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凛として駒娘──裏見香子の大学将棋物語  作者: 稲葉孝太郎
第1章 裏見香子、上京する(2016年4月4日月曜〜4月8日金曜)
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2手目 女子大生、角換わりに散る

 4二銀、3八銀、7二銀、9六歩、9四歩、1六歩、1四歩。

 ちょっと様子見かしら。

 私は4六歩と突いて、オーソドックスな腰掛け銀を選択した。

 大谷おおたにさんも6四歩で、合わせてくる。

 4七銀、6三銀、5六銀、5四銀、6八玉、5二金、7九玉、4一玉、5八金。

「4四歩です」


挿絵(By みてみん)


 特にひねりもなし……か。私もひねらずに、6六歩。

 7四歩、3六歩、3一玉、3七桂、7三桂で、角換わり好きなら飽きるほど指した局面に突入する。私は2五歩と飛車先を伸ばして、3三銀を強要。4五歩と仕掛けた。

「突き捨てを省略した速攻ですか……同歩です」

 3五歩。角換わりの手筋。7五歩や1五歩を入れる順もあるけど、すべてはぶいた。

 30秒将棋だから、攻め将棋にしていきたい。

 大谷さんもそれは分かっているから、8六歩と反撃してくる。

 同歩、8五歩、同歩、4四銀……ここで1五歩かなあ。

「やっぱり端も入れておくわ。1五歩」

 私の読みは、同歩に1三歩。大谷さんは30秒ほど考えて、同歩。

「1三歩」

「2二玉と入っていないのが、吉と出るか、凶と出るか……3五銀です」

 ま、1三歩は取らないわよね。同香なら1一角の筋が生じる。

 私は4五桂と跳ねて、攻めにはずみをつけた。

 大谷さんの手が、持ち駒に伸びる。

「8八歩」


挿絵(By みてみん)


 これも手筋。同玉は4五銀、同銀、8五飛が十字飛車。

「同銀」

「さすがに引っかかりませんね。3七角です」

 飛車をイジメにきた。イジメ、ダメ、絶対。

「逃げ方がむずかしいけど……2九飛」

 香車を守りつつ逃げておく。

 以下、4五銀、同銀に4六桂が飛んできた。

 飛車を徹底的に押さえ込む方針なわけね。

 ちょっと困ったかも。どこかで3三歩と打っておけば良かったかしら。

「4七金」


挿絵(By みてみん)


 これで、どう?

「3八桂成」

 うーん、攻めて来るわよね。3七金、2九成桂は、次に王手金取りの飛車打ちがある。私は体感で30秒ほど考えて、6九飛と逃げた。2六角成、5六金、4八成桂。

 大谷さんの方針は、一貫している。とにかく飛車を追い回す作戦だ。

 こうなると、7九の玉は邪魔。7九飛と逃げたいから。

「……8七銀」

裏見うらみ、その手は苦しいな」

 こら、外野は黙る。

 私は松平まつだいらをにらみつけて、口を閉じさせた。

「そう怒らずに……怒りと我執がしゅうはおなじもの……5八成桂」


挿絵(By みてみん)


 ぐぅ、苦しい。

 私は2九飛、3七馬と移動させて、8八玉と入る。これで7九の地点が空いた。

 3八馬、7九飛、4七馬。

 やっぱり飛車が死にそう。がんばれ、私。

「4八歩よ」

 私は馬の頭を叩いた。6九成桂だけは阻止する。

「さすがの手筋です。同馬」

「7一銀ッ!」

 反撃ぃ。

 9二飛に8四歩と伸ばして、と金作りを急ぐ。

 大谷さんは5七成桂と引いて、金の処遇を打診した。

 同金or5五金or8三歩成の三択になった。

 同金は、同馬、8三歩成、7九馬、同玉、4九飛があるわよね。却下。

 5五金は4三金右がありそう。飛車を逃げられたら勝てない。

 となると、選択肢はひとつ。

「8三歩成」


挿絵(By みてみん)


 突っ込みましょう。

 大谷さんもこれを本命と見ていたらしく、すぐに5六成桂と回収した。

 9二と、6六馬、7七角。馬を消しにかかる。

「8六歩」

 うッ……叩かれた……放置できない。同銀。

「8七歩です」

 今度は玉頭を叩かれた。同玉は8五歩、9七銀(同銀、同桂はこっちが潰れる)、8六金と打ち込まれて、同銀、同歩(王手)、同玉、8五歩、8七玉、8六銀以下、先手陣は崩壊してしまう。つまり、この歩は取れない、と。

「9七玉」

 私は端に逃げた。怖い。

 大谷さんはしばらく時間を使って、6七成桂と入った。

 6六角で待望の馬消し。同成桂に8二飛と打ち込み、反撃の拠点を作った。

「7六成桂」

「5二飛成ッ!」


挿絵(By みてみん)


 後手玉に迫る。

 大谷さんは背筋を伸ばしたまま、私の玉周りを確認した。

 自玉の安全度を測らなくていいの?

「8五桂です」

 桂捨て? 同銀は……7五角? でも、9八玉で詰ま……詰むッ! 8八金、同金、同歩成、同玉、8七金で簡単に詰む。

 は、8五桂に9八玉だと……8六成桂か。これは、9七銀、同桂、同成桂、8九玉に8八金と打ち込んで、同金、同歩成まで……4一角の詰めろをかけているヒマがない。

 私は、こぶしで自分の額を小突きつつ、お茶を口に含んだ。

「一手違いにもならないのか……負けました」

「ありがとうございました」

 大谷さんは両手を合わせて、南無三なむさんと唱えた。成仏させないでぇ。

「ごめんなさい、7六成桂が詰めろなのに気づいてなかったわ」

「やや見えにくい筋でしたか。5二飛成に代えて、8七金では?」

 私たちは局面をすこしもどした。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


「同成桂?」

「いろいろありそうですが……取りますか」

 私の同玉に、大谷さんは8五歩と叩いた。これも激痛。

「7三の桂馬が大活躍の展開になっちゃったわね」

 私はそう言いながら、9七銀と引いた。

 8六金、7八玉、7六角。

 逃げられそう? 私は1分ほど考えて、4九角と打ってみた。


【検討図】

挿絵(By みてみん)


 これには大谷さんも感心して、

「なるほど、同角成には同飛で、次に3四銀を狙うわけですか」

 と読み筋を確認した。

「あんまり自信ないんだけどね。取らないでしょ?」

「そうですね……取らないほうが安全ですか。8七角成です」

 6八玉は4六銀と出られて終わるから、6七玉と逃げる。

 こうなると、4九角はあまり受けに利いていない。

「これも4六銀です。5七金以下の詰めろです」

「5八歩……いえ、投了ね」

 もっと前で悪かったかなあ。私は、お茶をもう一杯。

「あいかわらず強いわね、大谷さん。さすがは県代表だわ」

「いえいえ、裏見さんこそ……ふたりともリハビリ中ですし、精進致しましょう」

 そうね。3年の秋以降は、受験勉強に集中していた。感覚がもどるのを待ちましょう。

 私たちは生協でお菓子を買って、午後のおやつを楽しんだ。

 大谷さんは、どら焼きをちまちま食べながら、

「ところで、4人目と5人目のアテは、あるのですか?」

 とたずねた。痛いところを突いてくる。

 松平は、正直に「ない」と答えた。大谷さんは、首をかしげる。

「H島から都ノみやこの大に来ている学生は、少なくないように思うのですが」

「どうですかね……先輩はいますけど……」

 それ、聞いてないわよ。私は、だれなのかとたずねた。

清心せいしん三宅みやけ先輩だ」

「三宅先輩、都ノだったの? あのひと、関西志望って言ってなかった?」

「本命の関西私立に落ちたから、こっちの公立に来たらしい」

 ああ、そういう……私が納得していると、大谷さんは、

「そのひとに、連絡を取ってみてはいかがですか?」

 とアドバイスした。松平は、難色を示す。

「声を掛けにくくないですか? 三宅先輩は、処分者リストに入ってる可能性が……」

 そうよね。事務員さんの話だと、元将棋部員はサークル界隈から永久追放らしい。

 三宅先輩は私たちの1コ上だから、3年間なにもできないことになってしまう。

 それに、先輩が横領に関与していたとしたら……あんまり考えたくない。

 大谷さんは、私たちの不安を払拭するように、

「将棋部に入っていたとは、限らないと思います」

 と言った。

「それは、そうですけど……連絡先も知らないので……」

 三宅先輩の同世代に連絡してみてはどうか、と、大谷さんは提案した。

 これには、松平も食いつく。指をパチリと鳴らした。

「その手があったか……よし、裏見、傍目はため先輩に連絡取ってもらえないか?」

「いいわよ。ちょうど顔合わせしたいところだったし」

 私はスマホを取り出すと、さっそくMINEを起動させた。

場所:都ノ大学の学食

先手:裏見 香子

後手:大谷 雛

戦型:角換わり腰掛け銀


▲7六歩 △8四歩 ▲2六歩 △8五歩 ▲7七角 △3四歩

▲8八銀 △3二金 ▲7八金 △7七角成 ▲同 銀 △4二銀

▲3八銀 △7二銀 ▲9六歩 △9四歩 ▲1六歩 △1四歩

▲4六歩 △6四歩 ▲4七銀 △6三銀 ▲5六銀 △5四銀

▲6八玉 △5二金 ▲7九玉 △4一玉 ▲5八金 △4四歩

▲6六歩 △7四歩 ▲3六歩 △3一玉 ▲3七桂 △7三桂

▲2五歩 △3三銀 ▲4五歩 △同 歩 ▲3五歩 △8六歩

▲同 歩 △8五歩 ▲同 歩 △4四銀 ▲1五歩 △同 歩

▲1三歩 △3五銀 ▲4五桂 △8八歩 ▲同 銀 △3七角

▲2九飛 △4五銀 ▲同 銀 △4六桂 ▲4七金 △3八桂成

▲6九飛 △2六角成 ▲5六金 △4八成桂 ▲8七銀 △5八成桂

▲2九飛 △3七馬 ▲8八玉 △3八馬 ▲7九飛 △4七馬

▲4八歩 △同 馬 ▲7一銀 △9二飛 ▲8四歩 △5七成桂

▲8三歩成 △5六成桂 ▲9二と △6六馬 ▲7七角 △8六歩

▲同 銀 △8七歩 ▲9七玉 △6七成桂 ▲6六角 △同成桂

▲8二飛 △7六成桂 ▲5二飛成 △8五桂


まで94手で大谷の勝ち

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