チャプター13
〜コッペパン通り・竜の紅玉亭〜
その告白に、驚きのあまりフォークに刺したお肉を落としそうになった。
「だって! そういうのって、普通お父さんが一番強いんなら、あとは年の順じゃないの? しかも、みんな長生きなんでしょ? だったら、お兄さんもお姉さんも、百歳以上離れてるんでしょ? だったらさあ! エルちゃんより強いのが普通じゃん! じゃあ何? エルちゃん子供の中で一番強いのに土地を離れて人間として暮らしてるの?」
「そうだよ? お姉さまは大した力を受け継いでないって言っても、それでも一般のドラゴンよりは強いけど、お兄様は王位を継ぐのには十分強いからね。私はほら、はみ出し者だし、みんなお兄様が王位を継ぐことには賛成なんだよ」
珍しく家族の話をしてくれたと思えば、恐ろしい話だった。幼い頃に両親を亡くし、兄弟もいないフォルクローレには想像の及ばない世界だった。
世間一般の兄弟とは違うのだろうが、普通の兄弟がどんなものなのかも知らないので、まるで想像できない世界。そして、微妙に物言いが素っ気ないのが気になってた。
「エルちゃん、もしかして、兄弟仲悪い?」
「え! 今のでなんで伝わるの? フォルちゃんすごいよ。ほら、私こんなだからね、はみ出し者として、一族ではやっかまれてたから。こないだ里帰りしたでしょ? あれ、久しぶりにお母様のお墓にご挨拶しに行っただけなんだけど、お兄様はともかく、お姉様は相変わらず嫌味な感じだったんだよね。あれは、ずっと変わらないんだろうなーって思ったね」
滅多に会わないとはいえ、離れていれば関係が改善されるというのは、全くの幻想なのだろう。むしろ、関係修復のための行動が一切行われていないと言っても過言ではないのかもしれない。
「でも、その割にはお姉様、なんて呼び方してる」
「そ、そりゃあ、一応は姉だし、仲が悪くなる前からこうだからね。なかなか変えられないよ」
そうだ。昔は普通の姉妹だった。それだけは、忘れたらいけないのではないだろうか。今多少険悪でも、それだってこちらから嫌っているわけではなく、人間の価値観に染まってる自分を嫌ってるだけなのだから。
とりあえず、兄妹関係のことは深く考えると気が重くなるので、気にしない方がいい。そういう処世術で生きてきた。
「兄妹喧嘩は? したことあるの?」
「あるんじゃないかなぁ。覚えてないけど。さすがに、今はしないよ? 住処が壊れて大変なことになっちゃうし、下手したらお父様が出てくるかもしれないし」
話しながら、兄との喧嘩を想像してみた。それはきっと、辺り一帯の地形が変わりかねないほどの戦いになるだろう。先祖代々から受け継いだ力の強さも、実戦経験の豊富さも、十分に勝っているが、それでも兄はそれなりに強大な力を持っている。無傷で一方的に、という勝利にはならないだろう。
もっとも、元々そこまで険悪ではなかったことに加え、離れて暮らしている今、それほどまでの喧嘩に発展するようなネタは、何一つないのだが。
「なるほど〜。で、お父さんが一番強いってのはいいとして、どのくらい強いの? エルちゃんですらあっさり負けるくらい? それとも、善戦できる?」
「そのレベルの親子喧嘩はしたことないからね〜。確かに、私たち三兄妹の誰よりも強くて、体も一番大きいから、最終的に負けちゃうだろうけど、ある程度は戦えるんじゃないかな。いざとなったらやったりますよ。ふふふ。て! お父様とはそこまで険悪じゃないってば!」
思い返してみると、父王はごくごく普通の父親だったような気がする。竜社会の価値観から外れていることには反対するが、それ以上でもそれ以下でもない。
人間社会に混じって暮らす、という野望を打ち明けた時も、反対派されたが、それで何か体罰を受けたり幽閉されたりといったことにはならなかった。
決して理解ある父親ではないのかもしれないが、人間社会に置き換えても悪い父親というよりは、一般的な父親だった。とっても、住処を出て三百余年、その間ほとんど帰ってないのだから、今となっては諦めているに違いないだろうが。
「なるほどね〜。いやー、普通の家族もよく知らないあたしが言うのもなんだけど、もっと人間とは違うのかと思ってたら、案外普通なんだねぇ。実に興味深いよ」
「竜族って言っても、知能程度は人間と大して変わらないからね。行き着くところは似たようなもんってことじゃないの? それより、早く食べちゃって。温かいものは冷めたらもったいないし、片付けは早く終えたいから」
一旦話を終わらせると、二人は食事に向き合うことにした。
〜エルリッヒの自宅・二回〜
食事が終わり、食器類の片づけが終わると、午後の仕込みまでの短い休憩時間が訪れる。
「ねぇ、さっきはあちこち話がそれちゃったけど、こもしまた魔物が攻めてくるとしたら、どんな感じで戦ってくれるの? ほら、もう正体を隠す必要はないんだし、か弱い女の子のフリをする必要もないじゃん? あたしは爆弾で思いっきり応戦するつもりなんだ!」
二階の自室でのんびりしていたところで、椅子に座っていたフォルクローレが口を開いた。食事が終わり、片づけを手伝っていたところで、ふと気になったのだ。
実際のところ、この街のために戦ってくれるというのは、どういうことを指すのだろう、と。
「ん、さっきからなーんか口数が少ないと思ってたら、そんなこと考えてたの?」
ベッドの上で大の字になっているエルリッヒが、天井を見つめながら言葉を返す。片付けの間中、フォルクローレの様子が不自然に大人しかったのを、ずっと気にしていた。しかし、それがそんな些細な疑問が駆け巡っていたからだったとは。
「そんなことって、結構切実な話だよ? だって、王様がアテにしちゃうくらいなんだから、当然あたしたちだってアテにしちゃう。戦闘能力のある人ばっかじゃないからね。現に、あたしだって爆弾がなかったらただのか弱い女の子だし」
「うん、まあ、切実な話なのはわかるし、そういう時に期待されるのもわかる。王様の依頼を断ったのも、その期待が重たいからじゃないし。だからさ、魔物が攻めてきたら、当然戦うよ。自慢のフライパンでね!」
空中に向け、素振りの動作をしてみせる。あのフライパンならば、どんな魔物も一撃で致命傷だ。何しろ通常の金属よりもはるかに重たい特殊な鉱石を使っているのだ、殴られただけでも並の生物は無事では済まない。
全ては”より美味しい料理を作るため”の工夫だったが、それが魔物退治で活きるのだから、一石二鳥だ。むしろ、初めにあのフライパンを作ってもらった時に、武器としても有用だということに気づかなかったことの方がおかしいくらいだ。鍛冶屋のおじさんは何も言ってくれなかった。あくまでフライパンだからなのか、気づいて当然だからなのか。
とにかく、あれがあれば当面は百人力だった。
「出た、あのフライパン。あれ、確かに異様に重いもんね。あれで殴られたら確かにヤバイわ。でも、いいの? この姿のまま大暴れしちゃって」
「え、なんで? 私としては、元の姿に戻るのは最後の手段にしたいって思ってるんだけど」
言葉の意図が見えない。この姿で大暴れすることの何がいけないのだろうか。ドラゴンの姿を、魔王軍との戦いにおける、勝利の象徴にでも使いたいのだろうか。
確かに、ドラゴンというのは象徴的にはとても見栄えのする存在だが。
「いや、魔王軍からしてみたら、なんかすっごく強いドラゴンが味方についてるって、攻めたくなくなる気がしない? いい抑止力になると思ったんだよね。それに、強い人間が一人いるってなったら、集中攻撃されそうだし。いくら強いって言われても、それはちょっと心配だな」
その言葉に嘘はなさそうだった。フォルクローレの気持ちが嬉しい。
「大丈夫だよ、大丈夫。私の強さはそこらの魔族なんか目じゃないからさ」
元気づけるように、小さく呟いた。本当は、力比べなんかしたことないのに。
〜つづく〜