会誌第十八号
聖司の決定から約一週間、真浩は一瞬も無駄にできないような忙しい日々を過ごした。朝は祥一郎との打ち合わせ、昼は資料の確認と設置作業の確認に追われ満足に昼食をとる時間もない。放課後は亮介と透へのあいさつもそこそこに、教室を飛び出しグラウンドへ向かった。
唯一の救いは黒龍の応援合戦練習が本格化していないことだ。とはいえ、陣形の確認などは必要であり、時間を見つけては会議に参加しなければならない。真浩はこの一週間で一生分の体力を使ったような気さえしていた。
そして、とうとう祥一郎が作業に復帰する日が来た。緊張の面持ちで真浩は祥一郎の隣を歩きながらグラウンドへ向かう。
「どこまでできているか、見ものだな」
「はい……」
隣を歩く真浩にちらりと視線を向けて、祥一郎はつぶやいた。祥一郎は小さく答えた真浩の表情をひそかにうかがう。それは、この一週間、日が進むにつれて感じた違和感の原因を探るためであった。
違和感の理由は、真浩に任せていた作業の進行状況についてである。祥一郎は、当初真浩がこなせるであろう作業内容を予想していた。しかし、真浩が毎朝の打ち合わせで報告してきた内容は、その予想を良い意味で裏切り進行していたのである。正直、本当に真浩が報告したところまで進行していれば、祥一郎が抜けた穴を十分に埋められたことになる。
「もう一度聞くが、本当に今朝報告があったところまで進んでいるんだろうな」
「えっと、はい。間違いないです」
急いで手元の資料に目を通す真浩を見て、祥一郎は眉間に深くしわを刻んだ。そのまま無言で歩く速度を速めると、祥一郎はコロシアム状のグラウンド内に足を踏み入れた。
視界が開けた瞬間、祥一郎は思わず立ち止まった。
「な……」
言葉を失って周りを見回す祥一郎の様子を、真浩が不安げにうかがっていると周りから声がかかった。
「委員長、復帰おめでとうございます」
「お怪我の方は、もうよろしいんですか?」
口々に復帰を祝う言葉をかけながら、祥一郎と真浩の周りに作業を一時中断した体育委員たちが集まってきていた。未だ衝撃をうけたままの祥一郎は、ぎこちない笑顔を張り付けたままそれにこたえる。
「ああ、ありがとう。もう問題ない」
祥一郎の言葉に、体育委員たちが口々に安堵の言葉をもらす。
周りの言葉に、祥一郎は自分の内心を悟られないように振舞うことで精一杯だった。満面の笑顔を振り撒きながら、祥一郎は改めて周りを見回した。現在、祥一郎の周りに人が集まっているため作業は中断されているが、ほぼ予定通りに準備が進んでいる。祥一郎は信じられない気持ちのまま、思わず近くにいた体育委員に話しかけた。
「順調に準備は進んでいたようだな」
「あ、はい。奥村さんが頑張ってくださったおかげですよ」
「彼が?」
祥一郎はそう言って別の体育委員と話し込んでいる真浩を見た。
「そうなんです。最初はわからないことが多い様子だったんですが、前日にわからなくてできなかったところは次の日には必ず理解して戻って来られるんです。奥村さんの一生懸命な姿を見たら俺たちも頑張ろうと言う気になれて」
「周りへの指示も彼が?」
「ええ、まあ、指示と言っても一緒に作業工程を考えるといった感じで。なんていうか、指示を出すというよりは各作業場のパイプ役といった感じでした」
「そうか、わかったありがとう。君は作業に戻ってくれ」
「はい、失礼します」
祥一郎の言葉に、体育委員は急いで自分の持ち場に戻っていった。その様子を見届けた後、祥一郎はそっと真浩の様子をうかがった。祥一郎と体育委員が話している間に別の場所で体育委員と真浩が話し合っている。その姿を見て祥一郎は喉まで出かかった言葉をなんとなく飲み込んだ。
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九月某日快晴。
抜けるような秋晴れの空のもと、龍徳学園の体育祭が幕を開けた。
観客席が満員状態であることに加え、各チームの生徒も自陣の応援席に座っているため、グラウンドはかなりの熱気に包まれていた。
その様子を開会式のために設けられた生徒会特別席に座りながら、真浩は唖然と見上げることしかできなかった。真浩には、かつてこんなに大勢の人が集まる中心に立った経験などない。緊張で固まってしまった真浩の様子を見て、隣に座っていた拓海がクスクスと笑い始めた。
「ヒロちゃん緊張しすぎ~」
「いや、こんな場所で緊張しないほうがおかしいですよ」
「ん~、俺、緊張しないけどな~おかしいのかな? キャハハ」
生徒席から観客席に声が届かないのをいいことに、拓海は暇な待ち時間を真浩をいじることで紛らわそうとしているらしい。それを悟った真浩は、拓海に適当な相槌を返しながら他の四龍会メンバーを見た。いつもと違い学校指定のジャージに身を包んだメンバーの姿は新鮮である。それぞれの首元からは、以前聖司が自分たちの誇りであると説明していた首飾りの鎖が覗いている。
「首飾り外さないんですか?」
唐突な真浩の質問に、それまでふざけている様子だった拓海が一瞬驚いた顔をつくった。しかし、その表情は瞬時に変わり、先ほどとは違った笑顔となる。
「これは外せないよ~これを外すこと、それすなわち四龍会を抜けることになるからね」
そう言ってかすかに自分の胸元に触れる拓海を、真浩は不思議な気持ちで見つめていた。真浩には、拓海や以前首飾りについて語っていた聖司が誇りと表現する意味がいまいちわからなかったからだ。
「まあ、ヒロちゃんが四龍会に入ったらわかるかもね~」
いたずらっぽく拓海がそうつぶやいたと同時に、体育祭の開始を告げる号令が響いた。
吹奏楽部の演奏から始まった開会式は、体育委員長、生徒会長の順で挨拶が行われることで幕を閉じた。余談だが、開会式で祥一郎と聖司の挨拶のすぐ後に倒れる生徒が数人いたのは、おそらく熱中症のせいではないだろう。
開会式後、それぞれのチームの応援席へと四龍会メンバーは散らばっていった。
真浩と聖司も黒龍の応援席の最前列に作られた席に着席する。非常に目立つ席に座っていることで緊張している真浩の肩を叩く人物がいた。
「ヒ~ロぽん!」
明るい声に驚いて振り返ると、ちょうど透が真浩の席の後ろから真浩の顔を覗き込んでいた。
「透!? なんでここに?」
「お、初めて名前呼んでくれたッス! 最初の種目に俺たち出場するから挨拶しとこうと思ったッス」
そう言って透が視線を向けた先には、遠慮がちに微笑む亮介の姿もあった。真浩はどこかひきつったような微笑を向ける亮介に疑問を感じながら、心底うれしそうに透が抱きついてくるのをはがす。じゃれつく透に少し迷惑そうな顔をしながらも真浩は内心安堵していた。隣に聖司しかおらず、一般の生徒から少し離れた主将と副主将の席に座っていた真浩には、現れた透はまさに救世主である。
「俺とスケぴょん頑張るから、しっかり見てて欲しいッス!」
キラキラした笑顔でそう言うと透は大きく手を振りながら、亮介に引っ張られるようにして出場者が並ぶ入場門へ駆けていった。そんな透に向かって軽く手を振っている真浩の横で僅かに笑い声が聞こえた。
「お前の友人はずいぶんと元気のいいことだな」
真浩がその言葉に隣の席を見ると、可笑しそうに微笑む聖司の姿があった。
「応援合戦の練習を見ててわかると思いますけど、透はいつもああなんですよ。落ち着きないっていうか、にぎやかっていうか」
「ほお、類は友を呼ぶとはこのことだな」
「え……つまり、俺が落ち着きなくてにぎやかだと言うことですか?」
「違うのか? 遅刻魔で落ち着きがなく、学園の設備を見るたびににぎやかに騒いでいるのはどこの誰だ?」
「うぐ……それは、その……」
聖司にいつもの人の悪い笑みを向けられ、真浩は言葉に詰まったまま視線をさ迷わせる。横でクスクス笑う聖司にばつの悪い気持ちを抱えながら真浩は視線をグラウンドへ向けた。
真浩の視線の先では亮介と透が決められた場所に整列している。応援席に真浩を見つけて手を振ろうとした透を亮介が目ざとく見つけて脇を小突いた。そんな二人の様子を苦笑混じりに見つめながら、真浩は亮介の様子について考えていた。透と仲良くなってから気づいたことだが、亮介は意外と面倒見がいい。最初は軽い雰囲気ばかりが目立っていたが、三人でいるとき一番冷静に周りへ対処するのは亮介だ。
「俺、二人がいてくれてよかったと思います」
ふと真浩は感じたことを口に出していた。ポロリとこぼされたつぶやきのような真浩の言葉を聞いて、聖司は先ほどとは違った穏やかな微笑をこぼした。そんな二人の視線先では、輝くような笑顔で競技種目である大縄を一回跳ぶたびに手を振る透と、それをあきれたように見ながらため息をついている亮介の姿があった。
紅が玉を入れるたび歓声の沸き起こる玉入れがあったり、普段から女装しているヒカリが仮装リレーに出場したり、正直いた意味があったのかと疑いたくなるような拓海が出場した綱引きがあったりと龍徳学園の体育祭は着々と競技を消化していった。四龍会のメンバーが出場するたび敵味方問わず会場が興奮状態になったのは言うまでもない。
そして、とうとう午前中の競技は残すところ後一種目となった。
「やるからには一位をとってこい」
「は、はい!」
次の競技である借人競争への出場のため、黒いハチマキを結びなおしていた真浩に聖司が声をかけた。真剣な聖司の表情に気合を入れなおし、真浩は入場門へ向かう。途中、透と亮介からのエールをもらい気合十分で列に並ぶ。不本意ながら副主将と言う役職についている以上、負けることは許されない。それは今まで見てきた四龍会のメンバーの姿が証明していた。実際、個人競技であったヒカリが一位をとったことに加え、紅と拓海も団体競技ながら一位を獲得している。言い知れないプレッシャーに負けないように真浩は一つ深呼吸をした。
「位置についてー、よーい」
パアンというピストル音とともに横一列に並んだ四人が一斉にスタートした。
スタートはほぼ同時、勝負の鍵は借人競争のメインである紙に書かれたお題にあう人物をいかに早く見つけるかということにかかっていた。レーン横の机に置かれた紙を競技者が一斉にめくりお題を確認する。一番最初に動いたのは赤龍の生徒であった。他の生徒も行動をおこす中、少し戸惑いながら真浩も動く。
真浩が向かった先は黒龍の応援席であった。遅れを取り戻すように全力で応援席に向かう。真浩の少し前を青龍の生徒が走っている。
真浩と青龍の生徒が黒龍の応援席についたのはほぼ同時であった。
「「会長!」」
声をかけた二人が驚く中、聖司が動じることなく座っていた椅子から立ち上がった。そして、ちらりと真浩を見ると青龍の生徒に手を差し出した。
「お題を」
自分が選ばれなかったことに少なからずショックを受けた真浩が、しょんぼりとその場を離れようとすると聖司が差し出している方と反対の手で真浩の腕を掴んだ。何がなんだかわからずその場に留まっている真浩の腕を掴んだまま、聖司は青龍の生徒がもってきたお題を確認した。
「よし、これなら他の人物をあたれるな」
そう言うと聖司はお題の書かれた紙を青龍の生徒に返し、いったん真浩の腕を離すと華麗に応援席の前に作られた柵を跳び越えた。そのまま再び真浩の手を掴むと走り始めた。
「ちょっ、ちょっと、会長!?」
状況が掴めていない真浩は自らが競技者であるにも関わらず、半ば引きづられるようにしてゴールにたどり着いた。わけのわからないまま、お題を体育委員に見せ見事ゴールを果たしてみるとなんと一位でのゴールであることがわかった。どうやら周りの生徒が思いのほか苦戦していたようである。
乱れた息を整えながら真浩は聖司に問い掛けた。
「さっきの青龍の生徒が持ってきてたお題なんだったんですか?」
聖司は真浩の質問に、息一つ乱していない涼しい顔で答えた。
「『四龍会のメンバー』とあった」
「な!? それなら会長当てはまるじゃないですか。なんで俺を……」
てっきりもっと漠然としたお題を想像していた真浩は、事もなげに言い放った聖司に戸惑いがちに視線を向ける。聖司の言葉が正しければ、聖司は自分に当てはまるお題を知っていながら、どんなお題を持ってきたのかわからない真浩を選んだことになる。
「馬鹿め、自分のチームに貢献しないでどうする」
「あ、そうですよね」
「なんだ、それ以外に何かあると?」
「い、いえ、驚いただけです」
聖司が迷わず自分を選んでくれたことに少し嬉しさを感じていた真浩は、その現実的な理由を聞いて若干肩を落とした。そんな真浩の様子に気づくことなく聖司は話題を変える。
「まあ、それはいいとして、お前のお題はなんだったんだ」
興味津々で聞いてくる聖司に驚いた真浩は、とっさにお題の書かれた紙をポケットに隠した。それに気づいていない様子の聖司が詰め寄る。
「おい、気になるだろ。早く見せろ」
ぐいぐいと近づいてくる聖司にを押し返しながら真浩は焦っていた。なぜなら真浩が選んだお題は聖司に見せるには恥ずかしいものだったからである。少しずつ不機嫌そうなオーラを放ち始めた聖司に真浩はひきつった笑顔で返した。
「あ、その、お題を書いた紙をなくしてしまって」
「なに? しかし、内容は覚えているだろう」
「いや、それが、忘れてしまって……」
内心冷や汗を流しながら答える真浩に、聖司は訝しげな視線を向ける。しばらく真浩を観察していた聖司であったが、真浩か答える気がないことを悟ったのか諦めたように視線をそらしてため息をついた。
「こんなところで油を売っている暇もないか。答える気がないのなら行くぞ」
そう言うと聖司は少し不機嫌そうにしながら真浩の元を離れて歩き始めた。その後ろ姿を見ながら真浩は自分のポケットにそっと手を触れた。そこには先ほど真浩があわてて突っ込んだため、しわくちゃになっているだろう紙切れがある。そこに書いてある言葉を見て、咄嗟に思い浮かんだのは聖司の顔であった。そのことに、真浩は少なからず戸惑いを覚えていたのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
久しぶりの更新でしたので、今までの流れを崩していないか心配ですが、楽しんでいただけると幸いです。
この後、本編も進めていく予定ですが、その前に番外編を投稿しようと思います。
本編扱いではないので、別枠で投稿するかもしれませんが、よろしければご一読いただけると幸いです。




