石橋を叩いて
「維弐蘭でございます」
回路師は女性でした。
彼女の眼の下の隈がちょっと心配になる。寝不足? 緊張? 私が言うことではないが気楽にして欲しい。こちとらまだ成人してない子供である。
なおこの弐蘭、実家が自営業で回路師をしていたが、兄の経営方針に嫌気が差して浪家の引き抜きに応じたらしい。
ついでに縁も切ってきたそうだ。相手は浪家で変なことは出来ないはずだし、手切れ金も払ったので綺麗さっぱり、すっきりしたとのこと。お兄さんどんな経営方針打ち出してたの? ブラックかな?
ちなみに彼女に会う前に白永の二人のお兄さんと挨拶済みだ。長兄万永も次兄百永も優しそうな人たちだった。
まあ万永は言ってみれば法務大臣、百永は四大家の浪家を支える辣腕家なので見た目で人を判断してはいけないのだろうが。三男の白永もこの顔で毒舌だし。
挨拶もそこそこに、彼女に機織機の回路図を見せる。
軽く目を瞠った後は、その図を隅から隅まで穴が開くのではという眼力で見ていた。回路師から見てもすごいのかな、これ。明かりの点灯というシンプルなものしか知らないんだが、この国の回路の基準がどのくらいなのか。何故か白永は教えてくれなかった。
「――素晴らしい。無駄な部分のない回路です。これを考え付いた回路師にぜひご指導願いたいものです」
「もうお亡くなりになっているのでそれはちょっと」
「そうですか……残念です」
回路師じゃなくて機織りする人がノリで考えたらしいよ、とは永遠に言わないことが決定した。
私から見ると訳の分からない配線だけど、これ無駄がないのか……。これから言うことがちょっと申し訳ない気もするが、仕方ない。
「それでですね。この回路、弄ることってできますか?」
「……手を加える必要のない、素晴らしい回路ですが。どんな機能を追加されたいのですか」
「いや、追加じゃなくて機能を一部抜いて欲しいんです」
「は?」
「ついでに回路をごちゃごちゃにして欲しいんです」
「……なぜそのようなことを?」
「このままだとデメリット高すぎなので……」
機能としては本当に素晴らしいのだが、これが今普及するとまずい。
これをそのまま使えば何でも一気に量を作れるし、人件費を削減で経営的にはとても有用である。
しかし、間違いなく職人が路頭に迷う。
雁雀で雇用を守ったとしても、この機織機はいたるところで真似され、使われるようになるだろう。そしてそこの人たちの多くが仕事を失う。
人口増加を見越して導入するのに雇用が減ったら困るのだ。ついでに言えばその土地独特の織物なんかもなくなってしまうに違いない。
日本だって産業革命により多くの職人、そして技術が消えていった。一度消えた技術を復活させるのは困難だ。何しろ技術書ではなく口伝が一般的である。存在したことすら気づかれていない可能性だってあるのだ。
供給を増やすのは大事だが、技術は技術で守って稼がせてあげたい。
「なので、絹とかの高級品が織れないようにして、織れる柄も辛うじて2色の縞模様にして。分解して調べようとしたら壊れてしまう、みたいなごっちゃごちゃの回路にしといて欲しいんです。数年かけて様子みながら一つずつ機能解禁してけば、またその時に機織機売れるし……」
高級品は高くていいのだ。絹なんて着るのは金持ちしかいないのだから、しっかり人件費も時間もかけて良い物を作ればいい。
一般向けの綿や麻の布を早く安く、そして多く仕上げることができるなら、その分高級品向けの高等技術の取得に時間がかけられるし。
最初は子守中の老人や遊び半分の幼子が糸を準備して見守ってるくらいの機械でいい。
地球での産業革命とその弊害を白永に説明したところ、このままの機能で世に出すのは危険だと意見が一致した。
産業革命のいいところより悪いところがスラスラ思い出せてしまうのは私の性格である。脅しみたいで本当に申し訳ない。おまけで昔友人に「石橋を叩きまくってヒビを入れて『なるほどこういう強度なのね』って渡らずに帰っていく、みたいなとこあるよね」と言われたことがあるのも思い出した。
持っているのが幸運チートで良かったかもしれない……変にチートあっても使いこなせないよ私。
こいつ正気か、みたいな顔をしてた弐蘭が難しい顔に変わって回路図を見ている。回路師からしたらきれいな回路をめちゃくちゃにするのは嫌なのかもしれない。
「例えとしては微妙ですが、あなたのお兄様のような男が勝手にこれを改造して儲けようとするのを阻止するような仕掛けと思っていただければ」
「やりましょう」
即答。
白永の言葉に、むしろ被せるくらいに即答だった。どんだけお兄さん嫌いなんだ……。
「なんでしたら改造しようとすると爆発する仕掛けにしても」
「しなくていいです」
「してもいいんですよ?」
「しないでください」
やめて白永。彼女を試すようなことしないで。めっちゃ目泳いでるから。やろうか悩んでいるから。




