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3/3

僕は日曜日に奈良に行く。

あの東京旅行から、数か月が過ぎた。


季節は秋から冬へと移り、気がつけば冬休みも終わっていた。


年が明け、学校では三学期が始まった。


冬休みが終わったということは、当然ながら学校が始まるということだ。


そして、三学期が始まって早々、僕には気の重い予定が待っていた。


実力テストである。


「……はぁ」


朝、家を出る前に、僕は小さくため息をついた。


別に、勉強が嫌いというわけではない。


いや、できることならテストは受けたくないけれど。


僕は勉強が特別得意というわけでもなければ、まったくできないというわけでもない。


得意な教科なら、それなりに点数は取れる。


反対に、苦手な教科では思ったように点数が伸びない。


そんな、ごく普通の中学生だ。


将来についても、まだ具体的に決めていることはない。


行きたい高校がはっきり決まっているわけでもないし、今から何か一つの目標に向かって突き進んでいるわけでもない。


ただ、好きなことはある。


鉄道に乗ること。


知らない町を歩くこと。


その土地ならではの景色を見たり、おいしいものを食べたりすること。


そして、自分で旅の計画を立てること。


数か月前、僕は初めて自分で計画した東京旅行に出かけた。


日曜日の朝、家を出て、新幹線に乗って東京へ向かった。


東京駅の赤レンガ駅舎を見上げ、山手線に乗り、浅草を歩き、横浜や鎌倉にも足を延ばした。


予定を立てていた場所もあったけれど、実際に行ってみると、想像していた以上に楽しいことがたくさんあった。


江ノ電の車窓から見た景色も、横浜で食べたシウマイも、帰りの寝台特急で過ごした時間も、今ではいい思い出だ。


あの旅行をきっかけに、僕は少しだけ考え方が変わった。


旅というのは、ただ遠くへ行けばいいというものでもないのかもしれない。


……まあ、そう思ったからといって、テストの点数が上がるわけではないのだけれど。


「そろそろ行くか」


僕は鞄を持ち、家を出た。


学校までは徒歩で約十分。


毎日通っている、見慣れた道だ。


冬の朝は寒い。


手をポケットに入れながら、僕は今日のテストのことを考えた。


国語は、まあ何とかなるだろう。


社会も、そこまで苦手ではない。


問題は数学と理科だ。


特に数学。


公式を覚えていても、少し問題の形を変えられると、途端に分からなくなることがある。


「……まあ、なるようになるか」


そんなことを考えているうちに、学校に着いた。


教室に入ると、すでに何人かのクラスメイトが席に座っていた。


「おはよー」


「おはよう」


いつもどおりの挨拶を交わし、自分の席に鞄を置く。


すると、前の席に座っていた友達が振り返った。


「今日、実力テストやんな」


「せやな」


「勉強した?」


「した……と言いたいところやけど、まあ、それなりに」


「それ、絶対あんまりしてないやつやん」


「いや、ちょっとはしたって!」


友達は笑った。


僕もつられて笑う。


こんな会話をしているけれど、テストが始まれば笑ってばかりもいられない。


やがてチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。


「それでは、これから実力テストを始めます。机の上には筆記用具だけを出してください」


教室の空気が、少しだけ変わった。


さっきまで話していた生徒たちも、静かに前を向く。


問題用紙が配られた。


僕は名前を書き、最初の問題を見た。


国語。


漢字や文章読解は、思っていたよりも解きやすかった。


ただ、古文や文法の問題になると、少し手が止まる。


「これ、どうやったっけ……」


頭の中で習ったことを思い出しながら、何とか答えを埋めていった。


次は数学。


最初の方は解けた。


しかし、後半の応用問題になると、急に難しくなった。


式は立てられそうなのに、答えまでたどり着けない。


時間だけが過ぎていく。


「……あかん、次」


僕は一度その問題を飛ばし、ほかの問題に取りかかった。


英語は基本的な文法なら分かったものの、長文読解で苦戦した。


理科では計算問題を何とか解いたが、細かい知識を問われる問題に自信がない。


社会は歴史の問題が比較的解きやすかった。


それでも、地理の細かい知識や資料を読み取る問題では迷うことがあった。


こうして、長い一日が終わった。


「終わったぁ……」


最後のテストが終わり、僕は机に突っ伏した。


「数学、むずくなかった?」


友達が聞いてくる。


「むずかった。後ろの方、全然分からんかったわ」


「俺も。あれ解けるやつおるん?」


「知らん。おったら教えてほしい」


そんな会話をしながら、僕たちは帰る準備を始めた。


テストが終わったからといって、すぐに結果が分かるわけではない。


むしろ、答え合わせをするまでの時間が落ち着かない。


「まあ、終わったもんはしゃあないな」


そう言って、僕は鞄を肩にかけた。


数日後。


答案が返却された。


国語、八十二点。


数学、四十六点。


英語、六十三点。


理科、五十八点。


社会、七十九点。


合計、三百二十八点。


五百点満点だから、平均すると六十五点ほどだ。


「うーん……」


答案を見ながら、僕は少し考えた。


国語は悪くない。


社会も、もう少しで八十点だった。


一方で、数学はやっぱり厳しい。


理科も、思ったほど点数が伸びていない。


「まあ、こんなもんか……」


別に、ものすごく落ち込むほど悪い点数ではない。


けれど、満足できる結果かと言われれば、そうでもない。


「何点やった?」


隣の席の友達が聞いてきた。


「合計三百二十八点」


「おー、結構取れてるやん」


「数学が四十六点やけどな」


「俺も数学あかんかったわ。あの応用問題、何なん?」


「ほんまそれ」


僕たちは、数学の難しかった問題について話し始めた。


話しているうちに、友達がふと思い出したように言った。


「そういえば、お前、前に東京行ってきたって言うてたやん?」


「うん、行ったで」


「日帰りで東京行くとか、今考えてもすごいよな」


「まあ、結構楽しかったで」


「一番よかったのどこなん?」


「うーん……難しいな」


僕は少し考えた。


新幹線に乗った時間も楽しかったし、東京駅の駅舎を見たときもテンションが上がった。


山手線から眺めた街並みも、浅草の雰囲気もよかった。


横浜ではシウマイを食べたし、鎌倉では江ノ電にも乗った。


一つだけ選べと言われると、なかなか難しい。


「やっぱり、江ノ電かな。線路のすぐ近くに家があったり、海が見えたりして、普段乗ってる電車とは違う感じがしたわ」


「へえー、ええなあ」


「あと、帰りの寝台特急もよかったで」


「寝台特急まで乗ったん!?」


「せやで。寝てる間に移動できるの、なんかすごいやん」


「めっちゃ旅行してるやん(笑)」


友達は笑った。


僕も笑った。


あの旅行のことを話していると、またどこかへ行きたくなってくる。


ただ、東京旅行は楽しかったけれど、移動費もそれなりにかかった。


学生の僕にとって、旅行に使えるお金は限られている。


毎回、遠くまで出かけるわけにもいかない。


「次はどこ行くん?」


友達が聞いてきた。


「まだ決めてへんけど……次はもうちょっと近いところでもええかなって思ってる」


「近いところ?」


「うん。遠くまで行かんでも、楽しめる場所はあるやろ?」


友達は少し考えてから言った。


「まあ、確かに。近場でも行ったことない場所とかあるしな」


「そうそう」


その言葉を聞いて、僕は改めて考えた。


旅というと、どうしても遠くへ行くことを想像してしまう。


新幹線に乗って、何時間もかけて知らない土地へ向かう。


それはもちろん楽しい。


でも、家からそれほど遠くない場所にも、まだ知らない景色や町があるはずだ。


普段の生活では通り過ぎてしまう場所も、目的地として訪れれば違って見えるかもしれない。


そう考えると、次の旅行先を決めるのが少し楽しみになってきた。


家に帰った僕は、鞄を置いてからスマートフォンを手に取った。


地図を開き、近場で行ってみたい場所を探す。


大阪、京都、姫路。


行ったことのある場所もあるけれど、まだ歩いていない場所はたくさんある。


そして、地図を眺めているうちに、一つの場所が目に留まった。


奈良。


「……奈良か」


そういえば、小学校の校外学習で奈良に行ったことがある。


東大寺を見学して、奈良公園を歩いた。


大きな大仏を見上げたことも、鹿があちこちにいたことも、なんとなく覚えている。


もちろん、あのときも楽しかった。


でも、あれは学校の校外学習だった。


集合時間が決まっていて、みんなで一緒に行動して、先生の案内に沿って見学する。


それはそれで楽しいけれど、自分の行きたい場所を自分で選んで、好きなように町を歩いたわけではなかった。


「……もう一回、奈良に行ってみるのもありやな」


同じ場所でも、今度は違う楽しみ方ができるかもしれない。


小学校のときには気づかなかった景色や、気にならなかった場所にも目を向けてみたい。


前に行った場所だからこそ、昔とは違う見方ができるかもしれない。


それに、今回は自分で列車を選べる。


せっかくなら、近鉄特急に乗って奈良へ向かうのもいい。


特急列車に乗ると、普通列車とはまた違った旅の気分を味わえる。


座席に座って、車窓を眺めながら目的地へ向かう。


ただ移動するだけではなく、列車に乗っている時間そのものを楽しむ。


僕は、そういう時間が好きだ。


もちろん、特急料金がかかる。


学生の僕にとって、旅行に使えるお金は限られている。


だからこそ、どこにお金を使うかは大切だ。


食事に使うのか。


現地での体験に使うのか。


それとも、移動時間を楽しむために使うのか。


今回は、近鉄特急に乗ってみたい。


せっかく奈良へ行くのなら、目的地に着くまでの時間も旅の一部として楽しみたいからだ。


「よし……」


僕はスマートフォンのメモ帳を開いた。


行き先、奈良。


目的地、奈良公園、東大寺、それからまだ行ったことのない場所。


移動手段、阪神電車と近鉄。


そして、できれば近鉄特急。


まだ、細かい予定は決まっていない。


何時に出発するのか。


どの列車に乗るのか。


どこで昼食を食べるのか。


予算はいくら必要なのか。


これから調べなければならないことは、たくさんある。


でも、それが楽しい。


旅は、出発した瞬間から始まるわけではない。


地図を眺めて、行きたい場所を探して、列車を調べて、予算を計算する。


そんな準備の時間も、旅の一部なのだと思う。


東京へ行ったあの日、僕は遠くへ行く楽しさを知った。


そして今、身近な場所にも、まだ知らない楽しさがあることに気づき始めている。


遠くへ行くだけが、旅じゃない。


近くにある町だって、目的地にしてみれば、きっと新しい発見がある。


小学校の校外学習で行った奈良も、今の僕が自分で計画して訪れれば、きっと違う景色が見えるはずだ。


僕はメモ帳に書いた「奈良」という文字を見つめた。


まだ何も始まっていない。


けれど、次の旅はもう始まりかけている気がした。


「よし、次は奈良に行こう」


そう決めた僕は、さっそく近鉄特急について調べ始めた。


今度は、どんな景色に出会えるだろう。


どんな列車に乗れるだろう。


そして、小学校のときには気づかなかった、どんな発見が待っているだろう。


考えるだけで、少しわくわくしてきた。


金曜日。


6時間目の授業が終わり、僕は机の上の教科書類を片付けていた。


今週も長かったような、短かったような……。


心の中でそう思う。


明日は土曜日。そして、その次の日は日曜日。


日曜日。


そう、日曜日は奈良に行く日だ。


僕は鞄に教科書をしまいながら、頭の中で何度も日曜日の予定を思い浮かべる。


神戸三宮から阪神電車に乗って、大阪難波へ。


そこから、近鉄特急に乗る予定だ。


だが、ふと思った。


近鉄特急が三宮まで直通してくれればいいのに、と。


お正月には、伊勢神宮へ向かう臨時特急が三宮まで来ている。


「これが定期列車で来てくれればなぁ……」


そんな妄想をしながら、窓の外を見る。


「なぁ、さっきから何ニヤニヤしてんの?」


隣から声をかけられ、僕はびっくりして顔を上げた。


友達だった。


「え? 別になんとも……?」


「いや、絶対なんかあるやろ」


「いやぁ、日曜日にさ……奈良に行こうと思って……」


「また旅行かよ!」


予想どおりのツッコミが入った。


「てか、この前、東京行ったばっかりやん!」


「いや、東京行ったんはもう結構前やって」


「そうやっけ?」


友達は少し考えたあと、まあええわ、という感じで笑った。


「で、奈良で何するん?」


「東大寺とか奈良公園とか。あとは奈良の街でも歩こうかなって」


「なんか修学旅行みたいやな(笑)」


「記憶にないくらい小さい頃と、小学校のときに行ったことはあるで。でも、今回は自分で計画して行くから」


違う。修学旅行でも校外学習でもない。


自分で目的地を決め、自分で電車を調べ、自分のペースで歩く。


気になった場所があれば、少し寄り道してもいい。


そんな自由な旅をしてみたかった。


「まぁ、楽しんでこいや」


「おう!」


僕はそう答え、友達と別れて帰宅した。


家に着くと、まずは日曜日の予定をもう一度確認した。


スマートフォンで予約内容を開き、乗車する列車や座席をチェックする。


特急券。財布。ICOCA。スマートフォン。モバイルバッテリー。


忘れ物がないように、必要なものをメモにしていく。


旅行の準備をしている時間も、僕にとっては旅の一部だった。


まだ家も出ていないのに、頭の中ではすでに奈良へ向かっている。


ふと時計を見ると、22時だった。


ベッドにダイブし、天井を見ながら日曜日のことを考えているうちに、僕は眠ってしまった。


そして、土曜日。


僕は必要なものをカバンにまとめ、明日の朝に慌てないように準備を済ませた。


あとは寝坊しないこと。


それが一番大事だ。


日曜日の朝。


目覚まし時計が鳴る少し前に、僕は目を覚ました。


カーテンの隙間から朝の光が差し込んでいる。


今日は奈良に行く日だ。


そう思った瞬間、眠気が一気に吹き飛んだ。


僕はベッドから起き上がり、身支度を済ませ、軽めの朝食を食べる。


そのあと、忘れ物がないかもう一度確認する。


財布よし。


ICOCAよし。


スマートフォンよし。


カバンよし。


よし、出発だ。


外に出ると、朝の空気が少しひんやりしていた。


いつもと同じ道を歩いて駅へ向かう。


しかし、今日はいつもの外出とは違う。


これから電車を乗り継いで、奈良まで行くのだ。


駅に着き、ICOCAをタッチして改札を通る。


ホームで列車を待ちながら、僕はスマートフォンで時刻を確認する。


ちなみに、僕は神戸に住んでいる。


日本の中では、そこそこ栄えているところだ。


神戸三宮、8時12分発。


大阪難波、8時54分着。


乗車するのは、阪神・近鉄直通の快速急行だ。


やがて列車がホームに入ってきた。


ドアが開き、僕は車内に乗り込む。


やってきたのは阪神1000系。


全車ロングシートだ。


神戸三宮から大阪難波まで約40分。


「40分立ったままは、さすがにきついか?」


そう考えているうちに、どんどん席が埋まっていく。


結局、ロングシートは満席になってしまった。


まぁいいか……。


ドアが閉まり、列車はゆっくりと走り始めた。


いよいよ、奈良への旅が始まった。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


今回は、日曜日に奈良へ行くことを決めた主人公のお話でした。


旅行というと、遠くの街へ行ったり、普段は見られない景色を見たりするイメージがあるかもしれません。


でも、旅行の楽しみはそれだけではありません。


どこへ行こうか考えたり、乗る電車を調べたり、当日を楽しみにしながら準備をしたり。


そんな時間も、旅の楽しみのひとつだと思います。


さて、次回はいよいよ奈良へ向かいます!


主人公はどんな旅をするのでしょうか。


次回も読んでいただけるとうれしいです!

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