チャプター12
〜コッペパン通り・竜の紅玉亭〜
「て! 断った? 断った!? どういうこと!」
大きな音を立ててテーブルを叩き、勢い良く立ち上がる。一瞬さらっと流してしまいそうになったが、断ったというのはどういうことなのか。この街を守って欲しいという話を断るというのは、理解の及ばない話だった。
まさか、この街に危機が訪れても戦ってくれないということなのか。エルリッヒに限ってそれはないと信じたいが。
「あー、料理が跳ねる跳ねる。フォルちゃん、落ち着いて。何も、この街を見捨てるって話じゃないよ? また魔物が襲ってきたら、できる限りで戦うから」
「え、そうなの? じゃあどうして断ったの? 王様に頼まれたなんて、名誉なことじゃん」
促されるまま再び椅子に座ると、疑問を続けた。話に聞く限りはすごい力を持っているというのだから、戦闘能力を持つこの街の住人として戦うのは義務と言ってもいい。ならば、戦ってくれるというのなら、なぜ国王の頼みを断ったのか。フォルクローレには、言動が結びつかないでいた。
「ま、そうなんだけどねー。それだけじゃなくて、全軍の指揮を任せたいって言われたんだ。この話はゲートムントたちにもしてるけど、騎士団の、それも上層部なんて、大貴族が占めてるわけさ。そこに私みたいな平民が入ったら、どうなると思う? まして私女の子だよ?」
「う〜ん、想像の世界でしかないけど、変な目で見られる? それか、なんとか失脚させようとする勢力が現れるか」
食事の手を止め、腕を組みながら考える。いわゆる『騎士』と呼ばれる人たちが大貴族の出身者で占められているのは有名な話だ。そこに平民の娘が現れて、頭越しに騎士団長みたいな立場になればどうなるか。
「考えるまでもなく、誰も従ってくれない、てのもあるよね」
「そう! 変な陰謀に巻き込まれるのも、誰も従ってくれないのも、どっちもいい気はしないでしょ? そもそも平民だし。だから断ったんだよ。そりゃ、その気になれば一晩あればこの街を滅ぼすくらいのことはできるから、力で従わせることもできるけどさ、それってなんか違うでしょ?」
話の区切りにサラダと塩漬け肉を食べる。この組み合わせのなんと美味しいことか。これは、努力の賜物だと自画自賛したくなる。
「この国を守るための騎士団だもんねぇ。あ、でも! 王様直々の話なら、頼めば爵位くらいくれるんじゃない?」
「それも考えた。騎士団長ともなれば、伯爵の地位とそれなりの領地くらいくれるかもしれないよ? でも、ぽっと出の女伯爵なんて、今の立場で就任するのと大して変わらないよ」
今度はちぎったパンをソースに浸してから食べる。こちらもとても美味しい。賄いだからと言って手を抜くつもりはないが、メニューにない即興料理も多く、それが予想以上に美味しいと、本当に嬉しくなる。
「若き女騎士団長! なんてかっこよくていいんだけどなぁ。まだまだそういう世の中は来ないんだろうねぇ」
「そういうこと。ま、それだけじゃなくて、騎士団なんて組織に組み込まれるのも性に合わないしね。あと、私王族だし」
ぽつりと、しかしはっきりとした意志を持って呟かれた最後のそれには、とても重要な思いが込められていた。
「あ、そっか。エルちゃんドラゴンのお姫様なんだもんね。やっぱ、他国の貴族になるのは嫌?」
「嫌っていうか、うん、嫌かも。平民なら気にならないのにね。王侯貴族と関係ないから平気なのかも。もちろん人間の世界とは全然違うけど、他国の貴族になるっていうのはちょっとね。こうしてても忘れちゃダメなプライドだから」
普段気高いところをまるで見せず、どこまでも庶民的なのに、実は王族というのはとても興味深かった。
「ね、実際のところドラゴンの王族ってどんななの? お姫様って、どんな感じ?」
「どんなって、そうだなぁ。少なくとも、人間のお姫様とは全然違うよ。ドレスを着るわけでも舞踏会に出るわけでもないからね。ただ、王族の娘ってだけだよ」
思えば、ドラゴンの生活はひどくシンプルで、簡素だ。食事のために狩りに出る意外、これといって何があるわけでもない。だからこそ平和が保たれているとも言えるし、だからこそ退屈だとも言える。こんな風に、多くの食材をいろいろ考えながら調理して料理を作るなんて、考えるべくもないのだ。
やはり、人間の世界は、いい。
「なるほどねー。でも、巣に戻れば他のドラゴンに傅かれたりするんじゃないの? あと、一目置かれてたり」
「い、いやー、さすがに傅かれるってのはないね。一目置かれてるのも、実力が伴ってるからでもあるし」
ゲートムントたちからは、ドラゴンがいかに強大な力を持った、恐ろしい存在であるかを聞かされたことがある。もちろん、エルリッヒの真の姿だとは知らなかったものの、ピンク色のドラゴンの強さについても。
ドラゴンは強いからこそその素材も貴重で、調合に使えば大きな力を生み出すのだ。今の話だと、そのドラゴンより強いということになる。
これまでの話を総合すれば当然の話ではあるのだが、じゃあ、どの程度強いのだろう。王族とはいえ仮にもまだ娘の年頃。それはドラゴンの世界でも同じではないのか。
「ね、実力ってことはさ、周りの一般のドラゴンよりも強いってことなんだよね?」
「うん、そうだねぇ。それがどうかした?」
エルリッヒは相変わらず食事しながら話を続けているが、フォルクローレはそれどころではない。美味しい昼食はもちろんとても大切だが、己の中に湧き上がった疑問を晴らすことの重要さは、並みの人間には想像できないほどだった。
「じゃあさ、どのくらい強いの? あと、今の姿のままでも勝てるの? その辺、どうなの?」
「し、質問攻め? フォルちゃんらしいっちゃらしいけど。そうだなぁ、とりあえず、余裕だよ? まともに戦って私に勝てるのは、数限られた家族だけだから。でも、この姿だとさすがに不利かなー。飛べないから」
ドラゴンは大空を駆ける『空の王者』でもある。飛翔能力のない人間の姿では、さすがに不利だと判断した。が、この話に興味深そうにうなずいているフォルクローレは想像できていなかった。
相手も陸上にいるのであれば、絶対に負けないということを。
「そうだよねー。ドラゴン、飛べるもんねー。で、そのエルちゃんより強いっていう家族は? やっぱお父さん? ていうか、そもそも次の王位ほっぽらかして家出しちゃって、大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。言ってなかったっけ。王位はお兄様が継ぐから。最悪お兄様に何かあっても、お姉様もいるし」
口にした瞬間、二人の姿が脳裏をよぎった。
(そういえば、こないだは急にお兄様に優しくされたんだっけ。あれは何の気の迷いだったんだろう……)
「ん? エルちゃん? 考え事? あ、故郷や家族が恋しくなったとか? こないだ里帰りするって言ってたし、里心がついても無理はないよね。ていうか、帰ったのはドラゴンの住処だったんだねぇ。何なら連れて行って欲しかったよ。そしたら、さすがに鱗の何枚かは手に入ったのに。っととごめんごめん、話を逸らしてしまった。お兄さんとお姉さんがいたんだ。もしかしたら聞いてたかもしれないけど、忘れてるよねー。じゃあ、エルちゃんより強いのは、お父さんとお兄さんとお姉さん? あ、お母さんドラゴンも強そうだよね」
「それはどうだろう。お母様は私が小さい時に亡くなってるから強さまでは知らないんだ。あと、大した力を受け継いでないお姉さまはともかく、お兄様も私よりは弱いよ?」
次の瞬間、ナイフを持つフォルクローレの手が止まった。
「嘘」
「ホント」
返すエルリッヒの顔は、無表情に近かった。
〜つづく〜




