2150年 8月17日
ジョンの死から、二週間が経過しようとしていた。
あれから、柊人の腕は順調に回復し──今では、少し痕が残るものの痛みはなく、完治した、と言える状態になっていた。
だが。彼が、彼らがその心に負った傷は、そのままだ。依然完治の見込みはなく、時折、どうしようもないほど苛烈に、痛めつけてくる。
【Eブロック陥落! そのまま攻め込めッ!】
──2150年、8月17日。
A-3エリア強襲任務が完遂された後、防衛連合即応起動連隊は、その戦場を、要塞外周エリアではなく、要塞に移していた。
当然の話である。ファシット残党軍が潜伏している場所は、要塞外周エリアではなく、要塞の地下なのだ。そこに攻め込まなければ、いつまで経っても活路は拓けない。──そう考えている防衛連合が、A-3エリア強襲作戦に拘ったのには、いくつかの理由がある。
一つ目は、ファシット要塞に潜伏している残党軍を炙り出したかったからだ。潜伏場所と思しきA-Bエリアに最も近い研究施設に攻め込むことで、危機感を煽り、敵兵力を前線に引きずり出す──。
【F、Gエリアの戦線も決壊しました! いけます!】
【件の襲撃のお陰で、シリウスの数は減ってんだ……今がチャンスだぞ! 今しか、要塞に攻め込むチャンスはないッ!】
──二つ目は、A-3エリアが、シリウス生産の要だったからである。
シリウスの製造工程は未だ、防衛連合側にとっては謎だが、何らかの方法によって「製造」されているというのは分かっていた。
──製造されているものを根絶やしにするのに、最も有効な方策は一つ。その製造ラインそのものを潰してしまうことだ。
A-3エリアが占領された今、シリウス生産は滞っている。その影響かは不明だが、要塞部のシリウス戦力は、他のエリアよりも、遥かに少なくなっていた。時折現れるゲリラ部隊には手を焼いているが、それでも、防衛連合は、今までよりも遥かに早いペースで進軍できている。
(……何かが。何かがおかしい。いくらシリウス生産の拠点を潰したと言っても、ここまで防衛が手薄になるものなのか………?)
その出来すぎた快進撃に、柊人は疑念を抱いていた。
今、第四小隊を含む、要塞攻略用の急造隊は、後方の部隊が、砲撃で敵を牽制してくれているうちに、要塞の壁を、梯子をかけて登っていた。──牽制が効いているのか、はたまた、敵の数が少ない所為なのか、その登攀はすんなりと成功。そのまま、要塞の奥部へと、歩を進めることができている。
──と、ふと。第四小隊の前を行く、第一旅団所属、第二大隊麾下の第四中隊が、前触れらしい前触れも見せず、いきなり止まった。彼らは、7月30日のA-3エリア強襲任務後、壊滅していたが、兵員を補充し、再編されたのだった。「BAP試験中隊」という立ち位置はそのままにだ。
【連隊各員に告ぐ。120フィートほど向こうに、ゲリラと思しき人影が見えるが……あれはきっと、これから地下への通路に入るのだろう。そこで我々は、あのゲリラを追跡し、A-Bエリアへの侵入口を探すこととする】
それは丁寧な指示だった。柊人が人と人との隙間から前方を見てみると、確かに、そこにはファシット残党軍のゲリラと思しき男が居た。──軽やかな、ためらいのない動きで、どこかへと向かって走り去っていく。その時に、こちらへと牽制射撃をするのも忘れていない。
それは、ヴァルキリー小隊に所属する、「賛歌」のゲルだった。尤も、そんなことは、柊人を含めた、防衛連合即応機動連隊の誰も知らないのだが。
ゲルは、備え付けられていたトーチカの陰に入ると、そこの壁を押し込んだ。すると、ただの壁にしか見えないそこが、大扉のごとく開放される。──それは隠し扉であった。ゲルは、やはり軽やかな動作でその中に入っていく。
【総員、突撃だ! ──あそこがA-Bエリアへの入り口だぞッ!】
第四中隊新隊長のロジャーがそう叫ぶ。それはさっきの、事務的な口調とは打って変わった、激しい感情の乗った声であった。
それに応じ、防衛連合の兵士達は一斉に駆け出す。向かう先は、勿論、件の隠し扉の方向である。
──その進軍を、銃を構えつつ見ていたゲルは、胸中でほくそ笑んでいた。これは彼の──いや、ファシット残党軍の作戦の一つだったのだ。
(へッ、この間抜けどもが……!)
ゲルが開放したのは確かに隠し扉であり、その内部には、確かに、隠し通路が広がっている。
しかしそれは、A-Bエリアへの侵入口ではない。──それはファシット側が敵を攻撃するために用意した通路なのだ。
兵士達が通路に入った時。彼らは、何か、違和感を覚えた。その正体は、最初は良く分からなかった。しかし、進んでいき、その通路内に「生物」の存在を認めた時、その違和感の正体は明らかになった。
通路内には、大量のシリウスが待ち構えていた。それは、前に第四独立小隊がフォリオン神殿で見た軍勢よりも、更に数が多い、言わばシリウスの大隊だった。
「まさか──まさかここは、挟撃のための……ッ!」
彼らの違和感は、通路が広く、天井が高すぎる、という点からきていた。A-Bエリアは、潜伏のためのエリアだ。その用途上、通路を広く取る必要はなく、むしろ、狭い方が、秘匿性が増す関係上都合がいい。
通路が広く、天井が高い──。それは、シリウスを多数配備するには、これ以上ない環境だ。
言わばそう、挟撃用通路なのだ、そこは。シリウスを使い、侵入者を倒すための。
──と、ふと。彼らが元来た道から、アルファやガンマなどの小型のシリウスが湧き出てきた。それは、要塞に潜伏し、この機会を伺っていた伏兵らしかった。
【奥のシリウスは我々と──第四小隊で片付けさせてもらう! 第一、第二小隊は、入口側を頼む!】
要塞を利用した、シリウスによる完璧な奇襲。しかし、それを前にしても、ロジャーはあまり動じていないようだった。──それは、彼の装着する、BAP-Eに備え付けられた「不安細胞の働きを抑制する」機能のためなのだが、そのことを、柊人は知らない。
いや、彼は今、そのようなことに注意を向けられるほど、余裕がある状態ではなかったのである。
──ジョンの死後、日に日に、恐ろしいペースで進化していく「異脳」による情報が今、柊人の意識の大半を支配していたのだ。
【とにかく、獣兵型は優先して倒せ。他は後からでも何とかなる筈だ】
それを言ったのは荒次郎だった。彼のプロテクターには不安細胞をどうにかする機能はないが、パニックはおろか、動揺すらしていないようである。
そんな彼の言葉を受けてか、兵士達は、一斉にフルオート射撃を敢行した。その銃弾は通路の奥へと向かい、そこに存在している、シリウスを、次々に叩き潰していく。
しかし、如何せん数が多いため、取り漏らしも必然的に出てきてしまう。ベータによる大規模な破壊を許してはいないが、そこに気を取られているため、他のシリウスへの対応が少しずさんになる──ふと、弾幕の間を縫い、一匹のアルファが、彼らに肉薄する。
(──来る)
──いや、肉薄、という表現は間違いだ。そいつは、2メートルほども前進できなかったのだから。
1メートル半ほど前進したところで、そいつは、待ち構えていたようなフルオート射撃を受けて絶命した。──撃ったのは、他の誰でもない、「心の情報」を読み取っていた柊人だ。
彼の異脳は最早、「声」だけを読み取る力ではなくなっていた。心を情報として読み取り、それを活用することで、「動作予測」を超えた予測を実現する。
(二体……三体………)
彼は、殆どのシリウスを五弾以下の弾数で葬っている。──それは、極限の集中力によって可能になる技術だった。かつて、ヴァルキリー小隊の構成員が防衛連合兵にやったように、確実に急所を射抜くことで、敵を素早く無力化する技術。
彼の脳を支配するのは、その異脳によって読み取れる情報だった。その情報は、彼から、他のことに対する集中力を奪うと同時に、戦闘に対する集中力を増大させていた。
六体、七体、八体。機械のような正確さで、柊人はシリウスを殲滅していく。
【あ、危な……!】
ふと。通信回線にそんな声が割り込むよりも僅かに早く、柊人は、地面に膝をついて屈んだ。その手は、外しておいた、腰の多用途式銃剣へと伸ばされているーー。
瞬間。さっきまで彼のうなじがあったところに、大口を開けたアルファが突撃してきた。──噛み付く気である。
柊人はその攻撃を、予め読んでいた──。
彼はそのまま、鞘から多用途式銃剣を引き抜き、今まさに、自分の頭上を通り過ぎようとしているアルファの腹部に、その白刃を突き刺した。
「おおおッ!」
彼は立ち上がりつつ、銃剣が突き刺さったままのアルファを天高く掲げ、地面へと叩きつける。そしてその頭にライフルの銃口を突きつけ、2、3度発砲し、完全に絶命させた。
恐ろしい手際である。──その様はまるで、異脳所有者と、他の者との決定的な差を見せつけているようでもあった。
柊人はアルファの腹から銃剣を引き抜き、再び、殲滅作業に戻る。
ー◇◆◇ー
戦闘は、一時間半ほど続いた。殺しても殺しても湧き出てくるシリウス相手に、兵士達は奮戦し──結果として、敵勢力の全滅、という結果で幕を閉じることとなる。
死んだ兵員は、総勢50人にも及んだ。その中には、当然、第四独立小隊のメンバーも含まれており、BAPを身につけた兵士も、それ以外も、数に偏りはあるものの、等しく絶命している。
──精鋭部隊を揃えての攻略作戦で、それだけの人死にが出た理由は、たった一つ。
北斗七星の最後の星、七番星の名を冠する、盾を持ったシリウスが数体、戦線に投入されていたからである。
「くそ、くそ……! こんなことってあるかよ、畜生!」
死亡数の確認と、ドックタグの回収の最中。報告の声に混じり、そんな声も聞こえてくる。
獣戦士型の持つ力は、他のシリウスの比ではなかった。小銃弾を全て弾く盾に、エータと同じ、火球を吐き出す能力──。攻防が一体となった、歩兵で相手にするには手強い敵だ。
幸いなことに、エータの数は、他のシリウスに比べるとずっと少ない。おそらく、遺伝子パターンが複雑なので、そうやすやすと大量生産はできない、ということなのだろう。
だがそれでも、防衛連合側が被る被害は、エータの所為で確実に増えている。
【各員に告ぐ。損耗率は最早限界を超えている。──我々は一旦帰投するのが賢明だろう。これより、君らには前線基地に帰投してもらう】
ふと、現場責任者であるロジャーがそう言ったので、その場の歩兵達はほっと息をついた。
彼らの傷は、この任務で、確実に増えている。肉体的な傷もそうだが、仲間の死による心の欠落も、少なからずある筈なのだ。
──だが、止まることはもうできない。




