第一章7 『レールカの誤算』
最初に予知夢で彼女を見たとき、これこそを運命というのだと私は理解した。とは言っても、あの代償のせいで彼女の姿は肉眼では確認できない。魔力の密接か、予知夢の中で見た光景でしか私の視界に彼女は映らない。
だが、気配でわかる。
ルーメル・レールカ。
薄い紫色の、腰まである長い髪が特徴的な女の子。
虚な目をした彼女は――底が知れない『化け物』だ。
私――エクセレーネの魔女であるイリオスは予知夢で見た彼女を今にも忘れない。予知夢に映し出された景色の追加で見た彼女の置かれていた境遇――それがまさに理不尽そのものであったのだから。
しかし、彼女はあの最悪な境遇から一人で抜け出せる手立てを立てていたはずなのだ。実際にそれを遂行できる方法もあったはずなのである。しかし、敢えて自分が置かれている劣悪な境遇を放置し続けて、全てを受け入れていた。
何より――実の親の最低な会話を聞いた上で、夜会に行く判断を下した意味がわからない。
『レールカはダメだ。あいつは一人では何もできない』
『あの子はきっと、いつかきっと人を狂わせるわ』
『――――』
『悪魔よ。生きていてはいけない』
『――――』
『産んでしまった責任をとらないと』
『ならば……やはり殺すしか……』
『ダメよ。子供を殺したら罪に問われるでしょう。散々よ、あの子に人生を狂わされるなんて』
『――では、どうすれば』
『いい考えがあるわ』
『レールカを罪人にして、この家から追放するの。私たちはあくまでも被害者。だってそうよ――』
『あの子、不気味なんだもの』
それを盗み聞いていたレールカ。
その上で明らかに罠である夜会に、喜んで『行く』と二つ返事を下し、とても楽しそうにしていた。
知りたい。彼女の真意が。深い底が。私はその一心で彼女に嘘をついた。予知夢で私と結ばれ、接吻を交わしたのだと――レールカにヘンテコな嘘をついてしまったのだ。
何より、私がそれを望んでいないというのに。
彼女を知りたい気持ちはある。だが恋情を抱き、接吻となると話は別だ。
『魔女』の呪いが彼女にまで侵攻する可能性がある。
しかしながら、実際に彼女と話してみれば己の欲を抑えきれそうにないのが問題だ。もっと知りたくなる。
どうして底知れない何かを隠しておきながら、こうも普通の少女を装うのか。魔力を通してでしか視界が開けない男からの好奇心など、迷惑であるはずなのに。
加えて厄介な魔女だぞ?
しかしながら、常にレールカのことを考えてしまう。
どうすればレールカが私に全てを打ち明けてくれるのか。どうすれば彼女から好かれることができるのか。
否――それよりも私を『魔女』ではなく、一人の人間として見てくれたレールカは何者なのか。
わからないが、ともかく今は目の前のことに集中するべきだ。
「ルーメル・レールカ、彼女の無罪を証明する。まずはそこからだ」
広々としている綺麗な執務室内に、厳格な姿勢を示しているイリオスの声が響き渡る。イリオスは自分に向かって跪いている四人の従者に指示を出したのだ。
すると、一人の従者がイリオスに問いかける。
「恐れながら、我々には力があります。ハフルス王国だけでなく――そもそも、国という概念そのものを壊してしまえばいいのでは?」
「ならない。それではルーメル・レールカの罪人という立場は変わらないままだ。世間からその印象を物色させる必要がある。同時に――レールカを罪人だと仕向けた輩を炙り出せれば一番だがね。後始末は私が呑み込んで終わりだ」
否、本当の一番はそれをレールカに悟られないまま完遂することだ。無罪が証明されたと彼女に知られたら、きっとここを出て戻るべき家に戻るはずだから。
「僭越ながら、貴方がそこまでルーメル・レールカに執着する理由を教えていただきたく存じ上げます。居場所をなくした者を匿い、搾取する人間から搾取する――『魔女』の宿たるそれに従った場合、今までそうしてきたように国自体を呑み込んでしまえば済む話」
「――――」
「なぜ無罪を証明する必要が?」
確かに彼の言う通りだ。
だが、私は不意に笑みを浮かべてそれを否定する。
「彼女に試されているんだとしたら……気が気ではないからなぁ。応えてやりたくなるものだろう?」
我々は間違えても正義の味方ではない。
強者に歯向かう意思がある人間の味方なのだ。
それはまだ私が魔女でなく人間の域にいた頃、その頃の『魔女』から言われた言葉だ。
◇◆◇
『魔女』というものは当人の意思次第で受け継がれる。
魔女になれば不老となり、加えて無限にある魔力と呪われた血がついてくる。それを書物を読んで理解したレールカはこれを利用するしかないと考えた。
自分の余命はあと五年。長くても二十一歳までしか生きられない。この家から逃げられたとしても行き倒れになる。このまま価値を失くして散っていくのは嫌だ。
家族から虐げられて、ほぼ使い物にならなくなったこの足はぎこちないがまだ動く。そのうちに何とか『魔女』を利用して、この家から逃げるしかない。
なにぶん、『魔女』は弱者を救い、弱者から搾取する強者を破滅させているらしい。英雄を気取っているのだ。ゆえにレールカが完全な弱者を装い、それで助けてくれる日を待つ。
否――待つだけでは生温い。
デビュタントの日を、私の十六歳の誕生日を利用するのだ。私を厄介に思っている父と母はきっとそこで行動を起こすことだろう。
というより、そう考えてくれるように仕向けるまでだ。
私が強者から搾取される弱者たれば――きっと『魔女』はきてくれる。あとは演技力だ。私がなんとか弱々しい演技をすれば、そこで魔女に漬け込める。そのため、自分すらも弱者であるのだと常々考え、騙してきた。
私は無価値な人間であると。
そしていずれは、『魔女』の座を奪うために。
◇◆◇
しかしながら、レールカには一つの誤算があった。
逃げるための手立てを複数立てていたとはいえ、レールカは今まで気づかなかった。
私は面食いであったのだ。
イリオスの顔。頭に浮かべるだけでも胸が高鳴る。
彼が近づいてきたら何故か顔も赤くなるし、彼の物腰の柔らかさも正にタイプだ。頭がおかしくなる。
――どうしてイリオスが『魔女』なの?
魔女の座を奪う、それ即ち今の魔女を殺すと言うこと。
魔女を殺めれば魔女になれる――そうして魔女という名の呪いは絶えることなく受け継がれているのだ。
わかっている。魔女を殺す覚悟は当にしてきている。
しかし、好きになってしまった人を殺められるほどレールカは無情ではない。少し頭が回って、どんな時も冷静でいられるだけの齢十六の女の子だ。精神力が少し強いだけの、年相応の女の子なのだ。
――だからこそ、心の奥底では諦めようにも諦められてなかったのだと思う。父や母からもらう愛情を。人としてもらう権利があるはずの親からの愛を。
「その、大丈夫かしら? レールちゃん」
頭を抱えていると、隣にいるネリーハから心配された。
そうだ。今は朝ごはんだ。目の前にあるこの朝ご飯を前にしたら目をキラキラと輝かせざるを得ない。
それはパンケーキだった。チョコレートとクリームがふんだんにかけられているパンケーキ。初めてみた。
そのため、私は椅子に腰をかけてナイフとフォークを片手ずつに持つ。貴族らしい豪華な食卓――それを通り越して、贅沢すぎる朝ごはんだ。
周りにはネリーハ以外に人はいない。
広々としている食卓の割に寂しさを覚える光景だが、パンケーキを前にしたらどうだってよくなる。
少しサブキャラのプロット作成が追いついてないのでしばしお待ちを。心と執筆時間とプロット作成時間に余裕が生まれ次第再開します!m(_ _)m




