会誌第九号
真浩が大浴場で倒れた次の日、学園祭会議は夕方に終結した。前日にかなりの部分を話しあっていたこともあり、後は各々が自分の役割に応じて計画を立てることになった。
生徒会補佐の真浩は、様々な部署の簡単な仕事、悪く言えば雑用の書類を抱えて部屋に戻らなければならない。渡された書類を鞄につめている真浩に聖司が声をかけてきた。
「その書類、なくすんじゃないぞ。雑用とはいえ、学園祭に関わる重要な書類だ」
はっきりと雑用発言をされたことに、多少のショックを感じつつ真浩はうなずいた。
「あと、明日の朝八時に四龍殿の前に集合だ」
聖司はいつもの人の悪い笑みを浮かべながら、それだけを言い残すと去っていった。その後ろ姿を、反論を許されない真浩は一つはため息をつくことで見送った。
次の日の朝、四龍殿の前で生徒会メンバーを待つ真浩の姿があった。正直、昨日の聖司の笑顔を思い出すと悪い予感しかしない。いつもより重く感じる制服や鞄を身につけながら、ひたすら聖司たちがやってくるのを待つ。
「待たせたな」
颯爽と現れた聖司が真浩に声をかける。聖司の言葉に振り返った真浩は、すかさず質問した。
「おはようございます。あの、何か御用ですか?」
恐る恐る訊く真浩に対し、聖司は笑顔を崩さないまま答えた。
「ついてくればわかる」
それだけ言うとさっさと歩きだしてしまった聖司の後を、他の生徒会メンバーが追いかける。真浩はいまいち納得できないまま最後尾についた。
しばらく歩き、学園の門が見えてくると何やら人が集まっているのがわかった。良く見ると、どうやら学園の制服を着ているようだ。
「あの、なんか生徒が集まっているみたいですけど」
真浩はこっそり前を歩く拓海に話しかけた。
「そりゃ、俺らを待ってるからね~」
「は?」
「あれ~知らない? 俺たち有名人なんだよ~」
「いえ、それは知っていますが……」
このまま行けば人ごみの中に突っ込んでしまう。真浩は不安を感じ、そっと生徒会の集団から離れようとした。
しかし、拓海に気づかれ引き戻される。
「ちょっと、ちょっと、ヒロちゃんどこいくの~?」
「いや、このままでは」
焦る真浩を拓海がぐいぐいと引っ張る。
「だ~いじょうぶ~、かいちょ~が今日はヒロちゃんのお披露目の意味もあるって言ってたから~」
拓海の言葉を聞いて、ますますついていきたくなくなった真浩であったがどうしようもない。大きなため息をまた一つ吐き、どうにでもなれという自暴自棄な気持ちで生徒会のメンバーについていく。
しばらくして、とうとう生徒たちの集団が真浩の眼前に迫った。他のメンバーは慣れた様子で、いつもと違った雰囲気をつくり始めた。そんなメンバーたちを、両側に別れた生徒たちが羨望の眼差しを向けている。
いつもとは違うさわやかな雰囲気を漂わせる聖司、優しく微笑む亜門、特に変わった様子はないが菓子を手放した紅、鋭いまなざしの英、周りに愛嬌をふりまくヒカリ、屈託なく笑う祥一郎、天使のように純粋な微笑みを見せる拓海。
その完璧なメンバーの変貌ぶりに真浩はめまいがした。特に、祥一郎の笑顔を見たときには命の危機を感じたほどだ。しかし、生徒にとっては見なれた生徒会なわけで、その視線は自ずと真浩に集まった。そこかしこで、転校初日の教室とは比べ物にならないようなささやき声が聞こえてくる。
「ちょっと、誰だよあれ」
「確か、A組の」
「一年か?」
「あの集団にいるってことはどなたかの」
好奇の視線を一身に集め、真浩はいたたまれない気持ちになった。なるべく前だけを見て歩くことを心がけていた真浩は、学園の正面玄関が見えてきたことに安堵した。しかし、生徒会メンバーは玄関前の階段を登りきったところで歩みを止め、集まっている生徒の方に向き直った。最後尾を歩いていたはずの真浩は、なぜか聖司の隣に並ばされた。
「皆、よく聞いてくれ。このたび、名誉ある我が四龍会に新しいメンバーが加わった。四龍会の補佐を務める、一年A組の奥村真浩だ」
よく通る聖司の声が真浩の存在を、集まっていた生徒に紹介する。聖司の言葉を聞き、生徒たちは一斉に真浩を見た。多くの生徒の視線を一身に受け、真浩は視線を落とさないようにするだけで精一杯だった。
「あいさつを」
静かに囁かれた聖司の言葉に、真浩は肩を揺らす。まさかこのようなことになるとは、思ってもいなかった真浩である。当然挨拶の言葉など考えていない。真浩はしばらく悩んだ後、意を決して口を開いた。
「このたび、四龍会補佐に任命された奥村真浩です。皆さんの学生生活がよいものになるよう、活動していきたいと思います。至らないところも多いと思いますが、精一杯がんばりますのでよろしくお願いします」
深く頭を下げた真浩に、生徒たちの盛大な拍手が降り注ぐ。恐る恐る顔をあげた真浩は、隣に立っている聖司の顔を仰ぎ見た。真浩の視線に気づいた聖司が、微笑みながら微かにうなずく。
「今後も我々は、この学園の生徒のために全力を尽くす。では、皆、学園での一日を精一杯楽しんでくれ。以上だ」
聖司はそれだけ言い残すと、体の向きを変え、校舎に入って行った。他のメンバーも後に続く。真浩に関しては、半ば放心したまま後に続いた。
軽く言葉を交わして生徒会メンバーと別れた後、真浩は教室に向かった。生徒会に一年生は真浩しかいない。一年生の教室が並ぶ廊下を、痛いほど視線を浴びながら真浩は一人で歩いていた。やっと自分の教室にたどり着き席についたものの、クラスメイトは遠巻きに真浩をうかがうだけで何も話しかけようとしない。
「はあ~~」
一人盛大なため息を吐いた真浩は泣きたい気持ちになった。何が悲しくて転校三日目にして、このような仕打ちを受けなければならないのか。真浩がぐったりと机に突っ伏していると、勢いよく教室の扉が開かれ、ずんずん近づいてくる足音が聞こえた。
「ちょっと! マッピ! どういうことなの!」
ゆっくりと顔をあげた真浩に、近づいてきた相手、亮介が詰め寄る。
「なんか、マッピが生徒会に入ったって噂なんだけど!」
「あ~うん……」
「あ~うん、じゃないよ! どうして! なんでそんなことになってるの!」
「いや、もう、それはこっちが訊きたい」
混乱した様子の亮介は、勢いよく髪をかきながら、なんで、どうしてと一人でつぶやいている。そんな亮介の様子を尻目に、教室を見まわした。誰もが真浩の言葉に興味深々で聞きいっているように思える。
「落ち着けよ、亮介」
「これが落ち着いていられる?」
「説明が遅くなって悪いかったけど、この間、偶然生徒会のメンバーに出会って補佐を任されたんだ」
真浩は、亮介だけでなく周りの生徒にも聞かせるように説明した。
「だって、いきなりそんなことになるわけないじゃん!」
なおも詰め寄る亮介を押しのけて、真浩は説明を続けた。
「いや、そのときにちょっと色々あって……成り行きで……」
「ぜんぜん説明になってないよ!」
真浩の歯切れの悪い説明に、亮介は今度はガッチリと肩を掴んだ状態で真浩に説明を求めた。どう説明しようか迷っていた真浩の耳に、授業開始を告げる鐘の音が聞こえてきた。
「あ、亮介。授業が始まるぞ。席につかないと」
真浩は肩を掴む亮介の手を無理やり引きはがし、隣の席に座らせる。まだ納得のいっていない様子の亮介は、授業のために教室に入ってきた滝本先生の姿を見て渋々席についた。
昼休みになり、また説明を求めてきた亮介を軽くかわし、真浩は中庭にある温室に向かった。以前は憂鬱でしかなかったその道のりが、今は救いを求めて進む明るい道のりに思えるのだから運命とは皮肉なものである。
「失礼します」
一声かけてから温室を進むと、見なれたメンバーが各々ベンチに腰掛けながら優雅に昼食を楽しんでいた。真浩の気配に気づいたメンバーが顔を上げる。真浩には心なしか、聖司、亜門、ヒカリ、拓海が面白いものを見るような表情をしているように思えた。
「どうだ? 雑用ながら四龍会入りした感想は」
さも可笑しそうに表情を緩めながら聖司が問いかける。完全に状況を楽しんでいる聖司の表情に、真浩はどっと疲れが増した気がした。
のそのそとベンチに座り、朝寮の購買で買った昼食を広げながら疲れ切った表情で真浩が答える。
「どうもこうも……歩くだけで視線が突き刺さるわ、クラスの人は一切話しかけてこないわ、挙句友達に質問攻めにされるわ……」
「ほお、お前、友人がいたのか」
「いや、そうじゃなくて」
見当違いの聖司の言葉に、真浩は盛大に突っ込みを入れた。真浩と聖司のやりとりを隣で聞いていた亜門は、クスクスと笑いながら話に加わった。
「まあ、奥村くんがちゃんと注目を集められる存在でまずはよかったよ。噂の中には、容姿や態度の点で好意的なものも多いみたいだしね。全く関心をもたれなかったり、四龍会に不適切な噂をたてられたりしたらどうなっていたことか」
「……どうなっていたんでしょうね……」
この短時間でどうやって噂の収集などしたのかという疑問もさることながら、自分の命が危険にさらされているような状況に真浩は青ざめた。亜門は笑っているが、その言葉は冗談に聞こえない。
教室にも、この温室にも安らげる場所がないことに真浩は目の前が真っ暗になった。残りの昼食の味も感じない気がする。そんな真浩をよそに、聖司が全員に声をかけた。
「今日の放課後、聖アンシェル女学院との会議の日程について検討する。各自、この温室に授業が終わり次第集合するように」
全員が了解したのを確認すると、聖司は再びベンチに座った。
ぼんやりとその様子を見ていた真浩に、昼食を食べ終わった様子の拓海が近付いてきた。疲れ切った様子の真浩を楽しげにつつきながら隣に腰掛ける。
「ねえねえ、ヒロちゃん、注目集めるのってどんな感じ? やっぱ、イヤ?」
拓海の行動にかまわず、真浩は少し悩んだ後答えた。
「イヤ……ではないです」
「へ~んじゃ、注目浴びれて気持ちいとか?」
今度は真浩の髪をいじりながら、拓海がさらに質問をしてきた。
「それもちょっと違います」
「ふ~ん、んじゃ、どんな感じ?」
真面目に聞いているのかいないのかわからない様子の拓海を気にせず、真浩は自分の気持ちを確認するように言葉を発した。
「……少し不安になりなす」
「なんで~?」
「俺は皆さんみたいに正式なメンバーでもなければ玉雛でもない。今の俺はとても中途半端な存在です。それでも、この学園のためにしなければいけないことはたくさんあります。自分が注目されるほど、その力を持っているのか不安なんです」
「でも、ヒロちゃんは成り行きでここにいるだけでしょ? じゃあ、そんなに責任感じることないんじゃない?」
尚も真浩の髪を弄りながら、なんでもないことのように拓海は答えた。しかし、真浩にはその言葉の響きが先ほどの軽い調子とは、どこか違っているように思えた。
「やるからには全力を尽くしたい。皆さんがこの学園のためにできることを精一杯やっているなら、自分も同じ気持ちでいたいと思うんです」
言い終ってから、真浩は初めて自分がそんなことを考えていたのだと知った。二日間親身になって学園祭の会議をする生徒会のメンバーを見て、真浩の中で少しずつ生徒会に関する考え方が変わっていたのかもしれない。
そんな真浩の言葉に、拓海は少し驚いた表情をつくったまま動きを止めた。静止した拓海にまじまじと見つめられた真浩はいたたまれない。真浩が目をそらすと、拓海が急に笑い始めた。
「ぶ、はははは! 聞いた~かいちょ~!」
自分の言葉を笑われたのだと感じた真浩は、ますます身を縮めて下を向いた。一方、話をふられた聖司はちらりと真浩を見た後黙って紅茶を口に運んだ。そんな真浩と聖司の様子にかまわず、拓海が笑いすぎて目尻に涙を浮かべながら真浩の髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
「やば! いいね~ヒロちゃん! 俺、好きになりそう~」
「な!」
真浩が最後の不穏な言葉に勢いよく顔を上げると、拓海は妖艶な笑みを浮かべて言った。
「ま、せいぜいがんばんな」
拓海の言葉に真浩が固まっていると、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴った。
様子を一変させ拓海がベンチから勢いよく立ちあがる。
「さ、午後の授業に行きますか~」
いつものふざけた調子に戻った拓海の言葉に、はっと時間を確認した真浩も立ちあがった。
「あの、じゃあ、俺はこれで」
急いで荷物をまとめた真浩は、そそくさと温室を後にした。
その後ろ姿を、その場にいた生徒会メンバーはそれぞれ違った感情を抱きながら見送っていた。
真浩が教室に帰ると、何か言いたげな亮介の視線を感じたがあえて触れず自分の席に座る。冷たく接していることはわかっていたが、亮介を巻き込みたくはなかった。
全ての授業が終わり、話しかけてきた亮介に真浩は身がまえた。
「マッピ……」
「なんだ?」
真浩はできるだけ不自然にならないように答える。
「俺、マッピが言いたくないならもう訊かない」
「……亮介」
「でも、生徒会って特殊な組織っしょ? なんかあったら、いつでも言ってよ」
「……」
質問攻めにあうだろうと覚悟していた真浩は、亮介の思いがけない言葉に言葉を失った。亮介の気づかいに、真浩は不覚にも泣きそうになった。
「ごめん……」
「な~に言ってんの! 俺たち友達じゃん!」
明るく笑いながら亮介が真浩の肩をバシバシと叩く。転校前には友達と呼べる存在のいなかった真浩は、亮介の言葉を自分の中で噛みしめた。
「ありがとう」
「いいっていいって~。じゃあ、俺は部活行くから。また明日ね、マッピ」
軽く手を振った後教室を出ていく亮介を見送り、真浩も温室に向かうため教室を出た。
どこか晴れ晴れとした気持ちで、真浩は一年生の廊下を歩いていた。朝、突き刺さるようだと感じていた視線も気にならない。友達という存在が、自分の心で大きく膨らんでいくのを実感せずにはいられなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
本当ならもう少し後に投稿する予定でしたが、思いのほか出来上がってしまったので投稿させていただこうと思います。
次話も少しずつ書いているので、そのうちお目に書けることができるかと思います。
今後ともよろしくお願いします。