第18章 エピローグ
これで最終章となります。
アシュフォード様はこう言った。
「シャーリー様、この度無事に三年に進級できることが決まりました。
ですから、来年にはこちらで貴女のお手伝いをすることができると思います」
「飛び級ができたということ? ただでさえ、早期入学したというのに?」
私は驚きの声を上げた。
本来ならアシュフォード様は今年学園に入学するはずだったのだ。
しかし、去年受けた模試試験の結果があまりにも素晴らしかったために、特例措置で入学式後に編入したのだ。
それなのに今度は飛び級だなんて。優秀な子だということは分かっていたけれど。
「そんなにすごいことではありませんよ。学園で学ぶ内容がすでにシャーリー様とレックスから教えられていたからに過ぎませんから」
彼はどうということもないと、あっけらかんと笑いながらそう言った。
たしかに執事のレックスは、私がこれまで教えを請うたどの教師よりも博識で、教え方が上手だった。
けれど、彼と私は幅広い知識の基本となることしか教えていない。
つまり彼は一を聞いて十を知ることのできる天才的な頭脳の持ち主だったようだ。
けれど、彼はまだ十五歳なのだ。そんなに人生を急いでどうするの?
ただでさえ毒を飲ませられた後遺症で何年も大切な時間を奪われてしまったというのに。
「アシュフォード様、そんなに急がなくてもいいのです。
マクレミアン伯爵家の使用人は元々皆優秀です。それに加えて、レックスを始めとする優秀なロウランド家の皆さんが加わったので、私はずいぶんと助けられているのですから」
結局、我が伯爵家は元からの使用人はそのままで、ロウランド家の使用人を雇うこととなった。
薬剤省から請け負う仕事が増え、そのために人手が必要になったからだ。もちろん、人員の手当分は国から支払われている。
王太子殿下の配慮のおかげだった。
私が当主になったばかりのころは、あんな若くて、しかも病弱な女が領地をしっかりと守れるのかと、社交界では噂になったという。
しかしとある夜会でそれを耳にした王太子殿下が
「元々前当主は一切仕事をしていなかったのだぞ。それなのにマクレミアン伯爵家は問題なく運営されてきた。その理由を察せない愚か者は一体誰かな?」
と鼻で笑いながら周囲をゆっくりと見回したらしい。当然その場が凍り付いたらしい。
ただでさえ美しく整い過ぎて冷え冷えとした印象を与えるフランドル殿下。そこに怒りが含まれたとしたら、さぞかし恐ろしかったことだろう。
殿下は一度目にした物(者)、耳にした音(声)を決して忘れない方なのだから。
「若い時間はあっという間に過ぎ去ってしまいます。
ですからこの貴重な時間をもっとゆっくり楽しんでくださいな。お友達ともたくさん交流して」
私が諭すようにそう言うと、彼は笑顔のままでこう応えた。
「人との繋がりは貴族にとってとても大切ですから、シャーリー様やマクレミアン家のためにもちゃんと交流していますからご心配はいりません」
「いえ、そういうことではなくてね、貴方自身のためにという意味よ」
「ですからから、シャーリー様のために役に立つ人間になれることが僕の幸せですから」
「そんなことばかり言っていると、周りのご令嬢から誤解されて、誰からも婚約話が来なくなってしまうわよ?
いくら貴方が優秀で素敵だったとしても」
私が老婆心ながらそう口にすると、アシュフォード様の顔から笑顔がサッと消えた。
「婚約の話など不要です。僕にはすでに心に決めた方がいますから」
「えっ?」
「僕は一年前、ある方に言われました。大切な人がいるのならつまらない遠慮や見栄は捨てて、ただがむしゃらに前進しろ。手に入れたい宝物はいつ誰に奪われるか分からないのだからと。
その方は誰よりも何によりも大切に思っていた方にゆっくりと時間をかけて思いを告げようとしていたのに、抗えない巨大な波に呑み込まれて、その宝に手が届かない場所へ流されてしまったのだそうです。
もっと早くに彼女の手を取っていたら、どんな荒波の中でもきっと二人で乗り越えられたはずなのにと悔やんでおられました。
だから、僕におっしゃったのです。共に生きて行きたい、離したくない女性がいるなら、絶対に機を逃すなと。
それを聞いて僕はハッとしました。僕の思い人は姿も心も大変美しい魅力的な方なのです。しかも年上で、すでに成人されていますので、いつ誰かに奪われてしまうか分からないとことに気付いたからです。
焦ってあたふたしだした僕に、その方が今度はこう言ってくださったのです。
『君が一年後と言わず、すぐに学園に入り、しかもスキップして二年後には彼女の側に立てる見通しをつけられると誓うなら、その間だけは彼女に悪い虫が付かないように、私がそれらを追い払ってやろう。
だが、それ以上時間がかかるようなら、彼女のことは諦めろ。いつまでも女伯爵を独り身のままにしておくわけにはいかないからな』
と。
だから僕はこの二年間、がむしゃらに頑張ってきたのです。
そしてようやくあの方に認めていただけることができたので、こうして訪問させてもらったのです」
アシュフォード様の顔は今まで見たことのない、真剣で大人びた表情をしていた。
普段からセリーヌから鈍いと言われてきた私だったか、さすがに彼が何を言いたいのかはわかった。
この国に独身の女伯爵なんて私しかいないのだから。
それにこの一年、沢山の釣書が私に届けられたけれど、返事を返す前にその話は全て断ち切れとなっていたことを思い出したし。
それは父親のことや、私がアレルギー体質で面倒な女だと知ったせいだと思っていた。
しかしそうではなくて、フランドル殿下が妨害していたのか……
一年前、伯父が言っていた言葉が頭に蘇ってきた。
「お前は本当にあの方に大切にされているのだね。ありがたくて心の中で涙が出たよ」
殿下は私のことを心配してくださっていたのだ。
私が伯爵家の存続を望んでいないことを感じ取って、つまり生涯独身を貫こうとしているのではないかと。
しかし、それほど体が丈夫ではない私が女の身で独身のまま、当主、領主として治めていくのは困難な道だと心を痛めておられたのだろう。
だからこそ私に良いパートナーが必要だと考えられた。そしてアシュフォード様が殿下のお眼鏡が叶った相手だったということなのだろう。
とはいえ、私はアシュフォード様より四歳も年上である。もし長く待たされ挙句に上手くいかなかったら、その後で別の方を探さす羽目になり、条件がかなり悪くなる。
そんな事態を回避するために、殿下は彼に厳し過ぎる条件を突き付けたのね。
でも私は、どうせ生涯独身のままでいいと考えていたので、彼にはのんびりと成長して欲しいと思っていた。
優秀な執事が二人になったし、家令もまだまだ元気だ。だから彼を急がせたくはなかったのだ。
けれど、正直、彼が私のために必死に努力してくれたことを嬉しいと感じた。
恩義のために私を補佐するのではなく、誰かに奪われたくないと思ったと言われて、むず痒いというか、恥ずかしくて悶えそうになったわ。
自分にそんな乙女心があったなんて、十九のこの年まで知らなかった。
「シャーリー様、初めて貴女とお会いした日から、ずっと貴女をお慕いしてきました。
約束の二年が過ぎてしまったので、もうあの方から守ってもらうわけにはいかなくなりましました。
このままではいつ貴女を奪われてしまうか心配で、学業に身が入らなくなりそうで怖いです。
ですから、どうか口約束で構わないので、将来僕と結婚すると言っていただけないでしょうか」
黙り込んでしまった私に不安になったのか、先ほどまでの大人びた表情から、年相応のオドオドした顔になったアシュフォード様がそう言った。
そんな彼を見て、やっぱり可愛いらしくて天使みたいだわと思った。
でもそれは以前のように弟としてではなく、一人の男性としてだったわ。そう少しだけ色気を含んだ大天使。
だから私は少しだけ彼を見上げながら告げた。
「私も貴方が可愛らしいご令嬢に奪われるのは嫌だわ。それに貴方が不安になって卒業が遅れるのも。だから、きちんと婚約しましょう。
そして半年後に行われる王太子殿下とセリーナの結婚式には、ただの義弟ではなく私の婚約者として一緒に参加してくださいね」
すると、たった今婚約者となった四つ年下の可愛いアシュフォード様は、破顔して私を思い切り抱き締めたのだった。
フランドル王太子はシャーリー以外の女性を愛することはできなかった。しかし、将来の国王として独身を貫くことはできなかった。
そこで婚約者選びを始めたのだが、天才である彼を理解できるような相手を探すことはかなり難しかった。
第一王子の婚約者だった公爵令嬢ならば、すでにお妃教育を終えていたので都合が良かったのだが、自分の婚約者が毒を使って人を暗殺しようとしていたと知って、ショックを受けて療養生活に入ってしまった。
そして、年ごろの高位貴族令嬢のほとんどが、すでに婚約どころか結婚してしまっていたのだから。
そんな八方塞がりの状態にいたとき、薬草省の執務中にセリーヌからこんな提案されたのだ。
「いくら政略結婚とはいえ、そのうち愛情を求められることもあるでしょうし、夫婦円満をずっと演じるのは大変ではありませんか?
でも私なら陛下に妻としての愛情は決して求めませんし、別の女性を思い続けていても気にしませんよ。
薬の研究を続けることだけ許可してくださるのでしたら、妃としての必要最低限なことはいたしますよ。
私は恋愛感情持てない人間なので、これまで通りに上司と部下として信頼し合えていけたらそれで十分ですし。
とはいえ、王家にはもちろん後継者が必要ですから、子供も二人まででしたら産んでもかまいません。
私は普通の結婚はしたくないし、できないのです。
ですから、お互いに利害は一致していると思えるのですが、殿下はどう思われますか?」
あまりに突拍子もない提案にさすがの王太子も面食らった。しかい頭が切れ切れの彼はすぐさまこのプランに乗ったのだ。
初恋の相手しか愛せない男と、人間愛はあっても誰に対しても恋愛感情を抱くことのできない女。誰にも迷惑をかけずにお互いの望みが叶う。最高のカップリングだと思ったからだった。
毒草という共通の趣味を持っていた二人は、すぐに趣味仲間、職場仲間、となって付き合い始めた。その後無事に結婚をしたのだが、夫婦としての愛情は最後まで湧かなかった。
それでも『子宝草』と呼ばれる『ドラノミン草』から作った薬のおかげで二人の王子をもうけ、それなりに仲良く助け合って上手く国を治めた。
そしてそんな変わり者二人を、マクレミアン伯爵夫妻が適切な助言をしながらずっと支えていた。そのことは、王宮の人々にとって周知の事実だったという。
これで完結です。
最後まで読んでくださった皆様に感謝します。




