2手目 女子大生、角換わりに散る
4二銀、3八銀、7二銀、9六歩、9四歩、1六歩、1四歩。
ちょっと様子見かしら。
私は4六歩と突いて、オーソドックスな腰掛け銀を選択した。
大谷さんも6四歩で、合わせてくる。
4七銀、6三銀、5六銀、5四銀、6八玉、5二金、7九玉、4一玉、5八金。
「4四歩です」
特にひねりもなし……か。私もひねらずに、6六歩。
7四歩、3六歩、3一玉、3七桂、7三桂で、角換わり好きなら飽きるほど指した局面に突入する。私は2五歩と飛車先を伸ばして、3三銀を強要。4五歩と仕掛けた。
「突き捨てを省略した速攻ですか……同歩です」
3五歩。角換わりの手筋。7五歩や1五歩を入れる順もあるけど、すべて省いた。
30秒将棋だから、攻め将棋にしていきたい。
大谷さんもそれは分かっているから、8六歩と反撃してくる。
同歩、8五歩、同歩、4四銀……ここで1五歩かなあ。
「やっぱり端も入れておくわ。1五歩」
私の読みは、同歩に1三歩。大谷さんは30秒ほど考えて、同歩。
「1三歩」
「2二玉と入っていないのが、吉と出るか、凶と出るか……3五銀です」
ま、1三歩は取らないわよね。同香なら1一角の筋が生じる。
私は4五桂と跳ねて、攻めに弾みをつけた。
大谷さんの手が、持ち駒に伸びる。
「8八歩」
これも手筋。同玉は4五銀、同銀、8五飛が十字飛車。
「同銀」
「さすがに引っかかりませんね。3七角です」
飛車をイジメにきた。イジメ、ダメ、絶対。
「逃げ方がむずかしいけど……2九飛」
香車を守りつつ逃げておく。
以下、4五銀、同銀に4六桂が飛んできた。
飛車を徹底的に押さえ込む方針なわけね。
ちょっと困ったかも。どこかで3三歩と打っておけば良かったかしら。
「4七金」
これで、どう?
「3八桂成」
うーん、攻めて来るわよね。3七金、2九成桂は、次に王手金取りの飛車打ちがある。私は体感で30秒ほど考えて、6九飛と逃げた。2六角成、5六金、4八成桂。
大谷さんの方針は、一貫している。とにかく飛車を追い回す作戦だ。
こうなると、7九の玉は邪魔。7九飛と逃げたいから。
「……8七銀」
「裏見、その手は苦しいな」
こら、外野は黙る。
私は松平をにらみつけて、口を閉じさせた。
「そう怒らずに……怒りと我執はおなじもの……5八成桂」
ぐぅ、苦しい。
私は2九飛、3七馬と移動させて、8八玉と入る。これで7九の地点が空いた。
3八馬、7九飛、4七馬。
やっぱり飛車が死にそう。がんばれ、私。
「4八歩よ」
私は馬の頭を叩いた。6九成桂だけは阻止する。
「さすがの手筋です。同馬」
「7一銀ッ!」
反撃ぃ。
9二飛に8四歩と伸ばして、と金作りを急ぐ。
大谷さんは5七成桂と引いて、金の処遇を打診した。
同金or5五金or8三歩成の三択になった。
同金は、同馬、8三歩成、7九馬、同玉、4九飛があるわよね。却下。
5五金は4三金右がありそう。飛車を逃げられたら勝てない。
となると、選択肢はひとつ。
「8三歩成」
突っ込みましょう。
大谷さんもこれを本命と見ていたらしく、すぐに5六成桂と回収した。
9二と、6六馬、7七角。馬を消しにかかる。
「8六歩」
うッ……叩かれた……放置できない。同銀。
「8七歩です」
今度は玉頭を叩かれた。同玉は8五歩、9七銀(同銀、同桂はこっちが潰れる)、8六金と打ち込まれて、同銀、同歩(王手)、同玉、8五歩、8七玉、8六銀以下、先手陣は崩壊してしまう。つまり、この歩は取れない、と。
「9七玉」
私は端に逃げた。怖い。
大谷さんはしばらく時間を使って、6七成桂と入った。
6六角で待望の馬消し。同成桂に8二飛と打ち込み、反撃の拠点を作った。
「7六成桂」
「5二飛成ッ!」
後手玉に迫る。
大谷さんは背筋を伸ばしたまま、私の玉周りを確認した。
自玉の安全度を測らなくていいの?
「8五桂です」
桂捨て? 同銀は……7五角? でも、9八玉で詰ま……詰むッ! 8八金、同金、同歩成、同玉、8七金で簡単に詰む。
は、8五桂に9八玉だと……8六成桂か。これは、9七銀、同桂、同成桂、8九玉に8八金と打ち込んで、同金、同歩成まで……4一角の詰めろをかけているヒマがない。
私は、こぶしで自分の額を小突きつつ、お茶を口に含んだ。
「一手違いにもならないのか……負けました」
「ありがとうございました」
大谷さんは両手を合わせて、南無三と唱えた。成仏させないでぇ。
「ごめんなさい、7六成桂が詰めろなのに気づいてなかったわ」
「やや見えにくい筋でしたか。5二飛成に代えて、8七金では?」
私たちは局面をすこしもどした。
【検討図】
「同成桂?」
「いろいろありそうですが……取りますか」
私の同玉に、大谷さんは8五歩と叩いた。これも激痛。
「7三の桂馬が大活躍の展開になっちゃったわね」
私はそう言いながら、9七銀と引いた。
8六金、7八玉、7六角。
逃げられそう? 私は1分ほど考えて、4九角と打ってみた。
【検討図】
これには大谷さんも感心して、
「なるほど、同角成には同飛で、次に3四銀を狙うわけですか」
と読み筋を確認した。
「あんまり自信ないんだけどね。取らないでしょ?」
「そうですね……取らないほうが安全ですか。8七角成です」
6八玉は4六銀と出られて終わるから、6七玉と逃げる。
こうなると、4九角はあまり受けに利いていない。
「これも4六銀です。5七金以下の詰めろです」
「5八歩……いえ、投了ね」
もっと前で悪かったかなあ。私は、お茶をもう一杯。
「あいかわらず強いわね、大谷さん。さすがは県代表だわ」
「いえいえ、裏見さんこそ……ふたりともリハビリ中ですし、精進致しましょう」
そうね。3年の秋以降は、受験勉強に集中していた。感覚がもどるのを待ちましょう。
私たちは生協でお菓子を買って、午後のおやつを楽しんだ。
大谷さんは、どら焼きをちまちま食べながら、
「ところで、4人目と5人目のアテは、あるのですか?」
とたずねた。痛いところを突いてくる。
松平は、正直に「ない」と答えた。大谷さんは、首をかしげる。
「H島から都ノ大に来ている学生は、少なくないように思うのですが」
「どうですかね……先輩はいますけど……」
それ、聞いてないわよ。私は、だれなのかとたずねた。
「清心の三宅先輩だ」
「三宅先輩、都ノだったの? あのひと、関西志望って言ってなかった?」
「本命の関西私立に落ちたから、こっちの公立に来たらしい」
ああ、そういう……私が納得していると、大谷さんは、
「そのひとに、連絡を取ってみてはいかがですか?」
とアドバイスした。松平は、難色を示す。
「声を掛けにくくないですか? 三宅先輩は、処分者リストに入ってる可能性が……」
そうよね。事務員さんの話だと、元将棋部員はサークル界隈から永久追放らしい。
三宅先輩は私たちの1コ上だから、3年間なにもできないことになってしまう。
それに、先輩が横領に関与していたとしたら……あんまり考えたくない。
大谷さんは、私たちの不安を払拭するように、
「将棋部に入っていたとは、限らないと思います」
と言った。
「それは、そうですけど……連絡先も知らないので……」
三宅先輩の同世代に連絡してみてはどうか、と、大谷さんは提案した。
これには、松平も食いつく。指をパチリと鳴らした。
「その手があったか……よし、裏見、傍目先輩に連絡取ってもらえないか?」
「いいわよ。ちょうど顔合わせしたいところだったし」
私はスマホを取り出すと、さっそくMINEを起動させた。
場所:都ノ大学の学食
先手:裏見 香子
後手:大谷 雛
戦型:角換わり腰掛け銀
▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩
▲8八銀 △3二金 ▲7八金 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀
▲3八銀 △7二銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲1六歩 △1四歩
▲4六歩 △6四歩 ▲4七銀 △6三銀 ▲5六銀 △5四銀
▲6八玉 △5二金 ▲7九玉 △4一玉 ▲5八金 △4四歩
▲6六歩 △7四歩 ▲3六歩 △3一玉 ▲3七桂 △7三桂
▲2五歩 △3三銀 ▲4五歩 △同 歩 ▲3五歩 △8六歩
▲同 歩 △8五歩 ▲同 歩 △4四銀 ▲1五歩 △同 歩
▲1三歩 △3五銀 ▲4五桂 △8八歩 ▲同 銀 △3七角
▲2九飛 △4五銀 ▲同 銀 △4六桂 ▲4七金 △3八桂成
▲6九飛 △2六角成 ▲5六金 △4八成桂 ▲8七銀 △5八成桂
▲2九飛 △3七馬 ▲8八玉 △3八馬 ▲7九飛 △4七馬
▲4八歩 △同 馬 ▲7一銀 △9二飛 ▲8四歩 △5七成桂
▲8三歩成 △5六成桂 ▲9二と △6六馬 ▲7七角 △8六歩
▲同 銀 △8七歩 ▲9七玉 △6七成桂 ▲6六角 △同成桂
▲8二飛 △7六成桂 ▲5二飛成 △8五桂
まで94手で大谷の勝ち