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BlueStone  作者: 空魚
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[6]

 五章 紺碧


 10年前、少女には父がなかった。

 10年前、少年には母がなかった。

 研究を続ける男に嫁いだ女は、夫が首都にいる間、娘を育てることに専念した。

 病弱な女を娶った男は、妻に先立たれた後、後妻を入れることはなかった。

 少女の母は少年の父の知人であった。それゆえ、少女と少年は何度か顔を合わせることになった。

 2人は肩を並べて様々なことを学んだ。それはほんのわずかな間だったが、2人に片親がない淋しさを紛らわせた。

 共に過ごした数週間の日々。それが現実であったのかそうでなかったのか――それらの記憶は新しい記憶に追いやられ、薄れ行く虹のような輪郭だけを彼等の上に残した。

 当時、少女は7歳だった。

 当時、少年は15歳だった。


 外では雨が降り出していた。否、雨という名は借り物だった。ジェーダイトの大地を覆う植物群に定期的に水をまくために、自動散水機は巨大な気嚢部分の随所に設けられている。それが作動したに過ぎなかった。

 雨音は彼女等にはかなり遠くの方で聞こえていた。建物全体が切り出した石で作られているからであろう。

 青年の横にガゼルの姿はなかった。アウインは入り口の所で退路を確保しているのだ。

「ねえ、本当にこっちでいいの?」

「間違いないはずだ」

 根拠もなく自信ありげに答えるオリゴクレースを尻目に、ラピスはホウッと息を吐いた。 青年が告げた謁見の時間はとうに過ぎている。長達の宮殿は深部を除いては1日に1時間だけ一般に門戸が開かれていた。警備の薄くなるこの時間帯を、オリゴクレースが見逃すはずがなかった。

「……なあ、ラピス。こっちからモルチェのおばちゃんの匂いがするんだけど」

 天井の高い宮殿内は恐ろしくだだっ広い。しかし、人気があまりないのでその分、人の匂いは残留していた。

「母さんの?」

 悪い予感ほどよく当たる。ラピスは体の内からくる震えを何とか押さえようとして、自分の腕を服の上からギュッと握った。

「血の匂いもする……この匂い、あいつだ」

 トルマリンはそう言うと、犬のように床に鼻を擦り付けてその出所を探った。

 オリゴクレースとラピスは、そんな黒猫に無言で付き従った。


「――こんなところで何をやっている」

 その声が聞こえたのは、地下への階段を丁度トルマリンが探し当てた時だった。

「ロサーリーブスか」

 オリゴクレースは振り返りざまに飛んで来た矢を、素手で受け止めた。避けることもできたが、そうすればラピスに当たっていただろう。

「ラピス、あいつっ」

 トルマリンの瞳が金に光る。小さな体も2、3倍くらいに膨れ上がった。

「お前がラピス=C=ラズリか。遅かったな。お前の母親は先程死んだぞ?」

 悪意でもあるのか、女は整い過ぎた顔に笑みさえ浮かべていた。

「お前が殺したんだな!?」

「トルマリンッ!」

 黒猫は女に飛びかかった。あまりにも無謀すぎるその構図に、ラピスは猫の名を思いっきり叫んだ。が、

「フン」

 冷ややかにロサーリーブスは猫を見下し、その小さな体に容赦なくダーツの矢を突き刺した。

「フギャッ」

 ことん、と猫は床に落ちた。背に、腹に、鮮血が滲む。流れる、命の源。

「トルマリン、嘘はよしなさいよ……」

 膝が震えて、動くことすらままならない。

 トルマリンは大きな瞳を自らの名を呼ぶ人の方へ向けた。

「ラ、ピスぅ、俺……あ、デクソンの、おっちゃ……頼まれた」

 死に間際の猫の瞳は、寒気がするほど澄んでいた。ラピスは衝かれたようにトルマリンに駆け寄ろうとした。が、

「お前までああなるつもりか?」

 オリゴクレースの腕がそれを阻んだ。その腕にも赤い染みがあるのを見て、ラピスは再び動くことができなくなった。自分は守られることしかできなかったのだ。

「違法に脳移植されて生きていた者にふさわしい最期だ」

 脳移植という聞き馴れない言葉に疑問をもつ余裕はラピスにはなかった。彼女はロサーリーブスを睨んだ。他人をこれほどまでに憎んだのは初めてだった。けれど、睨みつけているうちに女の瞳がうっすらと涙ぐんでいることに気が付き、少女は唇をかんだ。それは自らに与えられた仕事だけをこなす、口を利く生物達と寸分違わぬ目だった。生気の抜けた死者の目だった。

「ラピス、合図したら床に伏せろ」

 オリゴクレースはそんなラピスの耳元で囁いた。

「階段とあの女の対角線上に、油圧をコントロールするためのチューブがあるのが分かるだろ?」

 ラピスは目線だけ動かしてそれを見た。

「あそこを狙う……やるぞ」

 オリゴクレースは一呼吸置くと、ラピスの肩にポンと手を置いた。

 瞬間、ボムッと火薬の発火する音が耳をつんざいた。ラピスは言われた通りに素早く床に身を伏せた。

 そして、轟音。鉄球は正確にチューブにめり込み、あふれ出た油は飛び散った火花で引火した。紅蓮の炎が天井へ向けて一気に吹き上がる。火は、チューブを伝ってすぐに建物の彼方此方へ腕を伸ばした。

「ねえ、ちょっと。あんたまで……私を1人にしないでよ……」

 爆風の衝撃に倒れ込んだオリゴクレースに、ラピスは慌てて駆け寄った。

「フン、俺は太陽を名前に背負ってる。これしきの炎ではくたばらん」

 青年はラピスの声を聞くと、素早くその身を起こした。

「……太陽?」

 体の奥底で何かが閃いた。

「オリゴクレースの別名にサンストーンってのがある」

「あ……」

 ラピスには1つだけ不思議なことがあった。それはトルマリンと同じようにオリゴクレースという人間が憎めないということだった。考えてみればその兆候は随分前からあった。それが何故なのか分からなかったが、

「……オリゴ、クレース……?」

 今ようやく分かった。

 ラピスは顔を上げると、顔をススだらけにして前をギッとねめつけている青年の背中を見つめた。

「初めて名前を呼んだな、ラピス」

 片手を失いつつも、無表情なまま立ち上がろうとしているロサーリーブスから少しだけ視線を外し、オリゴクレースは口の端でニッと笑った。

「行け。行って自分のしたいようにしろ」

 言いながら、青年は懐から白い封筒に包まれたものを出し、それをラピスに渡した。

「トルマリンが君に渡そうとしていたものだ。持っていけ」

「うん……」

 ラピスは染みの多くなった封筒を大切に受け取った。それからオリゴクレースに後を任せると、まだ火の手の届かない、闇の深部へ向けて走りだした。


 少女は無闇にだだっ広いホールの中を壁沿いに進んでいった。部屋の中は水と土と木の匂いが充満していた。

「ここね……」

 不安げにラピスは妙に凸凹とした壁にそっと触れた。

 ピュィィィィィィン――

「えっ……?」

 掌に静電気がさっと走り抜け、ラピスは驚いて壁から手を放した。壁は見上げるばかりの巨大なスクリーンとなり、いやに目に食い込んでくる光を発していた。

『ディスクをセットしてください』

 合成された耳障りな声がラピスに次の行動を促す。

「ディスク?」

『彩光を放つ直径12cmの円盤です』

 コンピューターに指摘され、ラピスは自分の抱えている白い封筒に視線を移した。それはトルマリンが最期に残したものだった。

 ラピスは無言で袋の口を開けた。中から出てきたものは、1冊の古びた本だった。

『それはディスクではありません。ですが万能の書をお持ちとなれば私は貴女に見せなければならないものがあります』

 コンピューターはそれ以上何も話さなくなった。その代わりに機械の作動音が断続的に続き、やがてその音すらハタリと途絶えた。画面一杯にあるものが映し出される。

「これは……」

 ラピスは目の表面が熱い膜に覆われてゆくのを感じた。全身が痛いほどにしびれていた。 こんなに青く美しいものをラピスは今まで見たことがなかった。それは1つの純粋な塊だった。暗闇の中、それだけが存在を主張する生き物だった。

 少女はコンピューターの画面に震える右手を近づけた。しかし、過去の遺物は彼女がそうするよりも早く、静かにその輝きを失っていた。

「――時が来たようですね」

 春の日差しのように柔らかい声が頭上から降ってきた時、ラピスはいまだ衝撃から立ち直れないでいた。

「それはかつての地球の姿です」

 少女はハッとして辺りを見回した。じっと目を凝らすと、闇の中にヌラリとした巨木の影がホールの中央に浮かび上がって見えた。

「やがてこの浮き島は地上に接舷するでしょう。この方舟は役目を終えたのです」

 息を呑む少女には構わず、声は話を続けた。それは安堵と疲労に彩られた声だった。

 ラピスは恐る恐る3本の樹幹の方へ近づいていった。大人が何人腕を広げれば事足りるのか、ふとそんなことを考えてしまうほどに太い幹は、生きた年数だけ黒々としなやかな獣のように伸びていた。

「……箱舟?」

「そう。全ては千年前からの計画の一端でしかないわ。一度壊れたものを修繕するのは時間がかかるの。それでも人々は地上を目指す。そんなことはわかっていたけれど、人が下で国を開くにはまだ地球は幼かったわ。自然に星が回復するのを待たなければならなかった。本当にこの地球を救おうと思っているなら植物だけを育てても無駄だということは、身に染みていたから」

 杉の木、グロッシュラーは全てを吐き出すように淡々と言葉を紡いだ。何故か、それをこの少女に聞いてもらいたかった。彼女の瞳の色があまりにもこの星の色に似ていたからかもしれない。

「あんたは父さんを殺した。母さんも、トルマリンも」

 ラピスの体の中で嵐が吹き荒れていた。感情が高まり過ぎて、自分でも何を言っているのか彼女には分からなかった。

「私は怒ってるのよ!?緑なんて大嫌い。地球なんて……ううん、違う。嫌いじゃない。好きだから嫌いなの。好きなのに……トルマリンを奪った……」

 木はもはや自由に動かすことのできない顔に、うっすらと表情を浮かべた。その顔は、千年分の哀しみに縁取られたものだった。

「私には謝ることができません。私達にはやらなければならないことがあったから」

 とつとつと噛み締めるようにして、杉の大樹は冷たい吐息を吐いた。

「人の心に大地を愛する心を育てなければならなかったのです。千年前のように地上を見限った人達のあふれたままでは自然は残るはずがなかったから」

「そんなの、違う。だったら何故あんたはそんな格好をしてるのよ!人工的に体を変えたりして……あんたは正しい行いをしてるつもりかもしれない。でも、そんなのただのエゴじゃない!」

 口からほとばしる思いは、父にも母にも向けた言葉だった。

「貴女は若いわ」

 知らないということは幸せなことなのね、と木は続けた。中傷ではなく、羨望として。少女に言われた言葉は他の者からも何度も聞いたことがあった。けれど、これだけその言葉を新鮮に受け入れられたのはこれが初めてだった。

「何故わからないの?そんなことを聞くために私はここに来たんじゃないっ……」

 硝煙のきな臭い匂いが漂い始め、時間に余裕がないことを告げる。ラピスはグロッシュラーのライムの瞳を真っ向から見つめた。

「何もかも知ってるようなふりをして、すべて1人で背負わないで。あんたは助けを求めるだけでよかったのよ……もっと違ったやり方だってあったはずだわ」

 グロッシュラーは肩の力が抜けたような気がした。樹皮が厚くなり年輪を重ねた分だけ、木の方が人間のときよりも肩をこるのかもしれない。思って彼女は胸中で笑った。

「そうかも知れない。でも、私達はこの体を選んだ時点で道を決めた。命の全てをこの計画に捧げることを。全ては起こるべくして起きたのよ」

 ラピスはいたたまれなくなって、杉の幹を抱きしめた。グロッシュラーの生き方が切なかった。彼女もまた、大切なものを守るために生きてきただけなのだ。

「……地球はあんたのことを見ていたと思う」

 グロッシュラーの全身に震えが駆け巡った。救われたと思った。この少女が生まれたのが奇跡だと言われても信じることができそうな気がする。もう何年も笑い方さえ忘れていた自分に、安らぎを与えてくれた――

「もう行きなさい。ここもじき、火に巻き込まれるでしょう」

 少女を死なせたくなかった。

「嫌よ!だってあんたは……」

 ラピスはそう叫んで巨木の幹にすがりついた。けれど彼女には分かっていた。しっかりと根を張った杉の木を助けることなど、到底できるはずがないことを。わかっていても胸が痛かった。グロッシュラーが例え両親や親友を奪った相手だとしても、その心に触れた以上、冷淡に見捨てることはできなかったのだ。心が消化不良を起こし、苦しさに胸を掻き毟りたかった。

「……帰りなさい。ここは貴女のいるべき所ではないわ。ここは私達3人の長老の部屋。部外者は直ちに立ち去るべき神聖な場所よ」

 グロッシュラーは義務的な声でそう言い、涸れて動かなくなっていた、元は腕であったはずの枝を無理に動かしてラピスの体を突き放した。

「っ……」

「出て行きなさい」

 厳しい瞳には有無を言わせない力があった。ラピスはそれ以上何も言えずに、踵を返して走り始めた。

「……さようなら」

 1人になった木はゆっくりと瞳を綴じて呟いた。芽吹いたばかりの若葉のような感受性を持つ少女。彼女が、引き渡されたこの世界をどう変容させて行くのか、それを見届けられないのが木には少し残念だった。

 枯死した体の先端部分に炎が灯るのが分かる。枝に死の吐息が吹きかかるのが……分かる。

「ようやく、休むことが、できるわ。サーペン、ティン、クリソ、コーラ……」

 それでも、穏やかな終わりを迎えられた分、自分は彼等より幸せなのかもしれない。

「プログラム、終了。これよ、り先、の、追随は、許、しま、せん……」

 最期の力を振り絞り、木はコンピューターに最期の命令をした。ピッ、と壁が機械音を発する。

『了解。接舷を開始いたします』


「行こう」

 ロサーリーブスと決着が着いたのか、オリゴクレースは中央ホールの出口のところでラピスを待っていた。

「ねえ……どうしてみんな、死んでいくの?」

 オリゴクレースはラピスの腕を引いた。少女は泣きそうな表情をしていた。

「死がなければ生にも意味はない」

「でも!」

 こらえていたものが、頬の上を滑り落ちた。泣けば全てが現実だと知らしめされてしまうような気がして、けれど涙を止めることはできなかった。

 オリゴクレースは無言で少女を抱き寄せた。ラピスの背負うオルソニプターの羽根が邪魔になって強く抱き締められないのが、青年にはもどかしかった。

「ご主人様っ、ここにいたんですね。さあ、お乗りください」

 オリゴクレースがラピスの涙を唇でそっと吸い取ろうとした丁度その時、オールターガゼルが炎の中から姿を現した。艶やかだった毛並みは火の粉に焼かれ、見るも無残な体を晒して。

「お前……その体……」

「早く乗ってください。時間がありません」

 アウインの声には危機迫るものがあった。その声の調子に押されてオリゴクレースは頷くとガゼルの背に乗り、ラピスを後ろに乗せて自分に捕まらせた。

「振り落とされないようにしてくださいね」

 アウインは突風の勢いで炎の中を走った。内側に曲線を描く2つの角を持つその生き物は、筋肉の筋がうっすらと浮き上がった4本の足で土を蹴り飛ばしながら前方へと視界を切り裂いてゆく。

「アウイン、とばし過ぎだっ」

 オリゴクレースはアウインの意図するところを悟って手綱を引こうと身を起こした。金の髪は炎の照り返しを受けて砂金を飛ばしているように光を反射する。

「やめてください!……確かに私はオールター・シリーズの乗り物に過ぎません。本来は与えられた仕事に関する事項の思考しかできない生態ロボットです」

 ですが、とアウインは続けた。

「私にはバグがあったようです。私は私の意志を貫きたいと思います。今更『ご主人様』という呼び方を変えることはできませんが」

 オリゴクレースにはアウインの決意を曲げることはできなかった。

「……アウイン……」

「先程、中枢から私の機械である部分に指示が来ました。これからのために私達のような半端者は要らないのだそうです。どのみち、死ぬなら私は私の好きなようにしたい」

 階段を駆け上がり、灼熱した床を踏み砕きながら、ガゼルは前進する。ラピスは「もうやめて」と言いたかった。けれど、皮膚が焼けただれ、汗さえもかくことさえもできなくなっているガゼルの体は火がついたように熱かったので、そんな安易な言葉は口にできなかった。

「ラピスさんには翼がありますね?すみませんが外に出たらそれで上空へ逃げてください。私は真っすぐに駅へ向かいます。そろそろ、限界のようですから」

「……わかったわ」

 命は見せかけではなく失われてゆく。嫌だとしがみついてみても。生きたい。共に生きていきたい。願いはただそれだけなのに。

「ご主人様をよろしく頼みます、ラピスさん」

 涙を飲み込み、ラピスはオルソニプターの羽を開いた。外門から青い空が除いているのが見え、そして  

「……テイク、オフッ」

 オリゴクレースの体を離す。体が宙に浮いたと思った瞬間、翼が羽ばたいた。サアッと風が彼女の中を通り過ぎる。何もかも洗い流すように。と、その時、


 ――俺、ここにいるよ――


 声が……聞こえた。空耳かも知れなかった。けれど、ラピスはそれがトルマリンのものだと疑わなかった。


 ――失ったと思わないで。得たものだってあるはずよ、ラピス――


 今度は母の声。


 ――皆、地球に記憶されている。失われた訳ではないよ――


「父……さん?」


 ――さあ、お行き。彼が待っている――


 ラピスは空との一体感の意味が分かったような気がした。全て、記憶されているのだ。空には、何もかもが。

 ラピスは無言で頷いた。

 そう、全てを失った訳ではない。

 少女はガゼルの後を追った。黒い噴煙を上げる廃墟を振り返ることはしなかった。



 エピローグ


 オカリナの音が、大地の全てを魅了するように高く低く響き渡る。さわさわと大地を渡る緑の波。成熟しきらない青々とした麦畑の途切れた岩の上に、栗色の髪の少年の姿があった。

「上手いもんだ。あいつじゃそうは吹けない」

 岩の下で絵を描いていた父親らしき男が、少年に話しかける。

「父ちゃん、そんなこと行っていいのか?俺、母ちゃんに言い付けるぞ?」

「トルマリン、俺はお前を褒めたんだぞ?それはあまりにも酷い」

 肩をすくめる男に、少年は笑いかけた。

「嘘だよ。人が気持ち良くオカリナ吹いてたのに邪魔してくれたことのささやかなお返しさっ。さーてと、今度は邪魔すんなよ」

 生意気な口をきく金の瞳の少年。男は苦笑しながら自分もキャンバスに向き直った。

 再び、オカリナの音が風に染み込んでゆく。記憶を運ぶように。様々なもの達の魂を揺さぶって。


 ――な、ラピス。俺、ここにいるよ?――


 幾つもの囁き声の縒り合わさった笛の音から、綻びたように言葉が1つ、風に洩れた。


(END)

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