プロローグ
女子大生初日、私は勧誘の嵐にあっていた。
ポニーテールがひっかからないように、スキマをぬって歩く。
「イベント系サークルやってます。よろしくお願いします」
「フットサルしませんか。初心者限定サークルですよ」
「映画研究会です。女優さん募集してます」
次々と手渡されるチラシ。それを巧みにさばきつつ、私は人混みをかき分けた。
ここは、都ノ大学――東京の西にある公立だ。
入学式を終えた1年生が、講堂から吐き出されて、右往左往している。そのなかのひとりだった私は、ふいにうしろから声をかけられた。ふりかえると、スーツ姿の男子が立っていた。うっすらと髪を染めている。その整った顔に、私は見覚えがあった。
「松平、どうしたの?」
松平剣之介――H島の高校で一緒だった男だ。一緒だったと言っても、べつに他意はないから、そこのところはよろしく。同じ部活に入っていただけ。松平は、もみ合いで乱れた前髪をなおしつつ、なにをしているのかと尋ねてきた。
「サークル棟に行ってみようかな、と思って」
私は、小脇にかかえた勧誘チラシの束を見せた。
そして、相手は一枚も持っていないことに気づいた。
「勧誘されなかったの?」
「全部ことわった」
なかなかやるわね。上級生ばかりで、ことわりにくい雰囲気なのだけれど。
「それに、入るサークルは、最初から決めてある」
どうせアレでしょ――私は、一応確認しておく。
「将棋?」
松平は親指を立てて、にっかりと笑った。
「もちろんだ。裏見も、将棋部に入るんだろ?」
「……考え中」
松平は、かたちのいい眉毛を持ち上げて、
「入らない選択肢なんて、あるのか?」
とあわてた。あわてるようなことじゃないでしょ。
「いろいろ回って、それから決めることにするわ」
私はもともと、中学で陸上部、高校で将棋部に入っていた。スポーツ系でも文化系でもいいし、もっと変わり種のサークルでもいいかな、と思っている。
ところが、松平は私の発言を誤解したらしく、
「ま、まさか、イベント系サークルで大学デビューする気かッ!?」
とさけんだ。声がデカイ。
「デビューするなら俺でしてくれッ! 頼むッ!」
あきれた。私は恥ずかしくなって、その場を離れた。
松平の私に対する気持ちは、前から知っていた。高校1年生の初詣に電撃告白されたから、知っているもなにもなかった。そして、その場でふった。嫌いだったわけじゃないけれど、タイミングと雰囲気が最悪だった。それ以来、どうも妙な関係が続いている。
「えっと、サークル棟は……」
私は大学の地図を確認しつつ、どんどん奥へ進んだ。すると、クリーム色の簡素な建物が見えてきた。その入り口から、ラフな格好の大学生が、出たり入ったりしていた。看板や椅子の搬送をしていて、一発でサークルのメンバーだと分かった。
「あ、こんにちは、ミス研です。よろしくお願いします」
スーツ姿だから、目立ってしょうがない。
私はミステリ研究会と書かれたチラシを受け取って、そのままサークル棟に入った。
あまり綺麗じゃないわね。大学生のたまり場だし、こんなもんか。
「裏見ぃ、待ってくれ」
松平が追っかけてきた。ストーカーかい。
「将棋部なら3階だぞ」
「なんで将棋にこだわるのよ?」
「裏見は、H島の高校竜王戦で優勝したろ。入らない手はないぞ。高待遇だ」
「私、過去の栄光でどうこうする気はないから」
あれこれ揉めていると、そばを通りかかった眼鏡の男子が立ち止まった。
ほら、じろじろ見られてるじゃない。
「君たち、将棋部に入りたいの?」
「いえ……その……」
「将棋部なら、このまえ潰れたよ」
……………………
……………………
…………………
………………
「つぶ……れた……?」
松平は、かすれた声で、相手の言葉を繰り返した。
「そ、そんなはずないですッ! 俺が見たときは、HPが更新されてましたよッ!」
「それ多分、先月の話だよね。今月付けで廃部になったよ」
松平は全速力で、近場の階段を駆け上がった。
しかたがない。私もついていく。
部屋割り表を確認し、将棋部と書かれたとびらのまえに向かった。
白いドアに、一枚の張り紙がぶらさがっていた。
【告示】
サークル規則第29条にもとづき、将棋部は無期活動停止とする。
異議申立てがある場合は、4月8日(金)までに、学生課へ届け出ること。
2016年4月1日(金)
都ノ大学学生課/サークル管理担当者