第1話 先生、火炙りにされる
「魔女が火炙りにされるらしいぞ」
その噂を聞いたとき、俺は、先生のことだ、とすぐに気づいた。
刑の執行は今日の正午。
もうすぐだ。
「くそっ!」
俺は部屋の奥に隠していた杖を取り出すと、家を飛び出した。
「間に合ってくれ!」
石畳の道を全力で駆け抜ける。
広場へ向かう人々の姿が見えた。みな、これから始まる見世物を楽しみにしているかのように、足取りが軽い。
「魔女だってよ。とうとう捕まったんだな」
「森に住み着いていた、あの女だろ?」
「何人も呪い殺したって話だぜ」
「まったく、恐ろしい話だ」
好き勝手なことを言っている。
先生は誰も呪い殺してなどいない。
そもそも、あの人は……。
◇
俺は、先生に匿われて育った。
もっとも、物心つく頃には、すでに先生のところで暮らしていたので、そんなことは全く知らなかった。
それどころか、俺は先生のことを母親だと思っていた。
先生が俺の母親ではないことを知ったのは、六歳のときだった。
「お前が赤ちゃんの頃、お前の本当の両親がお前を私のもとに連れてきたんだ」
「俺を?」
「うん。この子を匿ってほしい、ってね」
先生は少し伏し目がちになって、続けた。
「このままでは、この子は殺されると」
「殺される? 俺が?」
「そうだ。アルタス」
「なぜ?」
「お前は赤子の頃から魔力にあふれていた。癇癪を起こすと家の物が壊れ、機嫌が良いと体ごと宙に浮いたりもしていた」
「それで、俺の両親は俺を怖がって?」
「アルタス、それは違う。お前のの両親は、お前を愛していた」
先生は、俺の頭を優しく撫でた。
「ただ、この国では魔法使いは異端なんだ。王国や教会に見つかれば、一生幽閉されるか……」
先生は、一瞬、言葉に詰まった。
「殺される」
「殺される!」
俺は思わず声を上げた。
「なぜ?」
「魔王が勇者に討伐されてから百年。かつての英雄たちは、もういなくなった。そんな世の中に、強力な力を持つ者は必要ない。いや、必要ないだけではない。恐れられ、忌み嫌われる存在なんだ」
「恐れられる? 俺が?」
絶句する俺を、先生は心配そうに見つめた。
「お前の両親は、私ならお前の力を抑えることができる。そう考えたんだろうね」
あのとき聞かされた話は、今でも大きな衝撃とともに、よく覚えている。
一生忘れることはないだろう。
そして、あのときの先生の寂しげな表情も。
その話を聞いて、当時の俺はすべて合点がいった。
先生は、町のはずれの森の中にひっそりと暮らしていた。
そして、薬草に魔力を込め、魔法薬を作ることを生業としていた。
そう。
先生は魔女なのだ。
ただし、先生が使える魔法は、魔法薬を作るためのものだけだった。
攻撃魔法はもちろん、火を灯すような簡単な魔法さえ使えない。
それは町の人たちも知っていた。
だから、先生は危険な存在とは思われていなかった。
むしろ、先生の作る魔法薬は病気によく効くと評判で、町の人たちからは親しまれており、森の小さな家には、たびたび薬を求める客が訪れていた。
それに、先生は当時から二十歳くらいにしか見えない美しい女性だった。薬の効能だけでなく、その容姿に惹かれて通ってくる客も少なくなかったのだろう。
そういえば、先生は俺が小さい頃から、容姿がほとんど変わっていない。
そのことを尋ねると、
「わたしは、これでも八十歳だよ?」
先生はそう笑って答えた。
「ええっ! 先生、年を取らないの?」
俺が驚いて聞き返すと、
「これは呪いなんだ。年を取らないっていうね」
「呪い?」
俺は、呪いという言葉が恐ろしく、それ以上聞くことができなかった。
そんな先生には、もう一つ、驚くべき才能があった。
魔法に関する膨大な知識だ。
先生自身は魔法薬を作る魔法しか使えない。
しかし、魔法の理論や歴史、呪文の構造、魔力の制御方法など、魔法に関することなら何でも知っていた。
先生の家には地下室があり、そこには魔法について書かれた書物が山のように保管されていた。
俺はその地下室で、先生からいろんな魔法を教わった。
先生は自分では使えない魔法も、理論から丁寧に教えてくれた。
そして、魔力を制御する方法も。
そのおかげで、町の人たちに俺の魔法を見られることはなかった。
修業は、俺が成人を迎え、先生の家を出る十五歳まで続いた。
先生は、俺にとって母親であり、師匠だった。
◇
俺が広場に到着したとき、そこはすでに野次馬であふれかえっていた。
俺は人々をかき分け、前へと進む。
そして、視界が開けた瞬間、真っ先に目に飛び込んできたのは、広場の中央に立てられた柱に縛り付けられた先生の姿だった。
いつもの黒いローブ姿。
長い髪が風に揺れている。
目を閉じていた先生が、はっとしたように顔を上げた。
目が合う。
「来てはいけない」
先生の唇が、そう動いた。
そのとき、広場に王都の役人の声が響き渡った。
「この魔女こそ、王都を襲う疫病の元凶である!」
「これより、魔女の火刑を執行する!」
その宣言に、群衆から歓声が上がった。
そして、それを合図に、先生の足元に積まれた薪に火が放たれた。
瞬く間に炎が燃え広がる。
「あああああっ!」
先生の悲鳴が、広場中に響き渡った。




