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リ・ボール  作者: よもや
3章 中学校編
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77 春の風に彩られて

事件の犯人である黒ずくめの男の足を引き摺りながら、肩に春風を抱えて俺はなんとか校門の前の広場までたどり着いた。そこには到着した消防官と、現在の行方不明者の報告をする学年主任の先生がいた。そしてうずくまる担任の先生の姿もそこにはあった。


「…君は…っ!?」


突然後方から現れた俺に、初めに気づいたのは消防官の男性だった。


「仁界君…!」


そしてその消防官の声に反応し、うずくまっていた先生が立ち上がった。そしてすぐさま俺達の元へと駆け寄ってきた。


「なんで危険なことを…っ!」


先生は涙を大量に浮かべながら、俺のことを叱った。でもすぐに堪えきれなくなったのか、大声で泣いて俺と春風を抱きしめた。


「でも…ぶじてよがっだぁぁ…っ!!」


俺はそんな姿を見て「あははっ…」と笑う。


「君…この男の人は…?」


そういえば存在を忘れていた。俺は意識を失いかけながらもなんとかこの犯人を運んできていたのだった。


「えっと…この火事の犯人、放火魔です。」


「え?こ、犯人…?放火魔…っ!?」


驚いて目を見開く消防官。だが俺は事実をありのまま伝えることしかできなかった。上手い説明も、円滑なコミュニケーションも、今の俺には補完する気力がなかった。


「取り押さえ…お願いしま…す…。」


それだけ言って、俺はその場に倒れ込んだ。全身が痛い。ここまで体の自由が効かなくなったのはこの人生で初めてだ。


「仁界君…っ!?」


倒れ込んだ俺を揺さぶって、その安否を確認しようとする先生。大丈夫…俺は大丈夫…その言葉すら出てこないまま…


「…すぐに救急車で搬送を…!」


「子供1人…!酸欠…もしくは過度な疲弊…もしくは…」


俺を心配して名前を呼び続ける先生と、病院へ搬送するためのに情報共有をする消防官達。俺はそんな人達に迷惑をかけながら、その場でゆっくりと意識を失った。


ーー


目を覚ますと、そこは白い天井。スイッチの入っていない蛍光灯の周囲に暗く影が落ちていた。俺は自分の両手を確認する。そして、隣に設置してあった机の上の鏡を見て、自分の姿を確認した。


「…よかった。なんとか生き延びたんだな。」


鏡には変わらない姿でベッドに横になる俺。体や顔に数箇所軽い火傷を負っているようで、一部ガーゼでとめられていた。


「あんなバカなことは金輪際やめよう…。命が何個あっても足りない。」


1人口に出して心に誓う。

とはいえ、気になるのは春風の安否と、その後犯人がどうなったかだが…。


「こんにちは〜…って起きてる…っ!?」


そんな俺のベッドのカーテンをザーッと開いて現れたのは、おそらく看護師のお姉さんである。


「こんにちは。あの…ここって…?」


驚き身を固めた看護師だったが、すぐにポケットからメモ帳を取り出しながら独り言をボソボソと呟き始める。


「えぇっと…もし目が覚めたら、まずは病院にいることを伝えて…そして親御さんに…ご連絡を…。」


「なるほど。」


おおかた予想通りだった俺は、取り急ぎ携帯電話を取り出して母親に電話をかけた。それからしばらくして、息子の無事を聞きつけた母親が病院に現れた。傍には妹の円が立っていた。


「…良かったぁ〜…。目覚したのね。」


母と妹は俺の無事を確認し、胸を撫で下ろしているようだ。ここまで大袈裟に心配をかけてしまったのは初めてなので、流石に頭を下げておこう。


「ごめんなさい。無茶しました。」


下を向く俺の頭を優しく撫でる母。


「良いのよ。助けたんでしょ?お友達。」


その言葉を聞いて思い出す。俺が救い出そうとしたクラスメイトの安否は…


「じゃあ…春風は…」


「えぇ。軽傷で、特に命に関わる怪我はなかったそうよ。」


それを聞いて俺も胸を撫で下ろす。自分の行動が無駄ではなかった事を喜び、助け出せた事を安堵した。


「そっか。」


「いろんなことが起こったけど、卒業おめでとう…巡。」


どこか誇らしそうな母さんのその顔は、前の人生で俺を撫でてくれたあの時のものと同じだった。あの時は照れ臭くて伝えられなかったが、本心をまっすぐ伝えよう。


「ありがとう。」


俺は笑顔でそう答えた。


その後、父親や祖父母、先生が病室を訪れ、皆俺の無事に安堵してくれた。なお、先生には少しだけ小言を言われた。


「…巡君…っ!」


そして夕焼けが空をオレンジ色に染める頃、春風が両親と共に俺の病室へ訪れた。丁度、換気のために開けていた窓から美しい桜の花びらが病室に舞い込んだ。


「春風。」


俺は窓の外を見ていたため、少し遅れて呼びかけに返事をした。


「どうしたんだよそんな急いで。」


俺は冗談めかして笑いかけた。今にも泣きそうな春風の顔がなんだか面白い。流石に…演技…なんてことはないよな?


「…馬鹿。」


俺を睨みつけて小さく呟く春風。「馬鹿とはなんだ…」なんて言おうとしたけど、まぁ仕方ないだろう。未来の女優の顔に少しでも傷を負わせてしまったんだから。


「ごめんな。その傷…。これから芸能界に挑戦するのに。」


春風は中学に通いながら、子役として芸能界に足を踏み入れるみたいだ。そんな女優の卵の顔を傷つけてしまったのは俺の不覚である。


「まぁでも…少しは感謝してくれても良いいよな…だって…」


なんとか自分の罪を軽減しようと、必死に言い訳を探す俺。春風は無言で俺の方へと歩み寄ってくる。その足取りはすこぶる力強い。これは間違いなくめちゃくちゃキレてる。


「待って…一旦落ち着けよ…。待て待て…待って…!」


ワナワナと肩を振るわせる春風に対し、なんとか落ち着くように諭すように言葉を並べる。今この体に一撃でももらおうものならば致命傷になりかねない。


「待っ…」


迫り来る手にとうとう耐えきれなくなった俺は、目を逸らした。


「ぇ…?」


しかし、想像していた衝撃はいつまで経ってもやってくることはなく、むしろ優しい暖かさが俺の左手の上に重なった。


「馬鹿ぁ…。」


俺の左手に両手を重ねる春風。そしてその上に涙がこぼれ落ちて跳ねた。


「春風…。」


俺だってわかってはいた。

春風がいかに常識のある…良心のある優しい人間か。命を救われて…それなのに小さな顔の傷のことで何か言ってくるような人間ではない事を。


「ごめん…。」


俺は右手を春風の両手に重ね、今度は本気で謝罪をした。大事な場面で軽口で誤魔化してしまうのは俺の良くないところだ。


「ううん…。こっちがごめんだよ。巡君に…こんな怪我させて…。」


やっぱり気にしていたのはそこか。春風はきっと理解してくれているのだ。俺にとってサッカーが全てだという事を。そして、今回の事件の怪我で、俺がサッカーに支障をきたすと心配してくれているのだろうな。


「どうして…?どうして私を助けに来たの…?」


春風は先ほどからずっと、俯いて視線を合わせようとしない。それほどに後ろめたい罪悪感に苛まれているのだろうか。


「…どうしてって…どうして?」


疑問に疑問で返す。


「だって、いつも冷静な巡君が…あんな危険な場所に来るわけないもん…。」


どうして自分を助けに来たのか…そんな質問を春風にさせてしまうほど、いつもの俺の行動は理性に縛られているってことか。


「あはは…。確かに。」


とはいえ俺も自分自身、なんであんな行動に出たのか答えを見つけかねているところだ。


「怖かった…。熱くて…苦しくて…きっともう誰も…私を助けに来てくれないんだと思ってた。」


あの状況じゃあ仕方がない。俺でも諦める。いや、足掻いたのか…俺は。


「もう前も見えなくて…真っ暗になって…最後に巡君のことを考えた…。」


俺は何も言えず、その言葉の続きを聞き続けることしかできなかった。


「そしたらすごいよね…。本当に助けに来ちゃうんだもん。意識が朦朧としてても…それでもわかったよ。なんでかな…。」


「完全に気絶してると思ってた。起きてたんだな。」


「うんうん…。起きてなかった。でも…わかった。」


それは…なんというか不思議な現象もあるもんなんだな。こんな事件に巻き込まれたのは前の人生含めても初めてだし、まだ解明されきっていない人間の感覚に通ずる何かがあったのかもしれないな。


「本当だよ…?」


「いや、別に疑ってないけど。」


言葉の後に少し間が空いたからか、俯きながらそんな指摘をしてくる春風。こういうところ…もう俺という人間を良く知られているなと感じさせられる。


「春風は…傷の方大丈夫なのか?」


「私は全然大丈夫…。巡君が助けてくれたから。でも…本当にごめん。ごめんなさい…。私のせいで…。」


そしてまた申し訳なさそうに俯きながら謝罪を言葉にする。全く…気にしすぎじゃないか?俺はそこまで脆くないぞ。


「大丈夫だ春風。俺の怪我も大したことはない。今まで通りサッカーできる。」


俺は慰めるつもりでそう言った。


「だから、ごめん…じゃなくて、ありがとうをくれよ。命の恩人に向けてのさ。」


俺の言葉に、さらに強く涙を流す春風。もう俺の右手がびしょびしょである。

まぁそもそも、春風にはなんの罪もない。火災の原因はあの男だ。とんだ迷惑野郎である。


「巡君…。」


しばらく泣きじゃくって、少し落ち着いて…そして春風は小さく俺の名前を呼んだ。


「どうした?」


俺は返事をして春風の方を向いた。丁度その瞬間、春の涼しい風が窓から桜の花びらを運びこんだ。

頭を上げた春風の顔は、涙でぐしゃぐしゃになっていて…それでもなんとか笑顔で、感謝の言葉を述べた。


「…ありがとう…。」


女優を目指す人間のプライドか…それとも春の風のイタズラなのか…桜の花びらに彩られたその笑顔は、きっと俺の人生の中で最も美しい光景であったに違いない。


「どういたしまして。」


だから俺も…同学年の中で数少ない友人に対して、いつものように気丈に、紳士的に、落ち着いて…最大限優しく感謝の返事を告げるのだった。


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