2150年 7月22日-2
G–5エリア殲滅任務終了後。その日の食堂で、柊人はジョンに問いかけた。
「黒崎兵長の「あれ」って、どうやってるんですかね?」
それは問いかけ、というより、彼女への畏敬を確かめているかのような言葉であった。
「ああ、今日の護衛はお前か。──見たんだな」
ジョンはコーヒーを啜った後で、静かにそう言った。その目には、どこか懐かしむような色がある。
「ええ。凄まじかったですよ。ジョンさんが「死神」って言ってたのも納得です」
「だろう? ──で、どうやってるか、だがな」
パンを食いちぎり、彼は冗談めかしたように言う。
「異脳──異脳の力らしい」
「──異脳?」
漫画のような名称が出てきたので、柊人は一瞬戸惑った。
異脳。それは、読んで字の如く、異質な脳のことだ。
「稀にあるって話だぜ。BAPの脳波調整で、「無視」を活性化する作用以外の、言わば副作用が生まれる、ってことが。ファシットの2代目教主……モレコラ・ディヴェルサが提唱した言葉らしいぜ」
「脳に、副作用──」
ジョンの言葉を繰り返しつつ、柊人は、自分の「心の声を聞き取る」力のことを思い出していた。
理論的に説明ができないうえ、まだ能動的に使うことができないので、報告などはしていないのだが、それでも、彼には、「異能力」、いや、「異脳力」としか呼べない力が備わっているのだった。
(あの能力は、「そういう」ことだったのか? 脳が望まない形に変容し、異質なものが目覚めた、と?)
自問しても答えは出なかった。そして、そうこうしているうちに、ジョンは次の言葉を紡いでいる。
「んで、あの死神サマは、その「稀」を引き当て、特別な力を手に入れたから、あんな芸当ができるわけだな。まるで死神の鎌だ──」
「──私で随分物騒な話をしてるわね。ん?」
ふと。ジョンの言葉を遮るように、凛とした声が響いた。──黒崎兵長その人の、冷ややかな声である。
「しかし、事実だろ?」
全く悪びれずにジョンがそう返したので、柊人は少しばかり不安になった。階級制度を遵守するなら、ジョンの口調は明らかに、上官に対する不敬だ。しかし、彼女はそんなことなど気にしていないかのように、言葉を返した。
「死神なんて、私には似合わないわ」
「じゃあ、何なんだよ?」
そう訊かれ、彼女は数秒考えた挙句、空いている席に座り込みつつ答えた。
「──天才狙撃手?」
「自分で言うのか……」
「しかし、事実でしょう?」
そう言われてしまうと、どうとも言い返せないのだが──。ジョンはそういう顔をした。彼女の実力はよく知っているのだろう。
「ええと、それで。黒崎兵長の狙撃のカラクリは、何なんですか? 二発以下で生体兵器を葬るなんて──」
柊人の口をついて出たのは日本語だった。そのままの勢いで「人間業じゃない」と言いかけたが自制し、彼は返答を待つ。
「──ん? なんて言ったんだ?」
「狙撃のカラクリを教えてくれって。まあ、そこまで大したことはしてないんだけど……」
そう言って、彼女はふと、こめかみを押さえた。そうして、一瞬だけ苦悶の表情を見せてから、語り始める。
──「適合者」は、BAPによる脳波調整で、負荷を受けない筈なのに。
「さっきそこの彼が言ってたように、私は、プロテクターの脳波調整で、脳が異質な変化を遂げた」
言いつつ、彼女はコーヒーをすする。その目には、やはり、はっきりとした疲れが見える。
「その結果、見えるようになってしまったのよ。──BAPを起動してる間だけ、生物の「弱点」が」
弱点。その言葉に、柊人は目を白黒させた。
生物にはすべからく弱点が存在する。それはどこかの内臓であったり、眼球であったりするわけだが、それが「見える」とは、どういうことだろうか? 柊人にはそれが分からなかった。
「ああ、透視能力じゃないわよ? そう言う分かりやすいものじゃなくて、もっとこう──ツボ、みたいな」
「ツボ、ですか」
ツボを押す、「鍼灸治療」には柊人も一度、お世話になったことがあった。彼は昔、首が尋常ではないほど痛んだので、近所にあった鍼灸整骨院に行ったのだ。
その効果は絶大だった。科学的な裏付けは何もない、とも言われているが、少なくとも柊人は、その効能を信じている。
「そう、ツボ。そういう類の「弱点」が、私には見えるのよ」
それはつまり、黒崎兵長からすれば、視界に映る全ての生物は、急所をむき出しにして、つまり、丸裸で歩いているようなものなのだということだ。その気になれば、その「急所」を撃ち抜いて殺すことができる。
「ことシリウスに於いては、その「弱点」が顕著なの」
「──顕著?」
戦闘用に改造されたシリウスの「弱点」が顕著とは、どう言うことだろうか? 思わず、柊人は丁寧語を忘れてそう問いかけていた。
「多分、幾つもの生物のDNAを掛け合わせているから、でしょうね。色んなところに「空洞」だとか「がた」だとか言ったものが出てしまって、致命的な「弱点」が出来上がってしまった」
色々な生物のDNAを掛け合わせている、と言われているシリウスは、確かに脅威だ。チーターの如き足の速さに、ジャガーの如き顎力を持つ四足獣型は、かつての二班班長を、抵抗すら許さず葬り去った。
だが、その一方で、彼らは、致命的な弱点を持っているのだ。
柊人は、地下施設での戦闘を思い出していた。最後、眼球に銃弾を受けても向かってきたアルファは、その腹を銃剣で突かれて絶命した。あの時は何も違和感を感じなかったが、今、冷静になって考えてみれば、あれだけの生命力を持つ生物が、銃剣の一撃で死ぬのはおかしい。
──だが、弱点を突かれた場合は別だ。あの時、あの瞬間、柊人は偶然にも、弱点を突くことに成功していたのだろう。
「だから私は、そこを突いて、シリウスを倒してる。私の技術は、人体の構造を知り尽くした上でする外科手術と同じなのよ。──別に、大したことじゃない」
異脳があれば、誰にでもできる、と。そう言い切った黒崎は、静かにコーヒーを啜った。
「そういうもんですかね?」
「そういうものよ」
それらの言葉は、食堂の喧騒に揉まれ、しばし響いた後ーー最初から何もなかったかのように、消えて失せた。




