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第四独立空挺小隊作戦記録  作者: 大月櫂音
「記録:シリウス抗争」
12/50

2150年 7月22日-1


「それでは、本日の作戦の概要を説明する」


 ──柊人が入隊してから、丁度一週間が経とうとしていた日の事だった。


 彼の所属する、第四小隊第一班は、今、輸送機で、ファシット要塞外周、G-5エリアへと向かっていた。Gエリアはかつて、ファシットが、軍事演習場として使っていたエリアである。


「15分後、我々第四小隊第一班は、G-5エリアへと降下する。──当エリアは、ファシット陸軍が利用していた施設ではあるが、極地戦を想定した施設であるため、降下時は十分気をつけるように」


 機内には、エフライム伍長の澄んだ声だけが響く。


「降下後、我々は、土着したシリウスの殲滅を行う。また、本作戦は、弾薬消費の激しいものになることが想定される。銃器の準備だけは念入りにしておけ。──ああ、それと」


 ふと。そこで、エフライムは柊人の方向を向いた。


「水無月上等兵は、黒崎兵長の護衛についてもらう」


 そう言われたので、彼は、反射的に黒崎兵長の方を見やった。


 それで、こちらを向いていた兵長と目が合う。彼女は、どこか期待したような目をしていた。


「はい」


 柊人が答えると、エフライムは再び指示を飛ばし始めた。


「黒崎兵長は、地上部隊の作戦行動のバックアップだ。降下後は、事前に確認しておいた狙撃位置へと速やかに移動し、支援行動に徹してもらいたい」


「了解しました」


 黒崎兵長は、一切の隙をうかがわせない冷ややかな声色で、エフライムに言葉を返した。そして、結んだ黒髪をプロテクターの中へと押し込み、ヘルメットを装着してバイザーを下す。


 ──その手には、ボルトアクションライフルが握られている。


 -◇◆◇ー


 そこはG-5エリアの施設が一望できる、小高い丘の上だった。


 ここ数日、ジョンと話していた柊人は、黒崎圭子兵長について、それなりに情報を仕入れていた。


 (いわ)く。彼女は、柊人と同じく、適合指数が高い兵士なのだとか。


 曰く、「兵長」という階級は、圧倒的な才能と、狙撃手としての才覚を持つ黒崎のために設けられた、特別な階級なのだとか。


 曰く。


そのスコープに納められた獲物は、まるで死神に魅入られたように、数秒のうちに絶命するのだとか──。


「水無月──上等兵?」


ふと。声をかけられたので、柊人は、銃を操作する手を止め、地面に膝をついて銃の整備をする、彼女の方向を向いた。


「何ですか、黒崎兵長?」


「最初に、言っておくことがある」


 何を言われるのか推測できず、柊人は内心、少し緊張した。


「あなたに課せられた任務は護衛よね? だから、あなたには、私を守護する義務があるんだけど──」


 そこで、彼女は言葉を切った。銃の整備が終わったからだ。そのまま地面に伏せる彼女を、柊人は困惑して見下ろすのだった(偉そうだが体制上仕方がない)。


「観測手を務める必要はないわ。突発的な襲撃への備えだけ、お願い」


 その言葉に、彼は、はあ、としか答えることができない。


 黒崎兵長が、ただ一人で「狙撃手」のスタイルをとっていることは知っていた。


 だが、いくら、狙撃に一点集中していると言っても、使っているのはボルトアクションライフルだ。連射速度と、シリウスの耐久を鑑みれば、敵の取り漏らしが出るのは必至。


 そのうえで、観測手を務めるな、とは、どういうことだろうか?


 黒崎は、慣れた手つきでボルトを引く。


 ──その瞬間。彼女は完全に「入って」しまった。その目は猛禽類のように鋭く、眼光だけで、二等兵の二人や三人ならば射殺してしまいそうである。


 がしゃり、と。ボルトが元の位置に押し戻され、ライフルに弾が装填された。


 ──次の瞬間、柊人は悟った。どうして、ジョンが「死神」などという物々しい形容を、同じ班の仲間に使ったのか。どうして、彼女のためだけに「兵長」などという階級が出来上がったのか。


 ──それは。


 黒崎圭子の能力が、「規格外」と形容する他ないほど、飛び抜けているからである。


(──死……神…)


 柊人は、眼前の現実が信じられず、思わず、ジョンの言葉を心の中で反芻してしまった。


 何の風情も感慨もなく。彼女のライフルから放たれた弾丸は、真っ直ぐに、施設内の、致命的な位置にいる敵を貫いている。その弾の全ては、同じ系統の生体兵器シリウスならば、殆ど同じ位置に命中しているのだった。


 ──その弾を受けたシリウスが、起きがってこない。


 どういうロジックかは不明だが、殆どのシリウスは、彼女の初弾で絶命しており、そして、そうでないものも、立ち上がり、こちらへ向かうことが困難になっているのだった。


 まさに死神。ボルトが素早く銃弾を運び、引き金が引かれると、生体兵器はばたばたと倒れていく。


 彼女は驚異的な速度でボルトを操作し、引き金を引いている。そのため、前方に敵は居ない。


 だが、後方は違う。黒崎は、背後には全く気を配っていない。


(護衛を、心から信頼してくれてる、ってことか)


 その信頼を侮辱してはいけない。柊人はそう思考し、小銃の有効射程に入ってきたばかりの、高原に自生する虫型ガンマをセミオート射撃で倒そうとした。


 しかし、そいつは弾丸一発では死ななかった。弾を左腹部に受けたまま、何事もなかったかのように、狙撃地点まで向かってくる。


(なんで──黒崎兵長は一撃で殺せるんだ……?)


 それが不思議だった。だが、今はそんなことを考えている場合ではない。彼はそのまま、もう三発弾丸を撃ち込んでガンマを葬り去ると、銃を下げた。もう敵はいないだろう。このエリアの殲滅はかなり進んでいる。


 ──しばらくしてから、防衛連合国即応起動連隊、第四小隊第一班によるG-5殲滅作戦は、見事成功に終わった。

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