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第四独立空挺小隊作戦記録  作者: 大月櫂音
「記録:シリウス抗争」
18/50

2150年 7月26日-3


「よ、よし!」


 荒次郎が鰻型デルタを倒したのと時を同じくして、軽い身のこなしで二班を翻弄していた四足獣型アルファに、一人の銃弾が命中した。


 命中部位は眼球。──無敵を誇るアルファの、数少ない弱点であった。


 しかし、それでも、そいつは悠然と向かってくる。まったくスピードが緩まない。


『舐めるなよ、人間風情が………ッ!』


 アルファには、高度な知能がある。高度、といっても、言語を理解できる点を除けば、精々猿やチンパンジーほどで、極度に発達した人間のそれには遠く及ばないのだが、それでも、他のシリウスにはない知能があるのだ。


 その知能が、今、自尊心を刺激されたことで憤慨ふんがいし、呻いている。──それは、どうしようもないくらいに傲慢ごうまんな人間の思考回路にそっくりだった。


「いい加減──死にやがれッ!」


 ふと。一人の二等兵の絶叫とともに放たれた弾丸が、幸運にも、アルファのもう一つの眼球に突き刺さった。


 今度の一撃は、正確に、アルファの急所を射抜けたようだった。奴は、さっきまでの威勢が嘘のように沈黙し、音を立てて地面へと崩れ落ちた。


『や……やった……!』


 戦場に歓喜の声が響く。肉声ではない、「心の声」だ。


 柊人の「異脳」は、時間とともに強化されているようだった。さっきまでは敵の声のみをキャッチしていたのが、今では、味方のそれも、自分の脳内で正確に処理できてしまっている。


 便利だな、と思う反面、少し恐怖している、というのが、彼の正直な心境だった。


(このまま「異脳」が強化されれば、自分はどこに行き着いてしまうんだ? やがては、射程距離に収められた生物の「声」全てを感知・処理することになるのだろうか? ──そうなれば、自分の脳は耐えられるのか?)


 ふと、無意味な自問をしていた柊人の意識は、歩兵戦闘車の機関砲の音で戦場に引き戻される。


 ──アルファが片付いても、まだ、圧倒的苦境が覆されたわけではない。彼方から、何十体ものガンマが接近してきているのだから。


 ブラッドレーが機銃や機関砲で迎撃をはかっているが、距離が距離だ。全弾命中、とはいかず、何体ものガンマが、弾幕の間を縫って、第四小隊へ接近してくる。


【敵数40! ダメです、まったく数が減りません!】


 全開にされた通信回線に、悲痛な報告の声が響き渡った。──ミサイルの影響で、大分だいぶ数は減ったようだが、それでも、状況が苦しいことに変わりはなかった。その声色からは、一切の希望が欠落してしまっている。


【黒崎兵長! ブラッドレーのハッチから狙撃を!】


 ーーふと、回線に荒次郎の声が割り込んだ。それは指示であった。


【了解】


 その凛とした声は、黒崎兵長のものだ。彼女は、さっきまでずっと、ブラッドレーに乗っていたのである。


 ハッチが解放され、そこから黒崎兵長が身を乗り出す。その手にはアメリカ製「スプリングフィールドM14」が握られていた。命中精度が高いものの、フルオート射撃の制御に難があるオーソドックスなバトルライフルである。


 彼女はスコープを装着したそれを構え、真っ先に射線上に入った母虫型イプシロンを一匹、有無を言わさない豪速の射撃で討ち倒した。


 もちろん、それだけでは終わらない。M14の作動機構は、いつも黒崎兵長が使っている豊和M1500のようにボルトアクションではなく、オートマチックだ。ボルトを開閉する作業が省かれる関係上、いつもよりも素早く射撃できる。


母虫型イプシロンの絶命を確認。他の虫型ガンマの殲滅に集中します】


 手短に言ってから、彼女は再び狙撃に戻る。反動が強いバトルライフルを使っているため、いつもと比べると緩慢とも思えるペースで、淡々と、冷酷に敵を鏖殺していく。


 それに呼応するようにして、第四小隊の進軍も再開された。先刻の鰻型デルタの攻撃で倒れた隊員を、第二班員が、沈黙した方のブラッドレーに強引に詰め込み、彼らは、今までよりも少し遅いペースで、フォリオン神殿に向けて、着実に前進していく。


 ブラッドレーには、運転の技能を持っている隊員がついた。彼は、中で、重篤な火傷を負って倒れていた隊員達をどかし、負傷者・戦闘不能者を前線基地へと連れ帰る役目を担うことになった。


『──くそ、まずいな。近くにアルファが居ないぞ………全滅している……』


 ふと、毒づく声が聞こえてきたので、張り詰めていた柊人の意識は一瞬緩んだ。それは、アルファから「レイヴ」と呼ばれていた男の声であった。


 近くにアルファが居ない。その言葉が意味することはよく分からなかったが、奴が焦っているということは、柊人にも分かった。


 上手くいけば、第四小隊と「レイヴ」──赤髪の男は、鉢合わせるかもしれない。柊人はそう考えつつ、前進していた。


『仕方ない。せめて、あの狙撃手だけでも──』


 ──柊人が、脳内に響いたその声の意味を推し量るのに、それほどの時間はかからなかった。


 あの狙撃手だけでも──殺す。言葉は、そう続くのだろう。ここは戦場だ。命の取り合いをしているのだ。当然、そのような思考も生まれよう。そして、一度銃を持った兵士は──。


 ──その思考を、必ず実行へ移す。


【ブラッドレーに逃げてください、黒崎兵長!】


 柊人は反射的に叫んでいた。全開になった通信回線へ向けて、必要最低限の声量で。


 その声を聞きつけた彼女は、素早く、銃を体の軸に添えつつ、戦闘車の中へ入り込もうとした。


 しかしその刹那、黒崎兵長がその中へ逃げ切るよりも早く、彼方より、鋼鉄の弾丸が飛来した。


(──あ)


 ──音が、響いた。


 それは、ぱきり、という、どこかガラスが砕ける音にも似た音だった。


 いや、似た音、ではない。本当に、それはガラスが砕ける音だったのだ。黒崎兵長の使っているバトルライフルのストックは、グラスファイバーという、ガラスで編まれた繊維で構成されている。


 彼方より飛来した弾丸は、そこに命中したのだ。体の前に銃を構えていたのが、功を奏していたというわけである。


 銃弾はストックによってその勢いを減衰させられ、方向を変え──彼女のバイザーを掠めて、後方へと抜けた。


 ──死んでいない。完全な不意打ちの狙撃を受けたにも関わらず、彼女は死んでいない。


 その事実が柊人を一瞬弛緩(しかん)させたが、しかし、戦闘はまだ続いている。黒崎兵長が、ブラッドレーに入り込む直前の中途半端な体勢で狙撃したのを皮切りに、第四小隊の緊張感は、爆発したように高まった。


【敵影確認。相手は──ファシット軍人です! 800メートルほど前方に居ます!】


 その言葉に、荒次郎は歯噛みした。彼の「異脳」の射程距離は600メートルだ。ギリギリ、その探知が届かない場所に、敵はいたというわけである。


 小隊は一先ず進軍を止めた。これからの方向性を決めなければいけないからだ。


「どうします、小隊長?」


 エフライムが荒次郎へ問いかける。敵は一人だが、第四小隊の戦闘可能要員はまだ何十人と居るのだ。彼を殺すのも、生かすのも自由自在というわけである。


「ファシット軍人は大戦以来──いや、この間の襲撃以来見られていない、貴重な人材だ。捕虜にすべきだろう」


 その言葉に、兵卒全員の意識は引き締まった。目的が決まった人間の行動は早いのである。


『よし、「繋がった」! 駆けて来い、アルファ・ワンッ! ──居住区に帰投する!』


 第四小隊が進軍し始めたところで、ふと、柊人の脳に、そんな言葉が響き渡った。


(「繋がった」……? 繋がっただって……? ──何と?)


 何と、と問いかけてみるが、しかし、それはわかっているようなものだった。アルファだ。あのレイヴとか言う軍人は、生体兵器シリウスと「接続」する、とか、そのような能力があるのだろう。柊人はそう推察した。その力を使い、彼はアルファを呼び寄せているのだ。


(──ま、待てッ!)


 それは肉声ではなく、心の声だった。彼の冷静さは、肉声を押しとどめさせたのだ。


『──何だ、お前は?』


 本来は誰にも届かない、意識下のみでの絶叫。しかしレイヴは、なんと言うことか、それに答えて見せた。


 心の声に、答える。そんなことができるのは、相手の心が読める者のみだ。


(まさか──あんたも、心の声が読めるというのか………!)


『──「も」か。そう言えば、前線基地には、妙な動きをする若い兵士が居たな。まさか、それは君か?』


 今度の柊人の言葉には答えないまま、レイヴは話し続ける。


『君は、心が読めるんだな。だから、この思考を拾うことができている。正直、驚いたよ。君は、普通の人間なのに………』


 普通の人間。それはまるで、この「声」の発信者が、普通の人間ではないかのような言葉であった。


 もちろん柊人は、そのことについて問いただしたいと思ったし、まともな答えが返ってこないと分かっていても、「ファシット残党軍」の内情について質問しなければならなかった。


 ──だが、その刹那。彼の口をついて出たのは、そのどれとも違う質問だった。


(あんたは──あんたは、どうして「ファシット」なんか信じてるんだ………?)


 柊人は、他の何をおいても、先ず、それを訊かずにはいられなかったのだ。


 何のために戦うのか。1年前から、彼は、その答えを見つけられずにいた。ずっと悩んで、そのまま戦い続けている──。 


『それは──』


 ふと、レイヴは言葉を詰まらせた。


 柊人が放ったのは、数秒逡巡しゅんじゅんすることすら不自然に見えるほど、簡単な質問だった。


 どうしてファシットを信じるのか。その理由のために、彼らは戦っている筈なのだ。──そのことは、レイヴも分かっていた。


 だが、今、この瞬間に於いて、レイヴはその答えを出せずにいた。真っ当な言葉も、言い訳じみた思考も、何一つ浮かんでこないのである。


 彼にとって、ファシットを信じることは当たり前だった。コードネームをちゃんと名乗らなかったり、神殿や地上絵などの、物質的な信仰にはあまり心惹かれなかったりするが、しかし、それでも、意識の根幹では、「ファシット」というものへの、純然とした信仰心がある──。


(いや。本当に、そんなものがあるのか?)


 その信仰心の、理由。それがないことに、彼はどうしようもない違和感を覚えた。まるで、ファシットを信仰していた自分が、本当の自分ではないような感覚に襲われた。


 と次の瞬間、レイヴの思考は、特徴的な獣の声に──アルファの声で中断された。さっき呼んでいたアルファが駆けつけたのだ。


【ファシット軍人が、アルファに搭乗して逃走を図っています!】


 通信に、敵の逃亡が報告された。柊人にしてみれば、その報告はあまりにも緩慢なものだったが、しかし、どのみち、レイヴの逃亡を阻止することはできないので、その通信も、そして、自分が、彼の心の声を読んだことも、大して意味がないことのように思えた。


【狙撃はできるか?】


 それを言ったのは荒次郎だった。解放された回線に響いた声なので、誰に、向けた言葉なのか掴みづらいが、この場合、対象になっているのは黒崎兵長だろう。


【ダメです、恐らく相手は、有効射程から外れている──】


 言いつつ、彼女は再びハッチから身を乗り出し、狙撃を敢行した。弾は豪速で高原の空を駆け、やがて、視認すら困難な彼方へ消えていった。


 しかし、叫び声と思しき「心の声」は聞こえてこないので、レイヴも、アルファも、どちらも被弾していないことは確実である。柊人はおくびにも出さないが、呆然としてしまっていた。


 ──また自分は、レイヴを取り逃がした、と。

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