第1章 婚約解消
40,000文字ちょいくらいの連載で、話は完結させています。
順次投稿予定ですが、初日と2日目は続けて2回投稿するつもりです。恋愛部分は後半となりますので、最後まで読んでもらえると嬉しいです。
ハッピーエンドですが、作者としては珍しく悲恋も含まれています。
「シャーリー、君には悪いと思うけれど、婚約を解消して欲しい。
これ以上君の後始末をし続けるのは無理だ。耐えられない」
学園の創立記念パーティーの席で、ハリトン伯爵令息のギュスターヴが、その整った顔を苦しげに歪ませながら言った。
「お姉様、ギュスターヴ様はお姉様のお守りばかりさせられてもう限界なの。
彼を愛しているのならもう解放してあげて」
まるで彼を支えるかのようにその腕に触れながら、半年違いの妹ミリアンまでが悲痛な顔をしてそう訴えた。
後始末、お守り……
たしかにまともな社交ができない私のフォローをいつもお願いしていたのは確かね。
代わりに妹をエスコートして嬉しそうだったから、負担に思っているとは思っていなかったけれど。
それに、我が家の仕事を覚えるのが大変だからと言って、あなたの課題まで私にやらせていた。
けれど、貴方は一向に仕事を覚えず、結局私がやっていたわよね?
お父様には自分がやったと申告していたけれど。
私の名はシャーリー=マクレミアン、十七歳。名門と呼ばれる伯爵家の一人娘で生まれながらの虚弱体質令嬢だ。
季節の変り目には必ず体調を崩して寝込んでしまう。だから予定を守れない。
そんな私をフォローできると名乗りを上げできたのがハリトン伯爵家だ。
商会の運営が上手くいっておらず、資金繰りに困っていたので、我が家の援助目的で次男を婿にと申し込んできた。
眉目秀麗で人当たりが良いので社交は得意だ、というのがあちらの売り文句で、父親がそれに乗ったのだ。
我が家の婿には優れた容姿や華やかな社交性など不必要。それよりも優秀な頭脳と口の硬さと信頼性が重要不可欠だったのに、愚かな父親はそのことに気付いていなかった。
頼みの綱だった祖父はその半年前に馬車の事故で急死してしまっていた。そして母親は当然反対したけれど、そのころにはすでに体調を崩していたので抵抗できなかったのだ。
婚約して四年、私は歯を食いしばり、無理をしながらこれまで頑張ってきた。
それでも私の婚約者でいるのが大変だったというのなら、貴方にはそもそも我が家の婿養子になれる力量がなかったのでしょう。
ええ。ええ。婚約解消しましょう。
「わかりました。婚約を解消しましょう。ですが、今後あなたはどうなさるのですか?」
「私がお姉様の代わりに婚約者になりますわ。
お姉様が原因だというのに、今さら婚約者がいなくなったら、ギュスターヴ様がお困りになるでしょうから。
責任を取ることになった私に感謝してくださいませね、お姉様」
ギュスターヴが言葉を発する前にミリアンがそう答えた。
一応姉である私の婚約者を寝取ったくせに、感謝しろとは、どこまで図々しいのかしら。
まあ、奪ってくれたおかげでこんな無能男と別れられるのだから、感謝しておきましょうか。
それにしても、この二人は私の質問の意図をまるっきり理解していないのですね。
私との婚約を解消して、一体どうやって生活をしていくのでしょうか? それをちゃんと考えているのかと訊ねたつもりだったのですが。
まあいいわ。私がこの二人の心配をしてやる義理もないですしね。
私達のやり取りを見ていた友人達から侮蔑と哀れみの顔を向けられていることに、二人の世界に浸っている彼らは気付きもしなかった。
その後間もなくして、私とギュスターヴとの婚約が解消された。
そしてその半月後、私は王都から少し離れた地方の子爵家へ行くことになった。
それはなぜかというと、その年は異常な気候が続いたために、私の体調がすこぶる悪くなったからだ。
それを父親と愛人カリナが、婚約破棄されたショックに違いないと言い出したのだ。学園で元婚約者や、妹と顔を合わせるのは辛かったのだろうと。
心の傷が癒えるまで自然が多くて空気の綺麗な田舎で静養した方がいい。そんなもっともらしいことを言って、無理やりに私を馬車に押し込めたのだ。
ところがその行き先はなぜか自分の領地ではなくて、父親の友人の領地だった。
おそらく愛人の嫌がらせなのだろう。彼女は父と共にその子爵夫婦とは学園時代からのお仲間だったことは知っているから。
彼らは一緒に授業をさぼっては街へ遊びに行くお仲間だったらしい。
しかも、同級生を脅して小遣い稼ぎしていたそうだ。バレて退学になっていればよかったのに。
療養するのなら、本当は生まれ育った屋敷が良かった。
薬草畑と果樹園が混在する、自然たっぷりの領地。私が学園に入学するまで暮らしていた場所だ。
あそこなら、マクレミアン伯爵家の次期当主としてすべき本来の仕事及び、裏稼業にも関われるのに。
領地はしっかり者で優秀な家令のマーナスと、亡くなった母の実家の伝手で雇った、やはり優秀な者達に管理を任せているので安心している。
とはいえ、国家権力を行使して領地に入り込んで、好き勝手をしようとする高貴な方がいるのだ。
だから、その方に少しでも圧をかけに行きたかったのだけれど。
いいえ、それは嘘ね。本当はあそこへ行けば初恋のあの方に堂々と逢って会話を交わせるから行きたかったのだわ。
たとえ婚約がなくなったからといって、結ばれる相手ではないとわかっている。
それでも、私がまだマクレミアン伯爵令嬢でいられるうちは、仕事に関してなら彼と対等に話をすることが許されているはずなのだから。
父の愛人カリナは自分達の結婚を邪魔したと、母と私を憎んでいた。
父と母は政略結婚だった。彼女との結婚を反対したのは祖父なのだから、恨む相手を間違えていると私は思うけれど。
そもそも、愛し合っているのなら平民になってでも結婚すればよかったのだ。
それなのに、貴族の暮らしが捨てられなくて、愛人関係を選んだのだから、彼らに文句を言う資格などない。
母が亡くなった後、私は王都で暮らす父と暮らしすようになった。ところがまだ喪が明かないうちに、カリナと不貞の証しである、私と同学年になる娘を王都の屋敷に引き入れたのだ。恥知らずもいいところだわ。
しかも、彼ら三人は私を無視して、自分達三人だけが家族であるかのように振る舞っていた。だから私は王都に居づらくなって領地へ戻ったのだ。
二年半前に学園に入学するために私が王都に出てきてからも、彼らのその態度は全く変わらなかった。
というより、完全に私など存在していないかのように扱った。
こちらとしてはそれで別にかまわなかった。ところがむしろあちらの方が私のことを目障りに思うようになってきたらしく、どうにかして排除しようと企んだのだろう。
そうしようとした理由ならまあ想像がついた。いくら愛人が命令しても、使用人達が彼女の言うことを聞かず、私の世話をし続けたからだろう。
でもそれは当たり前のことだ。彼らは愛人よりもよっぽど教養や良識があったので、自分達が誰に仕えるべきなのかをちゃんと弁えていたのだから。
そもそも愛人には家政を担う資格がない。つまり、使用人の雇用に関する裁量権を持っていないのだ。
カリナは父に文句を言っていたが、いくら愚かな父でも、優秀な使用人がいなくなったら自分が困ることくらいは分かっていたらしく、彼らを解雇することはしなかった。
いや、できなかったのだ。本来彼がすべき執務は執事のハリスンが熟していたのだから。
もちろん私も手伝っていたのだが、父はそのことには気付いていないのだろう。
カリナは自分を妻にしろ、伯爵夫人にしろと、事あるごとに父に迫っていた。それなのに、なぜ彼女を溺愛している父が再婚しかなったのかといえば、王家がそれを認めなかったからだ。
この国ではどこかの貴族に養子にしてさえもらえれば、たとえ平民だったとしても、貴族と結婚することは可能だった。
しかし、彼女を養子に迎え入れてくれる貴族は皆無だった。それは親族でも同じだった。それは王家が手を回していたからだった。
そう。我が家が特殊な事情を抱える家だったのだ。
本来当主になるべき人間なら知っていて当然の我が家の秘密を、父は祖父から教えられていなかったのだ。
まあ、本人が後継者としての自覚を持ち、きちんと家のことに向き合ってさえいたらば簡単に気付けたことだったのに。
そしてその秘密を知らないということは、後継者になれないということを意味しているというのに、父は未だにそのことを理解していないのだ。
私は屋敷を離れるときに、通常の執事の業務命令以外は一切しなくていいとハリスンに命じた。
彼はすぐに頷いた。それが私のためにもなることを即座に理解したからだろう。
読んでくださってありがとうございました。数分後に続けて第2章も投稿します。




