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閑話:偽りの天才、その慢心

 時を少しだけ、碧と空が運命の再会を果たす、その少し前まで巻き戻る。


 俺様、最上玲次は自室のゲーミングチェアにふんぞり返り、高級なエナジードリンクを飲みながら、こみ上げる笑いを抑えきれずにいた。


「ククク……傑作だったなぁ。あのゴミの無様な姿!」


 脳裏に浮かぶのは、公園で泥だらけになって這いつくばっていた灰城碧の姿だ。

 レベル9で足踏みし、才能がないと嘆く幼馴染。だが、そいつは知らない。

 自分のステータスカードに仕掛けがあることになんて、一生気づかないだろう。


 3年前、俺は妹の空が開発した『ステータスカード』の試作品を盗み出した。

 研究室に「見学」と称して入り込み、空に睡眠薬入りのジュースを飲ませて眠らせた隙に、データを改ざんした本物そっくりの不正カードとすり替えたのだ。


 機能は単純。『灰城碧が獲得した経験値を、すべて最上玲次に転送する』。


「ギャハハ! あいつが必死にスライムを倒せば倒すほど、俺様が強くなる! 最高の養分システムだぜ!」


 おかげで俺様は、努力もせずにレベル25の『天才魔法剣士』として持て囃されている。

ゴミはゴミらしく、一生俺様のために這いつくばっていればいいんだよ。


 その時、玄関の方からバタン! と扉が開く音がした。ドタドタと慌ただしい足音が階段を駆け上がってくる。


「あ? なんだ?」


 俺が眉をひそめていると、バン! と部屋のドアが乱暴に開かれた。

 そこに立っていたのは、3年ぶりに東京から帰ってきた妹――最上空だった。


「はぁ、はぁ……! 兄貴、帰ってたの!?」


「おう、お帰り天才妹様。なんだよ急に、感動の再会にしちゃあ騒がしいな」


「はぁ、はぁ……! そりゃそうでしょ! 少しでも碧お兄ちゃんに会うために、こうして早くお母さんたちを置いて先に走って来たんですから。3年!! 3年間も碧お兄ちゃんに会えなかったんだよ!!」


 空は息を切らしながら、まるで魂の叫びのような思いをぶちまける。


(……やっぱり、あのゴミ野郎のためか。くっくっくっ……それなら)


 俺はニヤニヤしながら、わざと碧の話題を出してやることにした。


「聞いてくれよ空。お前が大事にしてた灰城のゴミ、まだ冒険者ごっこを諦めてねぇんだぜ? さっき公園見てきたら、泥だらけで泣いてやがった。ギャハハ、笑えるよなぁ!」


「……ッ!?」


 空の顔色が変わる。軽蔑、怒り、そして焦燥。


「兄貴、あんた……まさか碧お兄ちゃんを見捨てたの? 私が東京に行く前、あれほど『守ってあげて』って頼んだのに!」


「頼まれたから『現実』を教えてやったんだよ。才能ねぇ奴は地べたがお似合いだってなぁ!」


「……ッ、この兄貴(おぶつ)が!!」


 空は俺を睨みつけると、荷物も置かずに踵を返した。


「碧お兄ちゃん!!」


 叫びながら、廊下を全力疾走で遠ざかっていく。

 きっと、あのゴミがいる公園に向かったのだろう。


「けっ、あんなゴミに入れ込みやがって。気色が悪い」


 俺は鼻を鳴らし、残ったエナジードリンクを飲み干した。

まあいい。空が何をしようと、あのカードの秘密に気づくはずがない。あのシステムは完璧だ。


 俺様の栄光はこれからも続く。

そう、俺様は選ばれた特別な存在なんだからなぁ!


「……さて、シャワーでも浴びるか」


 空き缶をゴミ箱に投げ捨て、俺様は鼻歌交じりに立ち上がった。

 ――この時、俺様はまだ知らなかった。

 今のやり取りが、俺様の破滅へのカウントダウンの始まりだったことを。



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