送り狼に気をつけろ!
出来ることは限られている。
たった一つだ。
なら簡単なこと。何をどうするか告げないないなら、あとは、剣を抜くか、抜かないかだけ。
冷静になれ。
正しい判断をする必要はない。他人に責任を預けるな。
大切なことは、招いた結果に後悔をしないこと。
後ろ指を刺されても、堂々と胸を張って進み続けることだ。
人混みをかき分けながら、兵舎に向かっていると、
「ない胸を張って、いつになく勇ましいな、セシル」
と失礼なことを言ってくる。
睨むと、同郷のよく見知った顔だ。
ほう、なぜ、お前がここにいる?
などという疑問は、どうでも良い。
取り敢えず、蹴っちゃえ!
「いてぇなぁ。くそ!」
自業自得だ。こっちは、忙しいんだ、ばか!
「相変わらず、足癖が悪いなって、おい!」
ほお、肩を掴んでくるか……。
「そんな、チンピラみたいな顔をするな。親友だろ?」
「俺に、お前みたいな親友はいねぇよ。人違いだ、ばか」
「可愛い顔で言う、その汚い言葉遣いも、昔のままだな」
こいつ、何故そんなに嬉しそうな顔をする。
ちょっと引くぞ。
「あわあわすんなって! ほれ、親友のウルフさまと出会ったんだ、喜べよ」
「お前みたいな奴は知らん。忙しいから、あっちに行けって」
ドンとするが、ウルフは動じない。
「だから、手を離せ」
「離さないぜ」
いやだから離せって!
「いたたた! 手首を馬鹿力で掴むな!」
くそう、頑丈だなあ。
いっそ、切り捨てるか?
「いやいや、待て待て!」
ウルフは、両手を振りながら、離れた。
最初から素直にそうしていれば良いものを、まったく、とんだ無駄だ。
俺は、今、とても急いでいる。
バラカス隊長が生きていたのだ。
それは、レティーシアが襲われたのは、隊長の手引きかもしれないということ。
しかし、この地図……。
「セシル、お前、バラカスさんのとこに行くんだろ?」
くそっ、こいつ仲間か!
斬っちゃえ!
「だから、その、直ぐ剣を抜く癖はやめろ!」
剣先をウルフの喉元で止める。
「バラカス隊長のこと話してもらうぞ」
通りが静かになる。
直ぐに、人々がざわつきはじめた。
「ねぇ、お母さん、あのお姉ちゃんとお兄ちゃん、何をしてるの?」
ふっ、子供は無邪気なものだ。
「めっ!」
母親が子を叱る。賢い女だ。男同士の喧嘩に、口を挟むととばっちりを食らうのは常識というもの。
「あれば修羅場よ! 見ちゃいけません!」
「おい、修羅場だってよ!」
「そういえば、彼氏が彼女にさっき、胸がないとか言ってたぜ!」
おいおい!
「ねぇ、お姉ちゃんのおっぱい小さいの!」
「こら! そんな可哀想なことを言っちゃいけません!」
「あんなに可愛いのに」
「美人なのに」
「嫁になって欲しい」
おい、最後の奴!
俺がなるのは、お婿さんだ!
「セシル、顔を赤くする前に、剣を収めろよ」
くそっ、ウルフの奴、にやけやがって!
「知らん、勝手にしろ! 俺は急ぐ!」
「だから、そっちは逆方向だ。バラカスさんが待っている兵舎は、こっちだぜ」
えっ、そうなの……。
ウルフが、俺の手を引っ張る。
まあ、案内してもらうのも悪くない。
レティーシア達から渡された地図は、大雑把でちっとも役にたたない。
「ねぇ、お母さん、あの二人、手を繋いでどこに行くの?」
「そうね。まあくんも、大きくなったら素敵な女の子と行くところよ」
どこだよ!
ウルフの手を引っ張って剥がす。
「照れるなって」
「馬鹿かお前? 俺は」
「男だろ?」
「そうだよ」
馬鹿にしやがって、ばか!
とにかく、兵舎に着いたら、ウルフ、お前は用無しだからな、覚えとけよ!
「それにしても、セシル、お前、セシルちゃんの姿ってことは、セシルくんは、死んだのか?」
「見れば、分かるだろ?」
「そうか……、それは、良かった」
良くない!
この姿が長いと、男の俺が否定され、消えるような気がする。
それは、絶対に駄目だ。
「お前が、死ぬとか、この町、そんなに物騒なのか?」
「死んだのは、町に着く前のことだ」
「へぇ、派手に死んだな。殺ったのは、バラカスさんか?」
「違う。何というか、俺のミスだ」
「山で足を滑らして、崖から落ちて全身がグシャリとなったか? まあ、そんなドジは無いよな」
だよね……。
「そういえば、お前の妹、元気か?」
ウルフは、手を叩いた。
「お前は、昔からドジだな」
そして、俺の肩に手を回す。
昔から、犬みたいに馴れ馴れしくて、やかましい。
「好きだぜ」
あわわわ?!
「顔を赤くすんなって、男同士で親友なら当たり前だろ?」
「いやいやいや、お前なんか親友じゃない」
離れろ! ドンと押して距離を作る。
こいつ、この姿の時に限って、妙にスキンシップが激しいと思う。
身体が目当てに違いない!
気をつけろ!
「なあ?」
なんだよ!
「そんな怖い目で睨むな」
ほんとっ、嬉しそうだな、そういう趣味か?
「なあ、お前、その身体で死んだらどうなる?」
「知らん!」
死ぬわけが無いじゃん。
「自信家だな……。それでも、剣では絶対に勝てない相手もいることを、知っておいた方が良い」
「この姿で、俺の剣に敵うやつなんていない」
それが存在意義だ。
命を奪って終わらせる、それが俺に出来るたった一つのこと。
「いるぜ。バラカスさんも、ジェヴォーダンの一族だ」
一族は、物騒な仕事を請け負うことを生業としている。護衛として国に雇われることもあるだろう。
そして、強い奴が駆り出されるのは、もっと大きい仕事、戦争といった、人を大量に殺す仕事のはずだ。
「バラカスなんて名前は、聞いたことがない」
「お前は、もっと他人に興味を持て。あの人の獣は、伝説級の獣なんだぜ」
伝説に登場してくる化け物か……。
だから、なんだと言いたい。
「関係ない。剣を抜いた時は、斬るだけだ」
なんであれ、命を奪って終わらせる。
それが、出来なければ、存在は許されない。
「くそ、いいから聞けって!」
「兵舎は、ここだな」
煉瓦造りの建物の前にバラカス隊長は立っていた。
そして、ウルフに告げる。
「心配は無用だ。俺の間合いの生き死には、いつだって俺が決める」