チャプター15
〜エルリッヒの自宅・二階〜
「まあ、そんなこんなでアカデミーの募集告知を見つけちゃったあたしは、これだ! て思ったワケ」
「ほうほう」
自分の話は何しろ三百年もあるので、思い出すだけで一仕事。だから、フォルクローレの話を聞く方がよほど楽しいし楽だった。
真面目な話も大事だが、真面目じゃない話もしたいし、何より未知の存在である『錬金術アカデミー』なる学校の存在はかねてから気になっていた。何しろ、有数の大都市と言ってもいいこの街にすら、錬金術士はフォルクローレ一人しかいないのだ。それが、学校というからには教師はもちろん生徒も錬金術師見習いで、何人もいるのだろう。全く想像もつかない。
「でも、アカデミーは都市にあるからそこまで行かなきゃいけないし、受験料もいるし、そもそも何の勉強をしたらいいかもわからなかったんだよね。そこで、とりあえず受験するだけしようって思って、薪拾いからキノコ集めからいろいろやって、何とか必要なお金をかき集めて、アカデミーを受験したんだよ」
「ふむふむ。で、その試験はどうだったの?」
傍目には、フォルクローレは勉強が苦手、という印象がある。錬金術士として一人前にやっていけているし、アカデミーも卒業できているのだから最低限必要な知識は修めているのだろうが、この時点では違うのではないだろうか。
「それがさー、何言ってるのかさっぱり! だったんだけど、なぜだか一発で合格して、晴れてアカデミー生になれたってわけ。もしあそこで落ちてたら、次の試験は一年後でしょ? 正直やばかったね。でも、アカデミーは何しろ全寮制だったから、住むところには困らなかったし、本当助かったよ。って〜っ!! もともと住むところには困ってなかったけどね! あはは! 大丈夫大丈夫! うん」
「なんでそんなに怪しげなの? 本当に家屋敷はあったんだよね?」
フォルクローレの態度が怪しい。実は住むところに困っていたのではなかろうか。過去のことではあったが、そう思わせるものが言葉尻から覗いていた。
もっとも、調べる術もあまりないので、ただただ言い分を信じるか、逆に真っ向から疑ってかかるかのどちらかしかないのだが。
「そ、そんな話はいいんだよ! アカデミーでは一からいろんなことを勉強したんだけど、これがもうさっぱり! 正直、先生たちが何言ってるかも半分くらい理解できなかったし、落ちこぼれだったねー」
「あ、やっぱり。今の爆弾娘で知られたフォルクローレはまだいなかったんだ」
参考書を片手に頭を抱える姿はとても想像しやすい。もしかしたら、ストレートに卒業できなかったのではないか、先生たちもさじを投げそうになったのではないか、などなど、それっぽいエピソードがいくらでも浮かんでくる。
しかし、今しっかり身を立てることができているのので、どこで目覚めたのかは気になった。
「まだ、ね。一応、いろんなことを学ぶんだけど、担任の先生によって得意分野が違うからさ、基礎課程を終えると、それぞれ教わる内容が違うんだよ。で、あたしが師事したのが、爆弾作りに定評のあった先生ってわけ。や、もちろん自分からは先生を選べないんだけどね?」
「じゃ、その先生の教えが上手かったってこと? それか、爆弾作りが性に合ってたか」
爆弾作りに定評のある先生というのも、錬金術士としてはどうなのだろうと思うが、錬金術士の事情を知らないのもまた事実、下手に口を挟むことではないのだろう。
「うーん、なんかね、その先生がすっごい美人で、本当、錬金術士ってこんな華やかなの? なんて夢を見させてくれちゃうような先生だったんだよ! それが爆弾を作らせたらアカデミー随一で、でも先生のくせに時々失敗してて、炭やら硝煙やらでいつも真っ黒になってたんだよねー。だけど、その姿を見てたら、学問じゃないんだって理解したんだよ。実践なんだって。なんていうのかな、頭の中の大事な扉が開いたような感じなんだけど」
「何かに気付くってことはあるけど、そういうこと? 私も、料理のレシピを研究してる時にはハッとすることがあるけど。それならわかるかな」
きっと、フォルクローレの中で鍵穴に正しい鍵が刺さったような感覚があったのだろう。物事の見方一つでそこまで変わるというのは珍しい事ではない。
事実、その表情だけで十分に伝わってきた。
「材料をただ入れて、ただ釜をかき混ぜればいいわけじゃないって事が、それまで足かせになってたんだよね。だって、漠然と最初に抱いてたイメージは、適当に材料を投入して、適当に釜をかき混ぜたら、もうそれなりに何かしらのアイテムが出来ちゃうって感じだったんだから。それが、いざ本格的に学んでみると元素がどうだの配合比がどうだの、釜をかき混ぜる加減はどうだの、とにかく細かくて。もちろん楽して結果を得るものじゃないってのはわかってたけどさ、それにしても他の手順で作るより難しいんじゃないかって思ったからね」
「んじゃ、それが爆弾作りの先生と出会ってどう変わったの?」
人の『気づき』の話はとても面白い。特に、この手の『認識』に関する話は特に。それは、知らないことを知る、というレベルの話ではないからだ。
知らないことを座学的に知ることで、人は理解ができる。が、知っているがイマイチ理解できないでいたこと、苦手意識のあったことが、ふとしたきっかけで十分に理解できるようになったり、むしろ得意になったりすることがある。今フォルクローレに語ってもらっているのは、そういう次元の話なのだ。
これが面白くなくてなんだというのだろうか。
「そう! そこが不思議なとこで、先生と出会ってから、今までなーんて面倒くさいことを言ってるんだろうって思ってたのが、急に理解できるようになったんだよね。配合比も元素も、全部は実践のための知識だし、実践あればこそだし。爆弾を形作るのはどんな材料で、それはどれがどのくらいの分量で、それを望むように変化させるためには何をどのくらい入れればいいのか、調合のどの過程で入れればいいのか。理解できるようになったら早かったよね」
「じゃ、落ちこぼれは返上?」
そこまでのことを概念として理解できたのであれば、錬金術士としては十分だろう。落ちこぼれの方がらしいのだが、それなりにいい成績で卒業したことがうかがえる。
かと思いきや、フォルクローレの表情はあまり晴れやかではない。
「いやー、それがさー、担任の先生に個別に指導してもらえるのって、最終学年なんだよねー」
「ふむ、それはまたどうして」
普通は、早いうちに基礎を終えて応用編に入るのではないのか。生まれてこのかた学校というもので学んだことはないが、何しろ人生経験だけは豊富だ、学校がどういうものかということくらいは理解している。
エルリッヒが知る限りでは、初年度などに基礎を終え、そこからどんどん難しい内容や専門的な内容に入っていくものだった。どうやら、錬金術アカデミーでは違うらしい。
「錬金術って、基礎が大事なんだよ。既存のレシピをアレンジしたり、高度なアイテムを作ったりってのは、最後の最後でちょこっと学ぶんだよ。アカデミーとしては、卒業して先生を目指すコースとか、より高度な調合に挑む研究者のコースも用意してたしね。何より基礎をおろそかにすると、大変なことになっちゃうから。例えば、調合中釜の中に髪の毛一本混入したばっかりにできたアイテムが全く違う効果を発揮したり、すこーし材料の配分を間違えたばっかりに爆発して怪我をしたり。だから、基礎課程をみっちりやるカリキュラムだったんだよ」
聞けば聞くほど面白い。つい、身を乗り出してしまう。
「その、基礎を誤った失敗談、傍目にはすごく面白いんだけど、もっと聞かせてよ!」
「いいよ〜? 危険な話はまだまだあるからね」
虚空を見つめながら、在りし日の出来事を思い起こすフォルクローレだった。
〜つづく〜




