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第四独立空挺小隊作戦記録  作者: 大月櫂音
「記録:シリウス抗争」
20/50

2150年 7月26日-5


「前、いいですか?」


 フォリオン神殿再精査任務終了後。食堂で、柊人は、お盆を手に持ったまま、既にテーブルについていた黒崎にそう質問した。


「ええ。どうぞ」


 彼女がそう答えると、柊人は卓上にお盆を置き、黒崎の向かいの椅子に座り込んだ。


「──ああ、そう言えば、聞きたかったんだけど……」


 その言葉に、柊人は、スプーンへと伸ばしかけた手を止めた。


「今日の任務──どうして、私が狙撃されるって分かったの? あの時、声をあげたのはあなただけだった。他の誰も、気付いてなかったのに……どうして?」


「ああ、それはですね……」


 そこで、柊人は一瞬、言葉を切った。彼女に本当のことを話すべきかどうか、迷ったからである。


 彼は自分の異脳イノヴァツィオーネのことは、荒次郎にしか話していない。アリサの前で見せたこともあったが、あれで全てがわかるはずもない。全てを把握しているのは、彼自身と、荒次郎だけなのだ。


 柊人は、自己顕示欲も、承認欲求も、そこまで強い方ではない。だから、自分の異脳イノヴァツィオーネのことを、おおっぴらに言いふらしたりはしなかった。──もっともそれは、ひがまれたくない、という思いも混じった選択であったが。


(今ここで、黒崎さんに言うべきか……)


 彼は数秒迷い、そして、それを言うことにした。──何故かは、正直のところ、よくわからなかった。


「俺にはあるんです。──心の声を聞くっていう「異脳イノヴァツィオーネ」が」


 その言葉に、黒崎は目を見張った。


「──本当に?」


「はい。あの瞬間、敵兵の「狙撃してやる」っていう心の声が聞こえたので、それで分かったんです」


 さらりと言う。そこには、最早、逡巡しゅんじゅんの響きはない。


「そ、そうなの。それならそうと、もっと早く言ってくれれば良かったのに」


 黒崎は、心なしか、トーンが上がったようにも聞こえる声でそう返した。


 彼女は、荒次郎と同じ異脳イノヴァツィオーネ所有者だ。しかし、管制をするためのものだった荒次郎のそれとは違い、黒崎のそれは、完全に、敵を殺すためのものである。


 超然たる、他のものを寄せ付けない戦闘能力。彼女には、それが宿っていた。


 しかし、他のものを寄せ付けない、ということは、つまり、彼女と並び立てる者が皆無ということである。


 黒崎はそこまで人当たりが悪い訳ではない。しかし、その力を理解できる相手がいない以上、彼女が疎外そがい感や孤立感を抱くのは当然のことだ。


 柊人の登場により、彼女の疎外感は、少しではあるが和らいだ。黒崎はそのことが嬉しいのだろう。


「そう言えば、いつもより、食堂内が静かですね」


 ふと、柊人がそう言った。


 食堂は、任務が終わった後は、たいていやかましくなる。これまでのストレスを発散するためだ。


 しかし、今日は違った。話し声は聞こえるが、誰も騒いでいない。


「──いつもこうよ。人死にが出た後の食堂は」


 人死に。その言葉に、柊人は体を強張らせた。


 フォリオン神殿に土着していたシリウスの数は、これまでのエリアのそれをはるかに超えていた。第四小隊の即応能力は、他の隊と比べても高いが、それでも、今日の任務では、三人の死亡者が出ている。


 ──その後に騒げる人間は、どうやら、この隊には居ないようだった。


 その事実に、柊人は少し安心した。


「そう、ですか」


 見ると、涙を流している隊員も一定数存在している。それらは決まって若手であり、死んだ兵士三人が所属していた、第二班の兵員だった。


「この隊に入って、もう三年になるかしら。──慣れっていうのは、怖いものね」


 そう言ってスープをすする黒崎の顔には、どこか寂しげな表情が浮かんでいた。


「柊人君は……大丈夫なの? その、仲間が………死ぬことは」


「──多分。大丈夫じゃ…ないんでしょう。大丈夫だって、そう思ってはいけないんです。でも、こたえないようにしなければ、戦場には適応できない。だから、えてます」


 柊人は、どこか淡々とした口調で言った。そして、続けて、


「ああ、そう言えば。「水無月上等兵」って呼ぶの、やめたんですね」


 と言った。その言葉に、黒崎ははっとしたようだった。


「あ、ごめんなさい。つい……なんかあなたが、弟みたいに思えちゃって」


 弟みたい。その言葉に、柊人は顔をほころばせた。


「──弟ですか。そりゃ光栄だ」


 彼がそう言うと、ふと、黒崎が意外そうな表情を浮かべた。


「ええと、どうかしたんですか?」


「いや、ただ、意外だなー、と思って。柊人君って、いつも無表情な朴念仁ぼくねんじんで、口数も少ない方だと思ってたから」


 その言葉に、柊人は少し戸惑った。


 ──自分は、そう言う風に見られていたのか、と。


「でも安心したわ。あなたも、ちゃんと同じ人間なんだなぁ、って分かったから」


「ひどいなぁ。じゃあ、今までは人間と思われてなかった、ってことですか? それこそ、機械とか」


 その言葉に、黒崎は小さい声で笑った。食堂のしんみりとした空気を壊さない程度に。


「──ふふ、そうかもね」


「ホントにひどい人だ、黒崎さんは……」


 柊人は、冗談めかした声で言った。


 ──この後、彼らは、しばらく談笑した後で別れた。


ええと、歩兵戦闘車が登場したので、この世界のガソリン事情について補足させてもらうと、この世界の地下に埋まってる石油は、完全に取り尽くされてしまっています。

しかし、この世界の歩兵戦闘車はガソリンで動いています。ーー何でガソリンがあるかと言うと、「人工石油」なるものが、「技術到達点」前に開発されたからです。まだ作中では語られていませんが、ファシット要塞外周Pエリアは、人工石油を生産するためのエリアになっています。

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