冒険者組合の出来事〜入学試験の裏側で〜2
午前中の慌しい事件から数時間がたった今、事件を解決に導いたルトちゃんがその場を目撃した冒険者達に注目を集めていた。
冒険者の中には勧誘しようと躍起になっている一部の冒険者がいたが、ある人物が守っていたため近づくことはなかった。
「何度も言うがすげぇな、ゴブリンの嬢ちゃん、あんな結界を張れるなんて羨ましいぜ」
高齢でいつも冒険者組合の警備員を担当してくれている、内海健吾おじいさんがもう何度目になるかわからないほど同じことを言っている。
内海健吾おじいちゃんは見た目は強そうに見えない優しいおじいちゃんだが、いざ冒険者組合で問題を起こそうものなら、服の下に隠れている鋼のように鍛えられた筋肉で、相手を拳一振りで沈めるパワフルなおじいちゃんだ。
だが高齢のため、持久力はない、冒険者組合内での出来事しか対応できないために警備員として働いてくれている。
先程の事件の時は、定期的な健康診断のために留守にしており、まさか自分が留守の間に事件が起きていたことに余程ショックだったらしく落ち込んでいたが、ルトちゃんと翼ちゃんに励まされ、すっかり元気を取り戻し、もう何度も同じ内容を繰り返し話している。
「そうでちょう、でもおかあちゃんは、もっとすごいんだよ」
ルトちゃんは碧君の強さを表現するように、目ー杯自分の両手に広げて、碧君のことを自慢している。
「碧お兄ちゃんは凄いんだから、怪我も一瞬で直しちゃうんだから」
翼ちゃんも一緒になってアピールする姿に、見ていた冒険者全員はメロンメロになっていた、まだ数時間しかたっていないのにもう、アイドルのようだ。
「お母さん?お兄さん?ってことは2人もいんのか?良かったじゃねえか、ハッハッハッ」
事情を知らない健吾おじいちゃんはよくわかっていないようで笑ってごまかしていた。
(まぁ、2人の話を聞いていたら、普通に2人いるように聞こえるよね、これから先も同じことが起きそうだし、いっそのこと全員に説明しようにも時間が掛かりそうだし……困ったわね)
私はその姿を微笑ましく見守りながら業務を続けていると、携帯に着信が入り、相手を見て、今忙しいはずの人物からの電話に呆れながら電話に出る。
『ハロ〜愛しい詠美ちゃん。詠美ちゃんの大好きな佳代子おばあちゃんじゃよ〜』
向こうから聞こえてくる叔母様の呑気な声に呆れた私は、無言で電話を切る。
すると再び、着信が入り、私は小さなため息をつき電話に出て、呆れながら話す。
『詠美ちゃん、酷いじゃないか。電話を切るなんて、おばあちゃんショックで泣いちゃうぞ』
お婆様は85歳にもなって高齢だが、職業『仙女』という特殊な職業に覚醒して若返り、今は見た目が小学生にしか見えない、声も幼くなって、その声でおばあちゃんと言われても違和感しかない。
「……お婆様、今は入学試験の最中で忙しいのでは無いですか、真面目に働いてください……さもないと」
こっちは真面目に働いているのに怒りを覚えたあたしは、サボっているお婆様に脅しをかける。
『ま、まって詠美ちゃん!?。ちゃんと働いてるから。だから、わしのお酒コレクションだけはよそにあげないでくれ。今電話したのは詠美ちゃんの思い人についてじゃ。今すぐにテレビをつけてくれんか』
碧君の話と聞いてすぐに行動にでた私は、壁に立て掛けられている大型テレビにリモコンで電源ボタンを押すとそこに映っていたのは、碧君と問題になっていた幼馴染の最上玲次が向かい合っていた。映像の右上には『緊急生放送!!今、話題の冒険者、問題児と一騎打ち』とタイトルが出ている。
「お婆様、これはどういうことですか!!説明してください!!何でこんなことになってるんですか!!」
私の大きな怒鳴り声で周りが騒がしいが今はそんな事どうでもいい。
『落ち着いてくれ詠美ちゃん。ちゃんと説明するから。最初は一般向けにPR動画を取ろうとテレビ局に撮影を依頼しておったんじゃが、撮り終わって撤収作業をしていた矢先、例の幼馴染が碧君に勝負を吹っかけてのう。それを見ていたテレビ局が勝手に撮り始めて、今に至るというわけじゃ』
「碧君は納得しているのですか」
『うむ、権蔵の話では『今まで雪辱を晴らすいい機会』と言っておったらしいぞ』
(……碧君が決めたことなら仕方ないか)
私は冷静さを取り戻し、お婆様と話す。
「わかりましたお婆様。碧君が決めたなら私は何も言いません。今は、テレビに集中したいので切ります」
お婆様に一方的に話して、携帯を切ろうとする間にお婆様の焦った声が聞こえてくる。
『ちょっとまって詠美ちゃん。今はって何!?ねえ、詠美ちゃん!?』
私はお婆様の叫び声を無視して、携帯を切り、周りの冒険者に謝罪する。
「大きな声を出して申し訳ございません。ちょっと旦那様に緊急事態が起こりまして、焦ってしまいました」
近くにいた冒険者が代表して答えるが、あると言葉に反応する。
「そうか、なら仕方ないな……って、旦那様!?」
周りがざわめきだして騒ぎ出す。
「嘘だ、まつりさんに続いて、詠美さんまで」
「ショックが大きすぎる、しばらく立ち直れないよ」
「なんで今日来ちまったんだ俺、来なければこんな残酷な真実を知らないで済んだのに」
床に手をついて沈んでいく冒険者に私はさらに追い打ちをかける。
「あそこに映っている冒険者こそ、私の旦那様でありルトちゃんの保護者でもある灰城碧君です」
私は堂々とテレビに映る碧君に指を指して宣言する。
「わたちのおかあちゃんだよ」
「お兄さん、綺麗でカッコイイです」
ルトちゃんと翼ちゃんも大好きな碧君がテレビに映ってご満悦だ。
「へ~この子が詠美ちゃんを射止めた少年か~。あれ?この子ってスライムを一生懸命狩っていた……ボロボロだった子だよね。随分とイメージが変わったね」
まつり先輩が碧君の正体にすぐ気づきて、驚愕していると、話が聞こえていた冒険者たちが次々と碧君の正体に気づき始めた。
「……本当だぜ、いつもスライムばっかりを狩っていた少年じゃねえか、見違えたな」
素直に碧君を褒める冒険者もいれば。
「やっとレベルアップしたんだな。……良かったよ。俺は、あの子がいつもボロボロの姿でここに来るのを正直、見ているのが耐えられなかったんだ。見てるこっちかつらくなってよ」
涙を流して感動してくれる冒険者達もいる。
(頑張ってね碧君。私はここで応援しています)
そう思いながらテレビに映っている碧君を、私を含めた冒険者達はただ静かに眺めていた。