表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/12

虚空の曼荼羅(こくうのまんだら)

 宇宙の果て、事象の地平線にへばりつくように浮かぶ監獄惑星「アビ」。

そこには、銀河連邦が最も恐れる犯罪組織『無相会むそうかい』の残党が潜んでいる。


宇宙刑事・ゼンは、チタン製の戦闘スーツに身を包み、凍てつく真空を歩いていた。彼の背負った重力十手グラビティ・ジッテが、獲物の「業」に反応して、カチリと鳴る。


「ゼンよ。まだ追ってくるか」


通信波に混じるのは、組織の首領、老いた道化師のような声。

ゼンの執着は、正義感などという高尚なものではない。彼は、この宇宙から「悪」が消えることを何よりも恐れていた。悪が消えれば、それを取り締まる「刑事」という己の存在理由が、宇宙のちりとなって消えてしまうからだ。


彼にとって犯罪組織とは、魂を繋ぎ止めるための、唯一の錨であった。


---


ゼンは、廃墟となったドームの奥へと踏み込む。

鼻腔を突くのは、古いオイルの焦げた匂いと、線香の煙に似た静電気の香り。ドームの中央には、虚空を見つめる巨大なホログラムの仏像が鎮座していた。その指先には、組織の幹部たちが、まるで数珠じゅずの珠のように数万個の冷凍睡眠カプセルに収められ、円環を成している。


「これこそが我が組織の最終形態。すべての個を消し、一つの『コム』へと昇華する儀式だ」


首領アクーが笑う。

ゼンは、その笑い声を遮るように、しゅを唱えた。


**「——同定アイデンティファイ。個体識別番号:零。真実のシュを以て、汝を定義する」**


ゼンの放つ光条が、首領の影を地面に縫い付ける。

この「定義」こそが、宇宙刑事に与えられた絶対の拘束。名を与えられた者は、その名の通りの役割から逃れることはできない。


「お前は『大悪党』だ。逃げることも、消えることも、死ぬことも許されない」


ゼンは首領アクーの首筋に十手を突き立てる。

首領の顔が歪む。恐怖ではなく、憐憫れんびんに。


「哀れなのはお前だ、ゼン刑事。お前は私を捕らえたいのではない。私という『標的』がいない世界に、一秒たりとも耐えられないだけだ」


格闘の最中、ドームの隙間から銀河の光が差し込む。

それは美しく、あまりにも無慈悲な静寂だった。遠くで超新星が爆発し、音のない断末魔を上げている。その光がゼンのバイザーに反射し、彼の眼差しを銀色に染めた。


ゼンの指先が震える。

この男を殺せば、組織は壊滅する。

組織が壊滅すれば、ゼンの物語は終わる。


彼は、自らの内に煮えたぎる「業」を自覚していた。

彼は首領アクーを殺さなかった。代わりに、自らの戦闘スーツを解除し、自らの心臓に直接、プログラムを打ち込んだ。


---


数年後。

銀河には、新たな巨大犯罪組織『シン・無相会』が誕生し、各地で破壊の限りを尽くしていた。


その首領は、かつて最も優秀だった宇宙刑事と同じ顔をしていた。

そして、その組織を追うのは、かつての首領が若返り、新たな「名」を与えられた新米刑事であった。


追い、追われる。

殺し、生かされる。


永遠に完成することのない曼荼羅の中で、彼らは踊り続ける。

宇宙という巨大な空虚を、自分たちの「執着」という名の色彩で埋め尽くすために。


それは、宇宙で最も醜く、そして、星々さえも嫉妬するほどに美しい、共依存という名のハッピーエンド。。。


「さあ、定義しよう。私の新しい敵よ。お前がいないと、私は私になれないのだから」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ