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第16話 聖女の奇跡と、姉妹の涙

 冒険者組合を出た僕たちは、森崎さんが手配してくれた車に乗り込み、古土さんの妹が入院しているという市内の総合病院へと向かった。


 車内では、古土さんが緊張した面持ちでずっと手を組み、祈るように俯いている。三島さんと四方木さんも、固唾を飲んで見守っている状態だ。


「くるま、はやいのでしゅ!」


 僕の膝の上では、ルトが最初は窓の外を流れる景色に興奮していたけれど、少しすると空気を読んで少し静かにしてくれている。本当にいい子だ。


「……着きましたね」


 到着したのは、県内でも有数の設備を誇る大病院だった。

 自動ドアを抜け、消毒液の匂いが漂うロビーへ入ると、すれ違う看護師や患者さんたちが一斉に振り返る。


「うわ、見てあの人……モデルさん?」


「外国人かな? 凄く綺麗な髪……」


「抱っこされてる小さい子も天使みたいだぞ。姉妹かな?」


 ヒソヒソという声が聞こえてくる。

 まあ、小柄な銀髪ロングと、銀髪の幼女の組み合わせだ。目立たないわけがない。

 僕は居心地の悪さを感じつつ、先導する古土さんの背中を追ってエレベーターに乗り込んだ。


「……ここの個室だよ」


 案内されたのは、最上階にある特別病棟の一室だった。古土さんが震える手でドアを開ける。


 そこには、たくさんの管に繋がれ、静かに眠る一人の少女の姿があった。年齢は10歳か11歳――小学5年生くらいだろうか。古土さんによく似た顔立ちだが、頬はこけ、透き通るように白い肌の所々には、ドス黒く変色した箇所が見える。1年間も寝たきりだった影響か、布団から出ている腕は痛々しいほどに細かった。


「……つばさ。お姉ちゃんだよ」


 古土さんがベッドの脇に座り、妹――翼ちゃんの手を優しく握る。


「ごめんね、遅くなって。……でも、やっと助けてくれる人を連れてこれたから」


 その声が届いたのだろうか。翼ちゃんの指先が、ピクリと動いた。


「……ぅ……、お……ねぇ……ちゃん……?」


 翼ちゃんの瞼が微かに震え、うっすらと開かれた。けれど、その瞳は焦点が定まっておらず、声も蚊の鳴くような小ささだ。ただ姉の気配を感じ取って、最後の力を振り絞るように反応しているのが、痛々しいほどに伝わってくる。


「うん、そうだよ。お姉ちゃんだよ……!」


 古土さんが泣きそうな顔で、握りしめた手に力を込める。


「灰城君……お願い。翼を、助けて……!」


 古土さんが、縋るような瞳で僕を見上げる。


「任せて。……ルト、ちょっと降りててね」


「あーい!」


 僕はルトを床に下ろすと、ベッドのそばへと歩み寄った。改めて近くで見ると、彼女の状態の悪さがよく分かる。生命力が弱々しく、まさに風前の灯火といった感じだ。普通の回復魔法では、体力は戻せても、根本的な原因である「麻痺」や「衰弱」までは治せないだろう。


 でも、今の僕にはこのスキルがある。


「……ふぅ」


 僕は翼ちゃんの上にかざした掌に、魔力を集中させる。イメージするのは、完全なる治癒。全ての穢れを祓い、あるべき姿へと戻す「奇跡」の光。


「――『浄化』」


 僕がスキル名を唱えた、その瞬間だった。


 パァァァァァァッ――!!


「うわっ、まぶし!?」


「きゃあ!?」


 僕の掌から、部屋全体を白く染め上げるほどの、強烈な黄金の光が溢れ出したのだ。

 それはただの光ではなかった。温かく、優しく、そしてどこまでも神聖な輝き。掌から放出された光の粒子が羽のように降り注ぎ、寝たきりの少女を優しく包み込む。どこからともなく聖歌のようなコーラスさえ聞こえてくる気がする。


「こ、これが……『聖女』になった碧君の『浄化』の力……!」


 森崎さんが驚愕に目を見開いている。

 光は翼ちゃんの体を優しく包み込むと、彼女の体内に巣食っていたドス黒いおりのような変色していた部分が次々と浄化されていく。痩せ細っていた手足に瞬く間に肉がつき、土気色だった肌に健康的な赤みが戻っていくのが見えた。


 やがて、光が収束し――。


「……ん……」


 静寂に包まれた病室に、はっきりとした声が響いた。


「……あれ?」


 翼ちゃんの瞼が、今度は力強く開かれる。その瞳には、はっきりとした光が宿っていた。


「おねえ、ちゃん? 体がいたくなくなったよ?」


 1年間、一度もまともに聞くことができなかった妹の元気な声。それを聞いた瞬間、古土さんは弾かれたようにベッドに抱きついた。


「翼ッ!! 翼、翼ぁぁぁ……ッ!!」


「……え、お姉ちゃん? 泣いてるの? ……うん?」


 翼ちゃんは驚いたように身を起こした。1年間寝たきりだったとは思えないほど、スムーズな動作だ。麻痺も完全に消えているらしい。


「うそ……動いてる……。本当に、治ったの……?」


「よかったッスねぇ、ひなっち……!」


「ううぅ……奇跡なのぉ……」


 三島さんと四方木さんも、抱き合って号泣している。古土さんは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、妹の頬を何度も撫でて確かめると、ゆっくりと僕の方を向いた。


「灰城君……。あなた、本当に……」


 彼女はベッドから離れると、その場で両手をついて深々と頭を下げた。


「ありがとう……っ! 本当に、ありがとう……っ!! この恩は、一生掛けても絶対に返すから……!!」


「お姉ちゃん、その人だぁれ? すっごく綺麗なお姉さんだね」


 元気になった翼ちゃんが、不思議そうに僕を見て首を傾げる。


「……えっと、翼。この人はね……」


「はじめまして、翼ちゃん。……僕は灰城碧。お姉さんのクラスメイトだよ。……驚くかもしれないけど、僕は男なんだ」


 僕は彼女を怖がらせないように、努めて優しく微笑んで見せた。すると、翼ちゃんは目をキラキラと輝かせて、


「お兄ちゃんなのっ!? おねえちゃん、こんな綺麗なお友達がいたんだね!」


「……あはは。まあ、そんなとこかな」


 僕の気遣いを察したのか、古土さんも涙を拭って笑ってくれた。その笑顔は、ギャルメイクをしていても隠しきれないほど、年相応の少女らしくて可愛らしいものだった。


 これで一件落着――と、言いたいところだけれど。


 バンッ!!


 突然、病室のドアが勢いよく開かれた。


「い、今の光はなんですかな!?」


 飛び込んできたのは、白髪頭を振り乱した白衣の老人だった。


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