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第四独立空挺小隊作戦記録  作者: 大月櫂音
「記録:シリウス抗争」
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2150年 7月24日

 誠に勝手ながら、アルファの喋り方を修正させてもらいました。変更前までは片言で喋っていましたが、それでは見づらいだろうと思い、普通に喋るようにしました。


 ──2150年、7月24日。


 ファシット要塞の地下には、革靴の音が規則正しく響いていた。それは、ヴァルキリー小隊隊長の大佐、レイヴの靴がたてる音だった。


 ファシット要塞の地下は、兵舎以外は、入り組んだつくりになっている。それは、防衛連合に「地下」の存在を気取られないためでもあったし、要塞外周エリアの各部に存在する非常用通路から、効率よく進軍するためでもあった。この地下は隠れ家であると同時に、進軍のための拠点でもあるのだ。


(しかし──。「一人で来い」とは……どういうことだ?)


 一人で来い。それが、レイヴを呼び出した者の言葉だった。その言葉を受け、レイヴはわざわざ徒歩で、地下施設の最奥部を目指しているのである。


 彼は念を押して、拳銃を携帯していた。いざと言うときはそれを抜き放ち、自己防衛をすることができる。


 ──しかし。それは実際のところ、無駄というものだった。


 その相手に、手をあげることは許されない。そしてレイヴは、たとえその相手に殺されつつあるとしても、右腰の銃を抜き放てないのだった。


 その、相手は──。


「来たか。待っていたよ、レギンレイヴ大佐」


 ──モレコラ・ディヴェルサ閣下。世界転覆を目論んで起こされた「大戦」の主導者であり、ファシット教の二代目教祖。そして、現存するファシット残党軍の、事実上の旗頭でもある男であった。


 その声色は低く、老人と中年の境目のようであるが、しかし、根幹の部分には、どこか強い、信念めいたものを感じるのだった。


 その顔には(しわが多く刻まれているが、そのことは、彼に弱々しげな印象を与えていない。むしろ、激動の時代を生き抜いてきたという証でもあるその(しわ)は、見るもの全てを萎縮いしゅくさせる力を持っているのだ。


「は。遅れてしまい、申し訳ございません」


 世界中の多くの軍隊がそうしているように、レイヴは右手で敬礼をした。それは、純粋な敬意の顕れだった。そこには、何の侠雑物もない。


「ああ。別に、2、3分くらいは構わんさ。私も、そこまで神経質ではない」


 ディヴェルサはそう言った後で、レイヴに背を向けた。その目には、鉄製の大扉が映っている。


 それはカードキーを差し込むことで解錠と施錠をすることができる、電子ロックの組み込まれた扉だった。


「さて。レギンレイヴ大佐。君にはこれから、すべての「核心」を見てもらうことになる。

 それは全ての始まりであり、人智を越えた異形でありーーそして、これからの「希望」でもある」


 物々しい口調で言い切った後、ディヴェルサはカードキーを取り出した。しかし、直ぐにそれを使うということはない。手に持ったままだ。


「よって、ここの情報を他人にもらすことは許されない。そして、ひとたびこの扉を越えた瞬間、君はもう戻れなくなる。死ぬまで、ファシットのために尽くさねばならなくなるのだ。──それを覚悟してもらおう、ヴァルキリー小隊隊長、レギンレイヴ大佐よ」


 厳しげな表情で、ディヴェルサは言葉を紡ぎ終えた。


(死ぬまで、ファシットのために──)


 その言葉の重大性を、レイヴは分かっている筈だった。死ぬまで、ということは、肉体的衰弱による退職も、自由意思による辞職も許されないということ──その人間の自由の全てを、ファシットに奪い去られるということである。


 自由が奪われる、という響きは、レイヴ自身、あまり好ましいものではなかった。しかし同時に、彼は、「それがどうした」とも思っている。


 産まれたときから──彼はファシットとともにあった。受精卵を遺伝子改良することで作り出されたからである。


(他に、行くべきところはない──。ファシットこそが、世界の全て……)


 彼の心には、ひとかけらの迷いもなかった。


「分かりました。この身と魂の全てを、ファシットのために捧げます」


「そう言ってくれると信じていた。それでは、開くぞ」


 言いつつ、ディヴェルサは横開きの大扉をカードキーで解錠した。比較的小さな駆動音を響かせながら、扉が開いていく。


「──これは……!」


 やがて扉が完全に解放され、開けた、吹き抜けの部屋の全貌が見えたところで、レイヴの目は驚愕に見開かれた。意識せず、喉から声がもれる。


「我々の希望だ。──君が、太陽と共にあまねく「明星」ならば、そこにあるのは、人々を導く「北斗七星」そのものだ」


 ──明星は一日に二回、明け方と夕方に、太陽の周辺で観測できる金星だ。その輝きは、壮美な、時間の変わり目の空において、見た目以上の影響を人間に与える。


 ──そして北斗七星は、北の空において、コンパスの役割を果たすのだ。


「私はこれを、「異星物型(レジィナ)」と呼んでいる」


 レイヴの目に入ったものは、最早星物かどうかすら定かではない、「異形」の権化だった。


 「そいつ」──ディヴェルサが「異星物型(レジィナ)」と呼称したもの──は一見すると蛇のようだった。約28メートルほどの横幅を持ち、頭部は、騎士の兜を思わせるようなつくりをしている。


 その体には、殆ど肉がなく、骨が剥き出しになっていた。しかし、その骨はかなり太いため、痩せ細った、弱々しげな生物、という印象はない。


 唯一肉がついている部分は、その下腹部だった。ツチノコのように膨れたその部分には、禍々しい、紫色の肉がある──。


 そして、そいつは縦幅も持っていた。11メートルくらいだろうか。その体を支える器官は有しておらず、今は、杭やワイヤーで、天井に吊るされている。


 ──と、ふと。唖然としているレイヴと、無表情で眼前の光景を見据えているディヴェルサの前で、異星物型レジィナの尾の部分から、何かが射出された。


(いや、違うな)


 射出ではない。これは──「産卵」だ。レイヴはそれを直感した。


 産み落とされたアメフトボールのようなものは、間違いなく卵だ。それは粘液に包まれ、外界の刺激からは守られているようだった。しかし、それでも尚、なにかに反応しているのか、卵はびくん、と痙攣を続けている。


「これは──?」


 レイヴが問いかける。


「可能性の卵──と言う言い方は詩的に過ぎるな。少しの遺伝子改良で、恐ろしい能力を持つ生物に変化する卵だ。聡明な君なら、何の卵か分かる筈だ」


 そう言われ、レイヴは一瞬考え込み──そして直ぐに思い至ったらしく、瞠目した。


「まさか……シリウスの………」


「そう、シリウスの卵だ。全てのシリウスは、異星物型レジィナが産み落とした。虫型ガンマ以外は遺伝子改良が必要だが、それでも、彼女が母親であることには変わりない」


 その言葉にレイヴが首を傾げていると、レジィナが再び、尾部から生物を押し出した。今度出てきたのは、異形の複眼に、鋭い鎌と複雑な構造の翼を持つ生体兵器──ガンマであった。


 どうやらガンマだけは、レジィナがそのまま産み出すらしい。


「彼女は周期的に、大量産卵の日を迎える。それがいつかは分からないが──それのお陰で、シリウスの生産ペースは、なんとか死亡数に追い付いている」


 なんとか。その言葉に、レイヴは一抹の不安を感じた。それはディヴェルサにしては、弱気な表現だったのだ。


「──ああ、そうだ。ミラ、とか言ったか。あの少女は元気かね?」


 唐突に話題を転換され、レイヴは一瞬面食らった。しかし、直ぐに意識を切り替え、返答を寄越す。


「はい。強いです。こんな状況においても、ちっとも疲弊していない──」


「そうかね。──彼女の面倒を見ているのは君だと聞いているが……くれぐれも、大切に扱ってくれたまえよ。なにしろ彼女は、あのBAPの開発主任だ」


 ミラは恐らく、9歳前後だ。本来ならば、まだ、物理学とも数学とも無縁の筈の年頃なのだ。


 しかし、彼女は、ファシット残党軍の技術者が度肝を抜くほど、知力と学習能力、そして、発想能力に長けていた。──それこそ、普通の人間ではあり得ないほどに。だから、BAPなどという、突飛ともとれる発想の兵器を産み出すことができたのだ。


「さて。それでは、私が君をここに呼び出した、本当の目的について話させてもらおうか。ーーレギンレイヴ大佐。君は確か、他の生物と「接続」ができるのだったな?」


「はい」


 レイヴは、自身の「異脳イノヴァツィオーネ」について、ディヴェルサに報告していたのだった。


──全てのシリウスを導く力。その力を指して、彼は「明星」という二つ名を下賜(かし)されている。


「その力を、彼女の──レジィナのために使ってはくれないか」


 そう言うと同時。ふと、部屋の奥から、ぴちゃぴちゃ、という、粘液が滴る音が響いてきた。その音を発するものは、次第に、彼らの方に近づいてくる。


 ──「それ」は、レジィナより一回り小さいが、しかし、生物としては異様な大きさを持つ存在であった。その目は、生体兵器特有の禍々しいものだ。


「彼らはレジィナのための、言わば親衛隊だ。君ならば操れるだろう? 有事の際は、それで防衛をしてくれ」


「有事──ですか。僭越せんえつですが、ひょっとして......「聞こえる」んですか。何か、まずいことが」


 それは、ディヴェルサと、一部のファシット教信者にしか伝わらない言葉であった。


 なので、当然、ディヴェルサにもその意味が伝わっている筈だが、彼が、その問いかけに対して答えることはない。厳しい顔で沈黙してしまっていた。


 ──その横顔には、どこか、諦観でもしているかのような表情が浮かんでいる。

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