2150年 7月26日-4
──フォリオン神殿の外装は、一般的に「神殿」と呼称されるものの定義からは少々外れるようなものだった。
それは塔のようなものだ。別段、そこはおかしくない。キリスト教の神話には「バベルの塔」という不遜なまでに高い塔が存在するし、仏教には、釈迦の遺体や遺骨を安置するための「仏塔」という塔が存在しているのだ。
問題は、その塔が傾斜しているという点にある。フォリオン神殿は、傾いているのだった。まるでピサの斜塔──いや、意図的に傾斜させているので、アラブの「キャピタルゲートビル」だろうか。
どこまでも拓けた高原に悠然と聳え立つ、傾斜した塔型の神殿。それは神々しい、と言うより、理解しがたい異様さをはらんでいる。
(こんな物を信仰しているのか、ファシットの奴らは……)
柊人にはその事実が理解できなかった。彼の前で黙々と進軍するエフライムもそれは同じなようで、どこかやりづらそうな顔をしている。
しかし、第四小隊の面々は、そのような建物には慣れていた。元々、市街地戦や隠密性が重視される遊撃などを想定して結成された隊だ。いくら相手が型破りな建造物でも、「建物」と言う定義から外れていない限り、有効に立ち回ることができる。
塔型の神殿に入った時。先ず目に飛び込んできたのは、無数のシリウスだった。
それも、10や20ではない。──両壁面にスロープが取り付けられた、その吹き抜けの部屋には。ゆうに50を超えるシリウスが存在しているのである。
「じょ、冗談だろ……ッ!?」
驚愕と恐怖の入り混じった、その叫びに呼応するようにして。シリウス達は、一斉に、その肉体に秘められた力で、第四小隊の面々を攻撃した。
虫型は、スロープに体を固定し、口から酸毒を吐き出し、四足獣型は、何の芸もなく突進してくる。しかし、その速度は、獲物へと迫るチーターのように速い。
【焦るな! ガンマの遠距離攻撃は恐るるに足りない! 冷静に対処すれば、アルファだって倒せる筈だろうッ!】
BAPは、シリウスの出現に則して造られた兵器でもある。事前情報があった、ガンマとアルファに対する対策が施された装備なのだ。
なので当然、ガンマの酸毒は意味を成さず──母虫型の生成した毒は防げなかったが──尋常ではない力を持つアルファの牙や爪も、その特殊な合金であしらわれた装甲が防ぎきってくれる。
(甘いーー)
思考しつつ、柊人は、素早くアルファを照準し、その引き金を押しっぱなしにして、フルオート射撃を敢行した。
豪速の弾丸が5つ、真っ直ぐアルファへと向かい──その皮膚にめり込んで、勢いを削がれつつも後方へと抜けた。
──死んでいない。その事実に、彼は歯噛みした。柊人の使う89式小銃は、平均的な火力を持つライフルだが、銃剣を取り付けている関係上、どうしても、弾速と正確性が落ちてしまうのだ。今の攻撃でアルファが死ななかった原因の一端は、そこにある。
彼は、再びトリガーを押し込んだ。今度の銃弾は、しっかりと急所に命中したようで、アルファが、派手に転倒して、そのまま動かなくなる。──そいつは既に死んでいた。あまりにも、呆気ない幕切れだった。
と、次の瞬間。その死体を中心として、小規模な爆発が発生した。それは手榴弾の爆発と同程度のものだった。熱風が辺りへと吹きすさび、衝撃が、遅ればせながら第四小隊構成員へと襲い掛かる。しかし、如何せん規模が小さいので、誰も、吹っ飛びすらしなかった。
【スロープの上──あれは獣兵型だ! 全力で撃ち抜け!】
エフライムが叫び、それに呼応して、何人かの兵士がアサルトライフルで撃ちかかる。
──獣兵型。それは、柊人が、ファシットの地下研究施設で発見したファイルの、そのシリウスであった。二足で立つ、トカゲのような皮膚をした化け物。
SDカードの開析からわかったことは──そいつが有する力が、「炎を吐く」力だということだ。体内で炎を生成し、それを吐き出すことで、敵を殲滅するシリウスなのである。
BAPには、火炎耐性がない。腐食に強い特殊合金は、反面、熱を通しやすいのだ。
だから、彼らは、ベータを速やかに倒す必要があった。自分達の生命に速攻をかけるその存在を、野放しにはできなかったのだ。
【一班員は、集中してベータを撃ち続けろ! あとはどうでもいいッ!】
兵士達は、その全身にガンマの酸毒を浴びながら、ベータへとフルオート射撃を浴びせる。奴そのものは、そこまで耐久力がある生物というわけではなく、直ぐ絶命してしまうが、他のシリウス同様、数が多いので、殲滅には時間がかかってしまう。
「負けられるかよ、こんなとこでッ!」
叫び、自分に必殺の攻撃が命中しないことを祈りながら、銃を撃発させる。──それが、彼らの戦い方だった。どこまでも機械的に敵を殲滅する、ファシットの「ヴァルキリー小隊」とは、僅かに毛色の異なる手順だ。
その一進一退の攻防は、一時間ほど続き──やがて、今までの激しさが嘘だったかのように、ぱたりと止んだ。
勝ったのは、第四小隊側だ。途中、酸毒やアルファの牙などで、二班の構成員が三人、その命を落とし、ベータの火球で、一班の構成員が何人か重篤な火傷を負ったが、それでも、神殿に土着していたシリウスは、鏖殺された──。
彼らは、勝ったのだ。
ー◇◆◇ー
フォリオン神殿の最上階は、雑然としていた他の階層とは違い、吹き抜けになっていた。今までより数段天井が高く、また、左右で空間の用途が違うということもなかったのである。そういう点では、一階と似ていると言えるかもしれなかった。
しかし、最上階の天井はガラスで構成されており、そこからは、燦々と太陽光が差し込んでいるーー。どこか閉鎖的だった一階とは、決定的に違った、開放的な部屋だった。
ここも、彼らの宗教の一部なのだろう。大昔の土着信仰的解釈をするならば、「太陽神の威光を受けるための場所」と言ったところだろうか。
「これは………」
そんな吹き抜けのフロアの一部には、壁画が描かれていた。どこかローマのコロッセオめいた雰囲気のあるフォリオン神殿に、その壁画は絶妙にマッチしているのだが、しかし、その美的センスを理解できる人間は、残念ながら、連隊には一人として存在していなかった。
異形の生物と、自らを焼き切らんばかりに光り輝く星と、悲壮な顔をする人間。それらが、フォービズム絵画のようなタッチで描かれている。
「ここで神殿内のフロアは全て探索しました。──無駄足でしたね」
ふと、壁画を眺めていたジョンが、冷静な声でそう呟いた。
くまなく神殿内を精査しても、手がかりは一つとして得られなかった。──まさしく無駄足だ。少なくとも、柊人にはそう思えた。
「──いや、そうではないかもしれないぞ」
それを言ったのは荒次郎だった。その目線は、相変わらず壁画へと向いている。
その言葉の意味を計り知れた隊員は居なかったが、荒次郎は何やら得心した様子であった。
──全てが謎のまま、作戦は一先ず完遂され、第四小隊は前線基地へ帰投するのだった。
ー◇◆◇ー
その日、柊人は、小隊長であり、優れた「異脳」使いでもある来馬荒次郎特務曹長に、自分の力のことを報告した。
「心の声を聞く」こと。それを聞いた荒次郎は、少し驚いたような顔をしたが、やがて、冷静に「分かった。次からは、それを考慮した作戦を用意しよう」と言い、話を切り上げた。
「心の声を聞く」──。響きはいいが、能力自体は、なんてことのないものだ。そんな声を聞くことができても、先頭に於いては、敵の動作予測と索敵程度にしか使えない。
そして、動作予測は、「異脳」を使わなくとも、プロテクターの機能で実現できるし、索敵は、「声」で行う関係上、そこまでの精度は期待できない。そして、荒次郎ほどの精度が無ければ、索敵によって得られた情報は、却って味方を混乱させるだけの、無益なものに成り果ててしまう──はっきり言って、無意味だった。
──軍隊には適合しない、中途半端な力。柊人はその時、自分の能力のことを、そのように評した。




