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第四独立空挺小隊作戦記録  作者: 大月櫂音
「記録:シリウス抗争」
21/50

2150年 7月28日


 ──当然のことながら、レイヴがF-Fエリア周辺に居たのには理由がある。軍属の──それも、今後の存続すら怪しい軍隊に所属している士官が、わざわざあんな場所に、無為に出向くはずはないのだ。


 それは、F-Fエリアのフォリオン神殿に生体兵器(シリウス)を集め、いかにも、「ここは重要な施設だ」と、ファシット側が思っているように見せかけるためだった。


 実際のところ、フォリオン神殿は、そこまで重要な施設ではない。そもそも、ファシット教は物質的ではなく、精神的な信仰に重点を置いた宗教である。この非常時において、神殿を、他の何よりも優先することはない。


 ──見せかけの、欺瞞(ぎまん)。それを重ね、ファシット残党軍は、防衛連合を撹乱かくらんしている。


「なあミスト。俺たちって、どうしてファシット教を信仰してるんだろうな?」


 2150年、7月28日。くだんの撹乱任務から帰投し、様々な処理を終えて一息ついたレイヴは、それなりにスペースのある食堂で、仲間にして部下であるミストと話していた。


「──何ですか、不躾(ぶしつけ)に」


 ミストはあくまでも冷静に答えた。これが他の者だと、そうはいかない。例えば、ヴァルキリー小隊のゲルなどは、激昂して飛びかかってくるだろう。そして、それは、他の兵士も同じだ。彼らにとってファシット教は心のよりどころであり、戦う理由であり、世界の全てなのだ。それに異を唱えることは、たとえ仲間だろうと許さない──。


 だからレイヴは、このことをミストに話したのだ。彼も勤勉な宗教家だが、一言目で激昂することはない。


「いや──前の任務で、敵の兵卒が言ってたんだよ。「どうしてファシット教なんか信じてるんだ」ってさ。それで考えてみたんだが、どうにも理由が浮かばなくてな。どうしてだろうな?」


「ふむ……言われてみれば、そんなこと、今までに考えたこともありませんでしたね」


 ミストは手元のコーヒーカップに目を落とし、考えを巡らせ始めたようだった。レイヴもそれにならう。


「──洗脳されているから、ってのは、あり得ないよな?」


 ぽつり、と、こぼすようにレイヴが言った。心をどうにかされ、宗教を盲目的に信じる。その発想が、自分の口から出たものなのに無性に恐ろしく、レイヴは身震いした。


「いえ、それはあり得ないと思います。仮に、本当に洗脳されているとすれば、「洗脳されているかも」なんて、今ここで考えられない──そうでしょう?」


 レイヴの言葉は淡々としていた。別段いつもと変わらない、平常心から出る言葉だ。そのはずである。


「言われてみれば確かにそうだな……じゃあ、なんなんだ」


「──そうですね……それじゃ、命題を変えてみますか? レイヴ大佐、あなたは、フォリオン神話のどこが好きですか?」


 フォリオン神話とは、ファシット教の教典である。世界の成り立ちから、終末戦争インヴァシ・オ・ファシットに至るまでを淡々と描いた神話で、それは思想を伝えるための教典、と言うより、「物語」に近い。


 それを、レイヴは何度も読み返し、細部まで読み込んでいた。


(どこが好きか、か)


 彼の思考は一瞬だった。元々、好感は持っていたのだ。それを言葉にするのは簡単だった。


「読んでると──勇気をもらえるところだろうな。後はそうだな……「勇気をもらえる」ってのとは少しかけ離れるかもしれないが、読んでると落ち着かされるところもだ」


「──成る程。まあ、私も同じような感じなんですが……しかしそれは、子供の頃から「フォリオン神話」に触れてきたから、なんでしょうね。子供の頃に読んだ絵本には、奇妙な愛着を感じる、と言ったような。──それは、戦う理由としては弱いですよね」


「うむ……どうして信じて、どうして戦うのか、か。難しいな」


 言い、レイヴはお冷やを一気に飲み干した。


「──しかし。なんつーか、釈然としない感覚があるな。戦わなきゃいけないから戦う。好きだから信じる、って感じで戦ってきたが……その前提から既に、ねじくれて歪みきってる気がしてならない」


「──どういうことです、それは?」


「俺は、本当にフォリオン神話が好きなんだろうか? ってことだ」


 その言葉に、ミストははっとしたようだった。どうやら、彼にも、少なからずそのような思いがあるらしい。


「勇気を貰える、落ち着かされる──。どっちも違うような気がして、な。「俺」は、本当に、神話に対して、そういう姿勢で向き合える人間なんだろうか」


「……………」


「──自分が、自分じゃないような感覚」


 言い切ってから、レイヴは、自分の困惑がますます深まったのを感じていた。考えが全くまとまっていないのに、無理に言葉にしようとするから、問題が更に複雑化してしまったのである。


「分からない感覚では──ありません。しかしレイヴ大佐、きっとあなたは考えすぎなんですよ。考えないということも、時には必要です」


「そうか………そうだな」


 ──結局、その日の会話は、そこで途切れてしまった。


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