第15話 少女たちの切実な事情 ~カビ取りで覚醒した『聖女』の力~
ルトの活躍と、僕の回復魔法により、怪我を負っていた古土さんたち3人を無事に救出することができた。ダンジョンを出た僕たちはそのまま冒険者組合へと戻り、直行で奥の部屋へと通されることになったのだが――。
冒険者組合の奥にある、防音設備の整った説教部屋……もとい、応接室。そこには、正座をして小さくなっている3人の少女と、書類を片手に仁王立ちする森崎さんの姿があった。
「――それで? 『お金が必要だったから』。それが、あんな無謀な真似をした理由ですか?」
「……はい。本当に、申し訳ありませんでした……」
「……反省してるッス」
「……ごめんなさいなの~」
古土さん、千香さん、凛さんの3人は、涙目でしゅんと項垂れている。無理もない。今の森崎さんは、笑顔だけど目が全く笑っていない「般若モード」だ。僕も横で見ていて胃が痛くなるレベルのプレッシャーである。
「事情は汲みます。ですが、命を落としてしまっては元も子もありません。今回は厳重注意で済ませますが、次に同様の問題を起こした場合、ダンジョンへの入出を無期限で禁止します。……いいですね?」
「うっ……、わかってます。……でも、ダンジョンに潜るしかないんです。どうしても、まとまったお金が必要で……」
古土さんは膝の上で拳を握り締め、悔しそうに唇を噛んだ。その横顔には、ただの金欲しさではない、切実な色が滲んでいる。
「そうなんッス! 雛っちは、たった一人の家族の治療費を稼ぐために必死なんッスよ!」
「そうなの~。だからそんなひなっちの為に、私たちも協力していたの~」
友人二人の必死な弁護に、森崎さんの表情が少しだけ和らいだ。
「……それにしては無茶をしすぎですよ。それに、普段の古土さん達は6人で探索していますよね? 今回に限って4人でダンジョンに入るなんて……」
「すぴー……、むにゃ……」
僕が抱いているルトは、冒険の疲れが出たのか膝の上ですやすやと眠っている。その背中を一定のリズムでポンポンと叩きながら、僕も疑問を口にした。
「そういえば、目撃情報では4人だったはずだよね。僕たちが駆けつけた時は3人しかいなかったけど……もう一人はどうしたの?」
「あいつは……うちらを囮にして逃げやがったんです」
古土さんの声が、憎悪で低く震えた。
「うちの足に魔法を撃ち込んで動けなくして、千香と凛を気絶させて……自分だけ助かるために、うちらを見捨てたんです」
「本当に最低だったッス。今まで散々サポートしてたのに、最後は囮扱いッスよ!?」
「どんなに文句言われても我慢してきたけど~、これだけは許せないの~」
3人は口々にその「4人目」への怒りをぶちまけた。同年代で、自分だけ逃げるような冒険者……嫌な予感がする。
「その冒険者だけ飛びぬけてレベルが高くて~、一人だったからチームに入れって言われた時、三人で行動すればまだ大丈夫だと思ったの~」
その条件に当てはまる人物は、一人しかいない。
「それって……もしかして、『最上玲次』?」
その名を聞いた瞬間、古土さんの表情が悔しげに歪んだ。
「……ええ。やっぱり、灰城君もそう思う?」
同意を求めてきたその瞳は、未だに僕の顔を直視できずに泳いでいた。
無理もない。さっきまで「泥だらけの陰気な同級生」だと思っていた相手が、今は全く別人のような姿で目の前に座っているのだから。
「思うも何も、幼馴染だからね。……はぁ、やっぱり玲次か」
僕はため息をつきつつ、玲次が僕のステータスカードに細工をして経験値を横取りしていたこと、それが原因で僕が成長できず、逆に玲次が異常な速度でレベルアップしていたことを簡潔に説明した。
「なっ……何それ!! 要は他人の力を盗んで、あんなに偉そうにしてたってこと!?」
「信じられないッス! そこまで腐ってたんッスか!?」
「うわぁ~……。灰城君、苦労してたんだね~」
真相を知った3人は絶句し、同情の眼差しを僕に向けてきた。特に古土さんは、僕の顔をまじまじと見つめ、顔を赤くしながらも申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん……。うち、あんたのこと誤解してた。ずっとサボってるんだと思ってたけど……被害者だったんだね。それに、助けてくれてありがとう。……その、すっごい綺麗になってて、全然わかんなかったけど」
「あはは、気にしないで。よく言われるから」
「……コホン。最上玲次の件については、組合として事実確認を行い、厳正に対処いたします。それで……あなた達はこれからどうするのですか?」
森崎さんが話を戻す。
「……妹の為にも、何とかして治療費を稼ぎたいんです。時間は掛かるかも知れませんが、Eランクのスライムダンジョンで地味にやっていこうと思います」
「雛っち、当然私たちも最後まで付き合うッスよ」
「そうなの~、一人にはさせないの~」
健気な3人の姿に、僕は少し踏み込んだ質問をすることにした。
「その妹さんは、そんなに重い病気なの?」
「……病気じゃないんだ。一年前の、冒険者組合主催のイベントで起きた事故で……」
古土さんが語ったのは、あまりに不運な事故だった。
会場で泥酔した男が暴れ、展示品の「魔物の素材」を振り回した。そして運悪く逃げ遅れた妹さんの腕にその素材の破片が刺さってしまい――それ以来、体が痺れて寝たきりになってしまったのだという。
「……一年前。確かに、そんな痛ましい事件がありましたね」
森崎さんが沈痛な面持ちで頷く。
「病院でも治せなくて……唯一の希望が、『Cランク以上のダンジョンで稀に出るポーション』なんです。それなら治る可能性があるってネットで知ったんですけど、あまりにも高すぎて……」
無理して笑おうとする古土さんの顔が、見ていて辛い。
「ランクの高いポーションか……。あぁ!! それなら碧君、貴方なら治せるのではありませんか?」
森崎さんがハッとしたように顔を上げ、期待に満ちた瞳で僕を見た。
「えっ、そうなんですか!?」
古土さんが勢いよく身を乗り出す。その拍子に、彼女の派手なネイルが僕の膝に触れ、彼女自身が「あっ、ごめん!」と慌てて引っ込めて顔を赤くする。……距離感がまだ掴めていないらしい。
「そうですよ。碧君の職業、『見習い聖女』から正式に『聖女』になったんですよね?」
「あ、そういえばそうでした」
すっかり忘れていた。数日前、家の掃除を徹底的にやっていたら、いつの間にか職業欄の『見習い』が取れて『聖女』になっていたのだ。
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職業:聖女
スキル:『ハイヒール』『結界(大)』
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【職業詳細】
●聖女 回復系統や結界系統の上位スキルを獲得でき、修行を積めば神からの『神託』を得ることができる。
【スキル詳細】
●ハイヒール 対象の体力を大幅に回復させる上位治癒魔法。骨折や臓器の損傷など、重度の怪我であっても瞬時に再生・完治させることができる。
●結界(大) 複数人を同時に守護できる広範囲防御魔法。物理・魔法攻撃の双方に対し、高い耐久値を誇るドーム状の障壁を展開する。
【称号詳細】
●聖女 厳しい修行(※大掃除)を耐え抜き、見習いを卒業した証。回復スキルの効果が上昇し、状態異常の完全回復が可能になる。
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「……家のカビ取りをしてたらランクアップしたんですけど……確かに、これなら治せると思います」
「えっ……!?」
僕の言葉に、古土さんが目を見開いた。そして次の瞬間、彼女は床に額を擦り付けるようにして土下座をした。
「お、お願いしますッ!! うちらがお願いできる立場じゃないのはわかってる! 何でもするから! あんたの奴隷にだってなるから! だからどうか、妹を助けてください!!」
「ちょっ!? ちょっとやめてよ古土さん! そんなことしなくても治すから!?」
僕は慌てて彼女の肩を掴んで引き起こす。 顔を上げた彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れていた。
「ぐすっ……ほ、本当に……?」
「本当だよ。森崎さんの顔の傷だって治せたんだ。妹さんの麻痺だって、きっと治せる」
「大丈夫ですよ、古土さん。碧君はそういう優しい方ですから」
森崎さんが聖母のような微笑みで保証してくれた。
「よかったッスね、雛っち……!」
「よがっだの~……!」
「うぅ……ありがとう……っ、灰城君、ありがとう……!」
3人は抱き合い、わんわんと泣きじゃくった。
その光景を眺めながら、僕はそっとルトの頭を撫でる。
かつて泥だらけだった僕を森崎さんが救ってくれたように、今度は僕が誰かの救いになれるなら。 この『男の娘』というふざけた称号も、悪くないのかもしれない――なんて、少しだけ思うのだった。




