考えるべき問題なのだ。
「きっと、臨機応変に動いてくれるよ。そう信じよう。っていうか、私らこんなとこでなんて味気ない話してるんだ!」
「そ、それを言う? お城に呼ばれたエルちゃんが。この街の防衛の話は大事だと思うんだけどなぁ」
この話が大事かどうかはもちろんわかるのだが、味気も色気もない話が続き、いい加減ほかの話がしたくなってきた。この際だから、フォルクローレにあれこれ話をしてもらうのも面白いかもしれない。
元気良く起き上がると、フォルクローレのことをじっと見つめた。
「ん、何? 見つめられても何も出ないよ?」
「そんなのわかってるよ。それよりも、フォルちゃん最近楽しい事あった?」
唐突に、関連性のかけらもない話題を振ってみた。漠然としているが、きっとフォルクローレなら楽しい回答を返してくれるのに違いない。そう期待しての事だ。
「なんで急にそんな話を。そうだなぁ。世の中ね、そうそう楽しい事ってないんだよ? 普段通りの毎日があって、普段通りに過ぎ去って。それは、エルちゃんが一番よくわかってそうなんだけど。それに、あたしの楽しい事って、やっぱ調合の成功くらいだからなぁ。難しいアイテムが作れた時とか、同じアイテムでも良い品質で作れた時とか、採取に行って高品質な素材が手に入った時とか。わかるかなぁ、この錬金術士ならではの感覚」
「う〜ん、料理に置き換えてみればわかるの……かな。ま、まあ、前採取の旅に付き合ったこともあったしねぇ。あれはあれで楽しかったよね」
森の中にテントを張って、そこを拠点に採取活動を行う。半分くらいはサバイバル生活だったのも、いい思い出だ。かつてはそのような生活をしていたこともあるが、ここしばらくは経験していなかった。
フォルクローレも採取旅のことを思い出しているのか、表情が輝いている。
「うんうん、あれは楽しかったよね! 錬金術士って、結構奥が深い職業なんだよ! だから、ああやって採取のために国中あれこれ巡るし、素材のためにモンスター退治をすることもあるし、何より街の人の依頼だよね。魔物を倒せだのこんな道具が欲しいだの、あれやこれや。おかげで今じゃあそこそこの知名度を得られたわけだけど。錬金術ってさ、ただ釜を混ぜればいいわけじゃないんだよ。素材の配合バランスや、入れるタイミング、それを踏まえて釜をかき混ぜる速度や強さ、それらが揃ってこそ望んだアイテムが調合できるんだよ」
「うーん、そばで調合見てても、私には作れる気がしないもんなぁ。料理の方がよっぽど簡単そうだよ。調合って、手引書みたいなのはあるの? 確か、錬金術の学校を出てるんだよね」
話を聞いていると、材料の配分や投入タイミングのような部分では、料理との共通性も見出せるので、きっとレシピのようなものがあるのだろうと推測できるのだが、釜をかき混ぜる強さだの早さだのと言われると、もはや想像もできない。料理でいうところの、『目分量』と同じだろうか。
それだって、最低限のさじ加減はあるし、鍋をかき混ぜたりフライパンをひっくり返したりといった行程は、ある程度の料理ができれば、誰にやらせても大きく外れはしない。
話に聞く錬金術は、そのようなものとはずいぶん違うように見えた。これ体系立てて教えるのは、とてもではないが無理なのではないだろうか。
「そうだよ。一応、錬金術のアカデミーは卒業してるよ。あの頃、両親を失って、遺産も生活費で食いつぶして、頼れる親戚もいなくて、さあどうしようって思ってた時に、街の掲示板に生徒募集の張り紙が貼ってあるのを見つけたんだよね〜。あ、掲示板って言っても、簡素な立て札なんだけどね。張り紙なんて、あの村じゃ珍しかったから、みんな驚いてさー、掲示板の前は人だかり。あとで聞いた話だと、毎年掲示してたらしいんだけど、なぜだかあの時まで全く気にならなかったんだよね。そういうのって、神の思し召しってやつなのかもね」
珍しく、フォルクローレの過去の話を聞いている。自分から語ることの少ないフォルクローレの話は、とても貴重だった。そして、錬金術アカデミーの話が、気になって仕方がないエルリッヒだった。
〜つづく〜