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06 光さす場所






カルディア、ミルフィア、リリアーナの王女一行は王宮の東の車寄せから出発した。それにはもちろん、カルディアに随行する婚約者のルーカスも一緒だ。背もたれにはクッションが敷きつめられ、4人が乗ってもまだ余裕がある。

ルーカスはこれから王妃に面会することと、そして馬車に乗ることに心なしか緊張していた。ただ馬車に乗るのであればいざ知らず、しかしそれは当然のことで、王家の家紋付きの馬車を使うことができるのは王に近しい者に許された特権。公爵家クラスの家でも許されないので、ルーカスにとっては初めのことだろう。


「やはり、身が引き締まります。王家の家紋は軽いものではありませんね…」


居心地の良い馬車で肩を竦めるのはやはりルーカスだ。カルディアの隣に座る彼は“王族”としての第一礼装で固めているために息苦しそうでもある。


「慣れてもらわないと困るわ、ルーカス。これからは共に背負っていくものですもの」


「リリーは、ティア姉さまと一緒ならルーカス兄さまは大丈夫だと思うよ?」


カルディアの向かい側に座ったリリアーナがこてんと首を傾げた。純粋にルーカスを兄と呼びたいのだろうと思う。


「私のことを義兄と呼んでくださるのですか?」


「リリーは兄さまも欲しかったんだー。ね、フィア姉さま?」


「私は…、そうね。ルーカス殿のようなお方なら」


なんとなく、ミルフィアはルーカスに対してあたりが強い。それをわかっているルーカスも「ご期待に添えるよう、尽力いたします」と苦笑いするに留める。王女だから、という事実で下手に機嫌を取ろうとしないところは彼の美点だろうか。


「そろそろ離宮に着く頃ね」


緑の多くなってきた馬車の外の風景を眺め、カルディアはルーカスの手にそっと自分の手を重ねた。何気ない会話のつもりだったが、彼は彼なりに緊張しているだろう。

そう思ってルーカスへ視線を動かすと、彼はわずかに頬を赤らめて反対側向いていた。


「……ルーカス?」


恐る恐る手を離したカルディアは挙動不審な彼を見る。


「…すみません……」


ルーカスはやはり顔が赤い。珍しいこともあるのねとカルディアが頬を緩ませると、ミルフィアとリリアーナは顔を見合わせてため息をつく。


「……お姉様って鈍感だわ」


「こういうの“ジゴロ”っていうのよ?フィア姉さま」


「リリー、それは誰から聞いた言葉?」


「んー、アンセム伯爵夫人かなぁ」


「リリアーナ。それを他で言わないでね」


「はぁい」


ミルフィアが「リリアーナ」と稀に呼ぶときは、真面目に言っていることだと理解する妹は大人しく頷いた。





◆◇◆◇◆◇





王女たちの母、王妃シンシアは稀有なる女性だと言われる。その容貌のことを指すのか、と言われれば是であるが無論それだけではない。

歴代の王妃は慈善活動や慰問に力を入れてきたが、自らが動くことは少なく、せいぜいが寄付などの形骸化したものだ。それに異を唱えたシンシア妃は、王妃らしからぬフットワークの軽さで国内を見聞した。そして彼女自身の見たこと感じたことを夫である王に伝え、数々の政策に反映することに成功したのである。


それ故に、彼女は稀有だといわれた。

しかし、稀有であればあるほど天は彼女に厳しき試練を与えていく。


シンシア妃は、病に侵されたのだ。


それでも公務をこなそうとするシンシア妃だったが、徐々に衰弱していく妻を見ていられなかったのは王その人だった。1人の男としてシンシア妃を愛する王は、彼女に王宮近くにある離宮で静養するようにと申し付けた。


それから約9年、シンシア妃の容体はじわじわと悪化しつつあった。どんな高名な医師を呼び集めても、彼女が快方へ向かうことはないと、同じ診断が下される。


王は、明らかに憔悴した様子で“王家の番犬”に言った。


『…我が娘らの婿を選別せよ。国内外問わず、その婿となる可能性がある者は徹底的に情報を洗い出せ』


そのとき、父の側近として控えていたシリウスは、王女たちの婚約が成されることを理解した。彼女らは王女としての運命からは逃れられないが、それが正しい道なのだと。自分の抱く想いが、無意味なの代物なのだと。



「いらっしゃい」


こじんまりした離宮の廊下を進みながら、そんな物思いに沈んでいたシリウスを引き戻したのは柔らかな女性の声だ。艶めくような金色の髪は神々しいほどに輝き、極力負担をかけない様なゆったりとしたデザインのドレスを身に纏って、シンプルな装飾品で首もとを華やかにしている。シリウスは彼女に対して深々と一礼した。


「ご無沙汰しております、王妃様。ご挨拶が遅れ申し訳ありません」


「顔をおあげなさい、シリウス。あなたがよく務めてくれていることは知っています。今日は、カルディアたちがこちらへ伺ってくれるのでしょう?わたくしはとても楽しみです」


ここは、王妃が静養する東の離宮だ。

今日は王女らとルーカスが訪問するということで、“番犬”がその警護を担当する。しかし、本来影であるべきシリウスがこうして王妃と相見えることは珍しいことだと言えよう。シリウスの父がいれば、情けなさに卒倒してしまうかもしれない。


「…恐れ入ります。王女殿下方も、母君にお会いするのを心待ちにしておられるご様子でした」


「ふふふ、嬉しいわ。……ねぇシリウス。カルディアやミルフィア、リリアーナの婚約者殿はどのような殿方でいらっしゃるの?」


「は…。私のような者が陛下の御心を察するのは難しいかと」


シリウスは目を伏せる。


王妃は、そうですか、と言葉を切り「あの子たちにも、婚約者ができる年齢なのですね」と感慨深げにこぼした。


「…シリウス様」


黒い装束に身を包んだシリウスの部下が急かすように耳打ちをしてきた。壁掛け時計を見やると、カルディアたちの到着時刻が迫っている。


「王妃様、」


「わかっています、引き止めてしまってごめんなさい。……カルディアのこと、よろしく頼みます」


王妃は憂いを湛えた目でシリウスを見つめた。その瞳は、冷たく忠告するものではなく、シリウスの秘めたもの全てを包み込むような温かさがある。


「それともうひとつ、伝えておくことがあって」


シリウスへ体を近づけた王妃の雰囲気が変わっていたのが分かった。ある時は為政者として動いていた頃の王妃と、同じ。シリウスは、ピクリとも動かずにもたらされる言葉を待った。


そして、王妃から紡がれた言葉はシリウスの脳裏に電流を走らせる。


「…御意に」


シリウスは王妃の姿が見えなくなるまで、深く頭を下げたまま動こうとはしなかった。






◆◇◆◇◆◇






「…お母様!」


離宮のエントランスで佇む母を見て、真っ先に駆け出したのはリリアーナだった。高価なドレスの裾をたくし上げて走るのをミルフィアも咎めはしない。


「リリー!」


リリアーナがいつものように飛びついては母が倒れてしまうのではと思った2人だが、母はしっかりと末娘を抱きしめた。


「リリー、…リリアーナ。わたくしの小さなお姫様は、とても大きくなったのね」


「はい!もうワルツもひと通り踊れるようになったの」


「まぁ…。お母様がリリーくらいの頃はワルツの先生が大嫌いだったわ。…ふふ、そうよ、踊れなかったの」


内緒話をするように、時間を埋めるようにして話す母はリリアーナとしっかりと目を合わせている。やはり目を合わせるリリアーナも、話せなかった出来事を伝えるのに必死だ。そしてひと段落ついた末娘と手を繋ぎ、母はミルフィアへ笑いかけた。


「ミルフィア」


「…お久しぶりです、お母様」


「直接会うなら、お久しぶりね。フィアはいつも手紙と押し花のしおりを送ってくれていたもの。あれは全てとってあるのよ?」


「お母様っ!!」


恥ずかしそうに頬を染めたミルフィアは大変可愛らしい。少しだけ棘のある言動をすることが多い為に、その素直な感情を引き出すことができるのは母しかいないと思った。その母は、ミルフィアの頰に手を添えて愛おしげに撫でる。


「もう、照れちゃって。…ミルフィアはそんな風に笑うと、とっても素敵よ」


「…私はお母様みたいになれません」


「わたくしみたいには、なっちゃだめよ?…でもね、フィアは頑張り屋さんで人一倍優しいから。フィアはフィアのままでいいのよ」


ミルフィアが泣きそうな顔になる。そんなミルフィアをそっと抱きしめた母は、耳元に口を寄せて何かをつぶやく。次の瞬間にはふわりと、穏やかに笑ったミルフィアの表情を見て満足そうに母は抱擁を解いた。


「カルディア…あなたとは、ゆるりと話さねばなりませんね。応接間に行きましょうか」


同行するミルフィアとリリアーナには申し訳ないが、別室で待機となる。だが、この離宮には母の全てがあるため妹たちが退屈するようなことはないだろう。はい、と返事をして先を行く母に頷く。しかし直ぐにはその背を追わずに、一歩引いた場所で直立していたルーカスを振り返る。


どうしましたか、と決して隣に並び立とうとはしない彼に言った。


「…どうか隣に。あなたは、わたしの婚約者でしょう?」


その言葉に目を見張ったルーカスは、ゆるゆると目もとを和らげる。ルーカスのそんな表情が嬉しそうな熱を持つと、カルディアまでも嬉しく思ってしまう。


「はい。王女殿下…」


「カルディア、で結構よ。敬語もいらない。…ルーカス?」


「え、あ、…わかり…分かった。善処するように、する」


今まで余裕のあった態度のルーカスが、これほどまでにしどろもどろになるのを初めてみた。クスクスと笑っていると、ルーカスはカルディアの隣に立ったが、照れ臭そうに頬を緩めている。




「…妃殿下、お二人はとても仲がよろしいですね」


ちらりと、背後を確認した女官がそっとシンシアに告げる。ずっと仕えてくれる腹心の女官も、小さな微笑みを浮かべていた。


「ええ。2人は幼馴染のようなものだし、いずれ

そのように(・・・・・)なるべくして仕組まれていた面もあるわ。…それでも、あの子たちが笑っていてくれて、本当に嬉しいの」


王妃ではなく母親として。

定められたレールの上を歩かなければならない娘たちの、

幸せを願わずにはいられない。


どうか、どうか小さな祝福がありますように。


シンシアは祈るように両手を組み合わせた。






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