閑話:森崎詠美サイド 絶望の過去を超えて――彼女は『ストーカー』へと至る
私は、何不自由ない裕福な家庭に生まれました。
成績は常に上位、友人も多く、私の世界は輝きに満ちていました。……あの日、学年で一番人気の男子に告白されるまでは。
なぜ私が彼を拒絶したのか。それは、告白される数日前の出来事が原因でした。
放課後、私は忘れ物を取りに教室へ戻りました。静まり返った廊下を歩いていると、誰もいないはずの教室から、下卑た笑い声が漏れ聞こえてきたのです。
「おい、光彦。あの森崎をマジで落とせるのかよ?」
「余裕だって。あいつ真面目そうだから、一度落としちゃえば俺の言いなりよ」
「親がすげぇ金持ちなんだろ? こりゃ財布代わりとして期待大だな」
「違げぇよ、『搾取ゲーム』だっつの。どれだけ貢がせて、ボロボロになるまで使い潰せるか。飽きたらポイして、次のターゲット探すさ。ギャハハハ!」
教室の扉越しに聞こえたその会話に、私は背筋が凍るような悪寒を覚えました。
彼が裏で、私のことを『どれだけ金を搾り取れるか』というゲームのターゲットとして見定め、嘲笑っていたことを、私は偶然知ってしまったのです。
だから当然、私は告白を断り、その下劣な企みを衆目の前で暴露し、手が痺れるほどの強烈なビンタをお見舞いしました。それは、私のプライドを守るための、精一杯の抵抗でした。
けれど、世界は残酷でした。
翌日、私は「自分から迫って拒絶された腹いせに暴力を振るった女」に仕立て上げられていました。
彼の演技と人気、そして取り巻きたちの嘘によって、昨日の真実は捻じ曲げられ、友人は潮が引くように去り、私は教室で孤立しました。
そんな時です。
悪いことは重なるもので、学校の校庭の真ん中にダンジョンが発生したのです。
突然現れたダンジョンに、興味本位で近づくクラスメイトたち。けれど、それが災いしました。
ダンジョンの方に気を取られていた私は、背後から数人に捕まり、羽交い絞めにされました。私を捕らえたのは、あの男とその取り巻きたちでした。
「ちょっとした肝試しだ。お前も来いよ」
抵抗も虚しく、私はダンジョンへと無理やり連れて来られてしまいました。
両手を後ろ手に掴まれ、逃げられないように先頭を歩かされたその時――“それ”は現れました。
二足歩行で立つ巨躯、上顎から覗く刃物のような牙。獲物を探し求める、気性の荒い人狼の魔物でした。
初めて見る魔物に体が震え、動くことが出来ない私を、誰かが背後から強く突き飛ばしました。
「ぐっ……!」
受け身も取れずに地面に叩きつけられ、肺から空気が漏れます。
泥にまみれながら顔を上げた私を、彼らは冷酷に見下ろしていました。
「俺の物にならないなら、こうなるんだよ。ばぁ~か」
「あーあー、これで森崎さんとはさよならかー」
「じゃあねー、キャハハ」
嘲笑う声と共に、私以外の全員が背を向けて走り去っていく。
「いや……助けて!」
迫りくる人狼に恐怖し、足が震えて立つことも出来ず、私は後ろに這いずりながら離れようとします。
「グゥ~、クックック」
嘲笑するような鳴き声を出しながら、ゆっくりと人狼が近づいて来る。
私の頬を、鋭いかぎ爪がゆっくりと、楽しむかのように切り裂きました。
「ゔっ!!痛い!!痛い!!痛い!!痛いーーーー!!」
焼けるような激痛が私を襲う。
痛みに耐えられず、その場でもがき苦しむ私の足を、人狼は片手で掴み持ち上げると、壁に叩きつけました。衝撃で右足の骨が砕ける音が響き、私はそこで気を失いました。
次に目が覚めた時は、病院のベッドの上でした。
現場に駆けつけてくれた冒険者に救助され、一命を取り留めたのです。
けれど、そこで医師から告げられたのは、あまりに残酷な事実でした。
「……残念ですが、お嬢さんを襲った人狼は、通常種とは異なる『特殊個体』でした」
医師の説明によると、その人狼の爪には、回復魔法を拒絶する強力な『呪い』が宿っていたそうです。
本来ならば、高位のポーションや治癒魔法を使えば跡形もなく治るはずの傷です。
不幸中の幸いか、壁に叩きつけられて砕けた右足は、直接爪を受けていなかったため、ポーションによる治療で後遺症もなく完治することができました。けれど、あの爪で直接切り裂かれた頬の傷だけは違いました。その呪いが再生を阻害し、傷口を腐らせ、あらゆる治療を無効化してしまうのです。
結局、私の顔は「治療不可能」という絶望的な診断を下されました。
私を囮にして逃げた彼らは、後に私が痛みに耐えながら行った証言で悪事が明るみになり、退学処分になりました。けれど、彼らが受けた社会的制裁などで釣り合うはずがありません。私の頬には、一生消えることのない、醜い呪いの刻印が刻まれてしまったのですから。
常に焼けるような激痛が頬を襲い続ける中、それでも私は学校へ復帰しました。
真実が明らかになりいじめは無くなりましたが、誰もが腫れ物に触れるように私を遠巻きにし、私は孤独のまま高校を卒業しました。
そして、私は卒業と同時にステータスも発現しました。でも、発現した職業は――『ストーカー』。人には言えない職業でした。
家族には報告しましたが、他の人には言うことが出来ません。冒険者の道も諦め、社会に働きに出ようとするも、頬の激痛でまともに働くことも出来ませんでした。
唯一の救いは、冒険者組合に不定期に入荷する回復薬だけ。
私はお婆様の知り合いである支部長に無理を言って、受付嬢として雇ってもらいました。回復薬を飲みながら、少しではあるけれど痛みを和らげ、ただ耐えるだけの日々を送っていたのです。
そんな色のない世界に、灰城碧君が現れました。
初めて見た時の彼は、私以上に肌の至る所が爛れていて、やせ細り、弱弱しくお世辞にも冒険者は出来ない酷い状態でした。
他の受付嬢に無視されている様子を見て、過去の自分と重なって見え、過去の自分を救うように、私だけは彼に親身になって対応しました。
どうしてそんな状態になってまで魔石集めをしているのか。彼に話を聞くと、夢である冒険者学校への入学の為にレベルアップを頑張っていることや、両親が他界し、親族もおらず、生活費を稼ぐ手段がこれしかないと教えてくれました。
激痛に耐えるだけの日々だった私には、彼が輝いて見えました。
夢を追い続ける彼の姿に、止まっていた私の時間が勇気をもらえたのです。
数か月が経ち、しばらく彼の姿が見えない期間が続いた後、再び彼が現れた時、私は驚き、手に持っていたペンを落としてしまいました。あれほど弱々しかった容姿が、別人の様に変わってしまっていたからです。
応接室で聞いた内容に再び驚かされ、そして――彼は私のこの激痛に耐えるだけの日々に、終止符を打ってくれました。
懸命になって、ふらつきながらも治療してくれた彼のおかげで、私は長年の痛みから解放されたのです。
鏡に映る自分の顔を見て、本当に救われたのだと思い知らされます。
傷一つない滑らかな肌。10年ぶりに、引きつることなく笑える自分。
治療室にお礼の飲み物とお菓子を持って入ると、そこには力を使い果たして眠る碧君と、椅子に座りながら眠ってしまっていたルトちゃんの姿がありました。
気絶して眠る彼の顔を眺めながらこれからの事を考えると、私の頭の中は彼の事でいっぱいでした。 彼に助けられた事で、私は初めて恋に落ちました。その気持ちに反応したのか、今まで避けていた職業『ストーカー』が、灰城碧に対して発動したのがわかりました。
私はすぐにステータスカードを確認しました。
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名前:森崎詠美 性別:女 レベル 10
職業:ストーカー
スキル:『あなたは何処に』『わたしのコレクション』『コレクションの一撃』
称号:『愛の追跡者』
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【職業詳細】
・ストーカー:好意の相手に対しての限定探知系、収納、特殊スキルを習得できる。
【スキル詳細】
・あなたは何処に:常に好意の相手の位置がわかる。
・わたしのコレクション:好意の相手の使用した物を収納空間に入れることができる。
・コレクションの一撃:収納空間にしまってある物を消費して強い一撃を放つ。消費した数で威力が上がる。
【称号】
・愛の追跡者:好意の相手を見つけたもの。相手の1日分の行動を概ね把握することが出来る。
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「これではまるで本物のストーカーね……でも、私の気持ちが、本物だという証明……」
不思議と嫌悪感はありませんでした。
私は眠っている灰城君の頬にそっと口付けして、小さな声で、彼の耳元で囁きます。
「覚悟してくださいね、灰城君。私はストーカーらしいですから……でも、仕方ないですよね? 運命を感じてしまったのだから。……絶対に、逃がしませんからね」
私は二人が起きるまでずっと、灰城君の寝顔を眺め続けていました。
この愛しい人との未来を妄想しながら。




