第8話 変身! クイーンスライムと決別のストレートパンチ〜さよなら玲次〜
僕を中心に溢れ出した眩い光に、周囲は時が止まったかのように静まり返っていた。
僕の変身の宣言を聞いた藤原さんが、ぽつりと呟く。
「クイーンスライムになるってことか……なるほど、それなら何とかなるかもしれないね」
「ふん、最弱のスライムになれるからって、この状況を覆せるとでも思えねぇけどな!」
眩い光に負けじと、僕の手の中で不吉な赤い点滅を激しく繰り返す爆発石。それを睨みつけながら玲次が強がって叫ぶが、藤原さんは全く焦る様子もなく人差し指を振った。
「ちっちっちっ、ただのスライムなら無理だけど……クイーンスライムなら話は別さ」
「なに? どういうことだ、藤原」
焦った玲次が乱暴に問いかけると、失礼な口の利き方に頭に来た藤原さんは、玲次の頭に容赦なく拳骨を食らわせてから答える。
「クイーンスライムはAランクダンジョンに極稀に出てくる魔物だよ。魔法使いだけのパーティーで出会ったらまず勝てない。……現在、全世界でも3件しか確認されていない、人類が知る限りスライムの最上位種。別名『魔法殺し』と呼ばれる危険な存在さ。いやー、さすがのあたしも、あれを倒すのには3時間ぶっ通しで戦って苦労したわ」
「魔法……殺し……」
Aランク冒険者ですら死闘を強いられるという事実に、玲次は呆然と呟く。
やがて光が収まると、僕の姿を見た会場の全員が驚きの声を上げた。
着ていた学生服はそのままだが、肌は粘着性のある透明な水色へと変質している。その顔立ちは僕の面影を残しつつも、どこかあどけなく、ぽやんとした愛らしい表情になっていた。
透き通るようなぷにぷにとした頬の周りでは、白銀の髪が美しいゲル状の流体となって揺らめいている。頭上には小さな王冠のような形を象る癖毛ができ、その部分だけが鮮やかな黄色に染まっていた。双眸は、妖しく輝くルビーの宝石へと変化していた。
胸には男の時にはなかったスイカほどの豊満な膨らみができ、透明な体の中心では、緑色の巨大な魔石が心臓の鼓動のように光の粒子を放ち続けている。さらにその周囲を複数の小さな魔石が不規則な軌道で回っており、それはまるで、体の中に一つの小さな宇宙が内包されているかのような神秘的な光景だった。
クイーンスライムに変身した僕は、ゆらりとその身体を揺らし、新しく手に入れた感覚を確かめた。
(初めて変身してみたけど……ふむふむ、スライムの体だから色々な形に変えられるみたいだ。まだ慣れていないから細かい感覚はつかめないな。でも、今はそれはおいておこう)
「姿が変わったからって何ができる! この状況は変わらねぇぞ!」
玲次が叫ぶが、僕は相手にせず、手に持っている爆発石を処理するため、それをポンッと口の中へと放り込んだ。
クイーンスライムは相手の魔力を吸い取り、自分の力に変えて魔法を放つことができる『魔法殺し』の魔物だ。今の僕にも当然それができる。
爆発石は込められた魔力を暴走させて爆発する仕組みだ。僕は口に含んだ危険物をまるで飴玉を転がすようにチュパチュパと魔力を吸い取り、あっという間に消化していく。
「……嘘だろ。俺様の魔力をこめた爆発石が」
「小さくなっていく」
やがて完全に魔力を吸い尽くされた爆発石は不吉な点滅を止め、無害なただの石ころへと変わると、僕の体の中でふっと消滅した。
「……ふぅ、ごちそうさま。これで問題は解決しましたよ」
周囲で息を呑んで見ていた人たちから、地鳴りのような惜しみない拍手が湧き起こる。
「碧君、ありがとう。君がいなかったら今頃、大変な状況になっていたわ」
藤原さんからの労いの言葉に、僕は少し照れてしまう。
「おい、何だよその力は! そんなのインチキじゃねぇか!」
震える指を向けて非難してくる玲次に、僕は呆れたように聞き返す。
「インチキ? 爆発石を止めるために仕方なく使っただけだよ。……じゃあ、続きをやろうか」
僕はクイーンスライムから元の姿に戻り、足元に落ちていた木剣を拾い上げた。そして、静かに玲次へと剣の先を向ける。
「いいの、碧君? もう模擬戦をする意味がなくなってるけど」
藤原さんが確認してくるが、僕にはまだ玲次にやることがある。
「これで玲次と会うのも最後になると思うので。……こいよ、玲次」
「上等だ! 爆発石がなくたって、俺様はお前を倒せるんだーッ!!」
相変わらずギャーギャーと叫びながら斬りかかってくる玲次。僕は構えていた木剣を手放すと、大振りの刃を躱し、玲次の顔面へ思いっきりストレートパンチを叩き込んだ。
「ぶぅぁっ!?」
短い悲鳴を上げ、玲次は放物線を描くように吹き飛んでいった。地面を数回バウンドし、完全に動きが止まる。
無様に倒れ伏す玲次を見下ろしながら、僕は言う。
「今のは僕や空ちゃん、古土さん達、そしてお前に迷惑をかけられたみんなを代表して殴った痛みだ。玲次はこれから罪を償っていくんだから、これで勘弁してあげる」
顔面を殴られ、まともに喋ることもできない玲次が、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
「な…んで……お前は…昔から…いつも……そうだ……。数年前の…魔物に襲われたあの時も…力もないくせに、俺様と…空をかばって……」
玲次の声は、途中から震えるような涙声に変わっていた。
「……あの時、怖くて動けなかった…自分が……悔しかった。……そして、動けた碧が羨ましかったけど、同時に憎くも…あった。だから…お前の夢を潰そうとしたが……できなかった」
「……そうだったのか」
彼の歪んだ劣等感を知り、僕は静かに目を伏せた。
「でも僕は、昔の玲次が羨ましかったけどね。気の弱かった僕をいつも引っ張ってくれて、色んな場所に連れて行ってくれたから……僕にとって、昔の玲次はヒーロー『だった』よ」
僕の言葉を聞いた玲次は、一瞬だけ驚いたように目を見開くと……憑き物が落ちたように、静かに気絶した。
近くで見届けていた藤原さんが、高らかに宣言する。
「もういいのかい? ……じゃあ、勝者、灰城碧!」
割れんばかりの歓声が会場を包む中、担架で運ばれていく玲次の姿を、僕はじっと最後まで見送った。




