第3話 先生の家が取り囲まれる
先生の家に着くと、先生は俺に向き直り、真剣な顔で告げた。
「アルタス。いいかい。もうじき、追手がこの家に来るよ。それまでに逃げる準備をするからね。手伝ってちょうだい」
そう話す先生の顔には、もう憂いは残っていなかった。
「わかった」
俺は大きくうなずいた。
先生は、うんとうなずき返す。
「その前に、ちょっと着替えてくるよ」
見ると、先生のほとんど焼け落ちたローブの裾から、白い生足が覗いていた。
俺は、その姿に少しどきりとした。
◇
着替えを終えた先生は、旅装束に身を包んでいた。
黒いローブ以外の服を着た先生を見るのは初めてに近く、なんだか新鮮だった。
先生は、片手に持っていたリュックサックを俺に手渡した。
「これは魔法のリュックサックでね。なんでも入るんだよ」
俺がリュックの口を開けて持っていると、先生は次々と物を放り込んでいった。
「まずは、仕事道具からだね」
薬草や調合道具、そして完成している魔法薬を次々とリュックに入れていく。
不思議なことに、いくら物を詰めても、リュックは膨らまなかった。
作業を見守りながら、俺は気になっていたことを尋ねた。
「先生。なんで、あんな濡れ衣を着せられたの?」
最近、町で流行している疫病の原因が先生にあるという噂は、俺も知っていた。
「ああ。そのことか」
先生は手を止めずに答えた。
「あの疫病は、高熱や悪寒に襲われ、やがて手足が黒紫色に変色して、命を落とす。 黒死病という名前くらい、お前も聞いたことがあるだろう?」
黒死病……
聞いたことがあるどころではなかった。
今や、その名を町で聞かない日はない。
「大体、正体不明の出来事が起きると、その矛先は魔女や魔法使いに向くもんなんだよ。王国の医師たちも原因が分からず、困っているようだね。民衆に説明できない以上、誰かに責任を押しつけたくなったんだろう」
そして、先生は俺を見た。
「あの病については、私も自分なりに調べていた。その過程で、実際に患者のもとを訪れたりもしていたからね。余計に噂に火がついたのかもしれない」
「それで、先生が疑われたの?」
「ちょっと、軽率だったのかもしれないね」
そう言って、先生は苦笑した。
「さあ、無駄話はおしまいだよ」
先生は俺の背中を軽く押した。
◇
「次は、書物だよ」
先生と俺は地下室に降りた。
先生は保管されている書籍を次々とリュックに放り込んでいく。
「先生。そんな手当たり次第に入れて、取り出すときに困らないの?」
「ああ。欲しいものを頭に思い浮かべながら、リュックに手を突っ込むんだ」
先生はそう言って、リュックに手を突っ込むと、先ほど入れた薬草をつかみ出した。
「なるほど。便利だね」
「ただし、何を入れたか忘れてしまった場合は、二度と取り出せないのが欠点だがね」
先生は、にやりと笑った。
地下室にあるすべての書物を詰め終えると、俺たちは地上に戻った。
次に先生は、衣類や食料を詰め始めた。
小麦の袋、野菜、燻製肉。
食べかけのパンや食器類まで、どんどん放り込んでいく。
「まるで、ごみ箱だね?」
「心配いらないよ。なんせ、放り込んだ状態そのままで取り出せるからね」
◇
そのとき、家の外に人の気配を感じた。
窓から覗いてみると、夕焼けを背に、兵士たちが家の周りを遠巻きにぐるりと取り囲んでいた。
手には、それぞれ松明を持っている。
「先生……」
「思ったより早かったね」
そう言って、先生は俺の杖を指さした。
「お前の杖も、リュックにしまっておきな」
「わかった」
俺は杖をリュックに放り込んだ。
そのときだった。
「魔女オルフィナ! 出てこい! そこにいるのはわかっているんだ!」
怒号が響いた。
「行くよ」
先生は俺の手を引いて、表へ出た。
「先生。危ないよ!」
「大丈夫。すぐに家に戻るから」
表に出ると、取り囲んでいた兵士たちがざわついた。
一斉に矢が向けられる。
矢の先端には火がついていた。
火矢だ。
家ごと燃やすつもりなのだろう。
「気をつけろ! どんな魔法を使ってくるか、わからないぞ!」
隊長と思しき兵士の怒声が響く。
先生はすうっと息を吸った。
「私はどうなっても構わない。この子だけは助けてくれませんか? この子は無関係なんです!」
隊長は、その声が聞こえなかったかのように手を挙げた。
先生は俺を引っ張るようにして家の中に戻り、ドアを閉めた。
「撃て!」
同時に隊長の合図が響く。
ドスドスッ。
矢が家の壁に突き刺さる音。
バチバチと火が燃える音が続く。
窓ガラスが割れ、火のついた矢が部屋の床に突き刺さった。
「先生、どうしよう?」
すると、先生は片足をリュックの口に差し入れた。
「先生? この中に入るつもり?」
驚く俺に、先生はうなずいた。
「ああ。後でちゃんと取り出しておくれよ」
そして、真剣な顔で俺を見る。
「お前は、このリュックを背負って家を飛び出すんだ」
先生は俺の目をじっと見つめた。
「私は、死んだことにするんだよ!」
そう言って、先生はリュックの中に身を沈めていった。
……そういうことか。
俺は先生の入ったリュックを背負い、勢いよく家を飛び出した。
兵士の群れに飛び込んだ俺を、兵士たちは取り押さえた。
背後では、先生の家が真っ赤になって燃えていた。




