表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

昇天の階(しょうてんのきざはし)

 その国、**光冠王国コロナリス**において、「光」は生存の証明であり、絶対的な階級そのものであった。王族は皮膚から黄金の燐光を放ち、その輝きが強いほど、神に近いとされる。


 だが、この眩耀の国に、一切の光を持たぬ漆黒の肌で生まれた王子がいた。

 名は、**ナディリス・ヴェスペル・デ・コロナリス**。

「コロナリス王国の、もっとも深き夜(天底)」という意味を持つその名は、祝福ではなく、彼を奈落へ突き落とすための重石であった。


生後三日、彼は陽光の届かぬ「地底塔」へと放り捨てられた。

彼に与えられたのは、通称**「ナディル」**。そして、一度でも天を仰げば全身が発火して灰になるという、魂に刻まれた強烈な**「しゅ」**であった。


---


地底塔の壁は、湿った苔と、過去に捨てられた者たちの腐った脂でぬらぬらと光っている。

ナディルは、爪が剥がれ、指の骨が露出してもなお、垂直の壁を登り続けた。

彼の鼻腔を突くのは、地下水の錆びた鉄の匂いと、己の傷口から滴る血の生臭さ。

だが、その悪臭の中に、時折、上層から零れ落ちてくる「コロナリスの栄華」が混じる。薔薇の香水、焼きたてのパン、そして——圧倒的な「光」の予感。


のぼる。コロナリスの頂へ。すべてを、この手に」


彼の**成り上がり**への執着は、もはや生存本能を超えていた。

空腹を満たすためではなく、ただ「天頂」という概念を犯すために、彼は闇の中で筋肉を研ぎ澄ませ、数万回、数億回の試行錯誤を繰り返した。


ある夜。あるいは昼か。

彼の指が、ついに石造りの滑らかな床を捉えた。

王城の最深部、玉座の間へと続く回廊である。


---


回廊を抜けると、そこは黄金の輝きが満ちる円卓の間であった。

中央には、年老いた父王が、眩いばかりの光を放ちながら鎮座している。

その輝きはあまりに強く、ナディルの漆黒の皮膚をじりじりと焼き始めた。


「……来たか、コロナリスの不浄よ」


父王の声は、重厚な鐘の音のように響く。

ナディルは、燃え上がる肉体の痛みに耐えながら、醜く歪んだ笑みを浮かべた。

「ああ。地底のナディルから、玉座を奪いに来たぞ」


彼は、呪いの制約を思い出した。

**「天を仰げば、灰になる」**

だが、彼は首を曲げなかった。眼球だけを剥き出しにし、上へと向け、父王の頭上で輝く「光冠」を凝視した。


その瞬間、世界の色彩が反転した。


---


ナディルの全身が、猛烈な勢いで発火した。

しかし、それは彼が「死ぬ」ための火ではなかった。


彼が王冠を、そしてその向こうにある「空」を視認した瞬間、光冠王国コロナリスそのものが、そして国中の「光」が、猛烈な勢いでナディルの漆黒の肉体へと吸い込まれ始めたのだ。

父王は一瞬で光を失い、ただの干からびた肉塊へと成り果て、崩れ落ちた。

国中の貴族たちが放っていた燐光が消え、世界は一瞬にして絶対的な「無」の闇に包まれる。


ナディルは気づいた。

彼にかけられた呪い「天を仰げば灰になる」とは、処罰ではなかった。

**「光を飲み込み、世界を灰にする」という、太陽を喰らう『特異点』としての本性を封じ込めるための、最後の結界だったのだ。**


ナディルは、今や自分自身が「唯一の光源」となった玉座で、暗闇に怯える国民たちの悲鳴を聴いた。

彼は、成り上がった。

だが、彼が手に入れたのは「光の王国」ではない。

**彼が輝けば輝くほど、周囲のすべてが漆黒の灰へと変わっていく、永遠の虚無という名の支配であった。**


ナディルは、灰になった父の残骸を優雅に踏みつけ、誰にも見えない闇に向かって、冷酷で、かつ恍惚とした声を響かせた。


「ああ……。ようやく、コロナリスは私と同じ色になったな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ